NOVELS 小説
- 第2話以降
第58話
頼もしき増援
彼方より走った一閃の光。
迷いも容赦も一切なく、ともすれば怒りも憎しみもない。
殺意のみで構築した光はまっすぐに戦場を貫いた。
轟音とともに、光は大災の竜の一つ首に食らいつく。
――ギャアオオオオオオオオオオ!!
くねる長首を完璧に捕らえることはできなかったものの、遠くグローリーの大地から放たれた極大魔法砲台ヒヤシンスの一撃は三日月形に竜の首を削り、さらに奥へと抜けていった。
「素晴らしい!!」
最前線で指揮を執っていたグローリーの議長ウィリアムが珍しく叫んだ。
普段は整えられている髪は乱れ、顔も衣服も汗で汚れている。休むことなく戦場に立ち続けているため、目の下にはべっとりとクマが張り付き、声もガラガラにかすれていた。
実際に武器を手にして戦うわけではないため、外傷はない。その分、彼の気力は薄皮一枚ずつそぎ取られ、一歩一歩死へと近づきつつあった。
……だが、その死地を友が救った。遠く離れた土地で、視力と聴力をかみ合わせ、膠着する状況を打開して見せた。
「ヒヤシンスは竜にも有効!」
その報が戦場を駆け巡る。
「今のは試し打ちに過ぎない!すぐに次弾を装填し、彼らは再度追撃してくれるでしょう!」
ウィリアムは皆を鼓舞する様に、声を張り上げた。
「一人一人、皆の声はしっかりと僕に届いている。これまで竜に挑んできた者達の功績をここで無駄にするわけにはいかない。皆……栄光の一撃を当てて、必ず大災の竜を討ち倒すぞ!!」
応、とあちこちで声が上がる。疲労困憊していた戦士たちに活力が戻った。
「やっと戦況が動き始めたかな」
隣で、骸骨を模したマスクをかぶった女性が言った。自分の考えを一ワードに凝縮して伝えることができる彼女、マスターグラシアラもまたウィリアムの元で、「声」を伝え続けていた。
一言の中に膨大な情報量をこめることができるものの、その能力は万全ではない。一言発するたびに、彼女の喉は「言葉を省略せずに放ったときと同様の疲労」が蓄積する。
小鳥のように澄んだ声は今、平時の面影もない。この戦いが終わったあとも、その喉はつぶれたままかもしれない。
それでもマスターグラシアラはウィリアムの隣に立ち続けた。
「あなたの最後の1ワードはボクが必ず届ける」
「ああ、頼んだぞ」
そのとき、彼らの後方でざわりと空気がざわめいた。
……風が、吹いた。
本当に吹いたのかは分からない。だが、そんな気がした。
戦況を変える、新たな風が。
「遅く、なりました」
「アルフェラ様!」
ピースフルから到着した援軍だった。
修道院長プレアに肩を貸され、占い師アステルが到着した。
命を懸けて占いを続け、大災の竜の弱点を探り当てた男だ。その後、限界までジルパワーを使い、昏睡状態に陥っていたと聞いていたが……。
「クナラ殿やヘンリー殿のおかげです。辛うじて、死地から戻ってまいりました。ここまでは、彼女が」
アステルの視線の先にはフリーダムの女海賊ディーバスロードがいる。最速でクナラたちをアステルの元に運び、回復した彼らを乗せて、再び戦地に舞い戻ったのだろう。
他国の者は彼女の能力に驚くだけだが、フリーダムの面々は言葉を失っている。
「あ、あのディーバスロードが他人のために動いた、だと……?」
「身ぐるみはがされることも、海に捨てられることもなく……?いったいどうなってるんだ……」
あちこちでささやかれるざわめきをギラリとにらみ返し、ディーバスロードはふんと鼻を鳴らした。
「うるさいね!あーしはただ、不自由なのが嫌いなだけさ!」
「不自然……?」
「戦場に行きたいのに足がない。仲間の窮地にも駆けつけられない。ああ、なんて不甲斐ない……なんてめそめそされたら、目覚めが悪くて仕方ない。……あーた、『例の約束』、忘れんじゃないよ!踏み倒すつもりなら、地の果てまで追いかけるからね!」
続いてアステルをじろりとにらみ、彼女は船の方に大股で歩いていった。
「おらおら、下向いてんじゃないよ!さっさと攻撃開始しな!あのデカブツに重い一発をぶち込んでやるのさ。砲撃用意!撃ちなあああっ!!」
そんな声が聞こえると同時に、どんどんと大砲の音が連続して響く。ついて早々、にぎやかな女海賊だ。
「例の約束?」
呆気に取られてディーバスロードを見送ったウィリアムがつぶやいた。
隣でアステルが苦笑する。
「竜を倒した暁には、ピースフルが誇る蒸留酒、ピースフルモルトを大量に卸す、と。一度飲んで以来、船員全員がハマってしまい、奪い合いになっているそうで」
「なるほど」
ディーバスロードらしい言い分だ。
「ヘンリー殿はグローリーに向かいました。今の攻撃を見る限り、無事に到着して役目を果たしているようですね」
「ええ」
「クナラ殿は所用があると言い、離脱したようです」
「所要?」
「ええ、きっと誰にでもある所要……己が最も必要とされる場所へ向かったのでしょう。むろん、僕も」
「……ええ」
胸にこみあげるものがあり、ウィリアムは感慨深く、相手を見つめた。
「本当に来てくださるとは。……増援、頼もしい限りです。ただ、あまり無理は……」
ウィリアムが思わず言葉を濁すほど、アステルの顔色は悪い。死人のそれから脱しただけで、一呼吸後には死にそうだ。
それでもアステルは気丈に笑ってみせた。
「僕にできることはここにしかありませんからね。数回なら、占うことも可能でしょう」
「アルフェラ様」
「この力、今は君に預けます。使うタイミングが来ましたら、遠慮なく」
「分かりました。その命、最後の一滴まで」
「ええ。……プレア、君はケガ人の救護を頼みます」
「承知した」
付き添っていたプレアはうなずき、医療班の拠点へと駆けて行った。彼のジルパワーは「教皇の元へ矢のように駆けつける」ものだ。今は活かせる局面がない。
だからこそ、彼は目の前のことに集中する。もともと修道院を束ねる彼は、奉仕活動をいとわない。置かれた場所で、求められた働きをするだろう。
「アルフェラの補佐は我々が」
ブレイブのプシュケとアモルが進み出た。他者のジルパワーを増幅させる力を持つ彼らはここまでずっと力を使い続けていた。彼らもまた、フラフラで一人で立つことすらできずにいる。
だが……だからこそだ。
「一人で立てなければ、互いに寄り掛かればいいってね。ようは倒れなきゃいいんだ、倒れなきゃ」
「まあ、それはそう」
「四大国の信念が必ず竜を祓う。シオネア、みんな、あとは頼んだよ」
「必ず最後はみんなで一緒に帰ろうね」
今まさに、竜に刃を振るう仲間に向けて、彼らはささやく。
音としては、それは辺りに吹き荒れる強風に容易にかき消された。だがその想いは、確かに仲間の元に届いた。
***
竜の首……最後の一つ、四本目の首は厄介だった。異様に動きが早く、攻撃の的が絞れない。グネングネンと風をかき回してうごめくため、その首に取りつくことができない。いつか疲れるだろうと思いきや、他の三本とは比べ物にならないほど、その首の体力は無限に思えた。
ただ……覚悟した攻撃はやってこない。
十秒待っても。二十秒待っても。
「本当に戦いしか道はないのか?」
「……元は自然のものだという竜、その変異、レリック。そして、元凶……真実の鍵は、どこだ?」
「竜は我々に何かを伝えようとしている!一旦、攻撃を手を止めて下さいっ!」
グローリーのアウイン・ダイメンやピースフルのシュリュセラ、ブレイブのエッジ・C・ヴァリーのそうした声に、一同はひととき、手を止めた。
「――――」
フリーダムのルル・“ルー”・ルーが超音波による精神同調を試みた。
……しかし、いずれも失敗に終わる。うごめいていたのはただの気まぐれだというように、その四つ首も人々へ攻撃の意思を示し始めたのだ。
こうなってはもう、手をこまねいていれば仲間たちが危険にさらされる。
対話を断念し、戦士たちは再び武器を手に取った。
「私の描く未来の景色に、絶望はない!」
「こういうときこそオレの出番だろ!」
「大災の竜は今日この場で祓われるべきものだ」
フリーダムのリーネ・ソレイユとジェード、そしてグローリーのエートスが前線で指揮する中、皆が思いを一つにし、攻撃の機会を狙い始める。
その期を逃さず、動いた者たちがいた。
表向きはフリーダムの酒場「ファミリア」を営む陽気な者たち。しかしその実態はピースフルの諜報機関「ピーローズ」に属する工作員だ。代表者シオネアのもと、彼らは行動を開始した。
「プシュケ、あなたの意志はわたしたちがちゃんと引き継いでる」
シオネアが優しくつぶやいた。内なるジルパワーが泉のごとくあふれてくるのを感じる。後方から放たれた仲間の能力のおかげだろう。戦う力を持たない代わりに、プシュケは常に仲間たちをサポートしてきた。その恩恵を受けて戦うことの意味を、仲間たちは皆理解している。
「後は任せて。さぁみんな、竜を祓うわよ!」
ああ、と仲間たちが声を上げる。
まず動いたのは二つの影。身軽さを活かし、竜の背中に張り付いたミカミカとリブルが四つ首の背を駆けあがった。
「プシュケの願いは私の願いでもあるの。竜よ、お前は今日ここで、勇気と平和の信念のもとに祓われるべきなのよ!」
「ワテらは竜の動きを封じることに集中集中」
二人は竜の頭部まで上がることを最初から捨て、その背に渾身の一撃を放った。全ジルパワーをこめた攻撃で、鱗が数枚はじけ飛ぶ。
――グルァッ!
竜が一瞬、しびれたように動きを止めた。光そのもので作り上げた剣の攻撃が、まるで感電したように竜の筋肉を収縮させたのだ。
その一瞬を仲間たちは逃さない。
「ダリア!今だよ!!」
「ああ、任せろ!」
続いてダリアが動いた。
海には暴れる竜のせいで大破した船の残骸が大量に浮かんでいる。その上を飛びながら渡り、彼は生み出した火炎の巨針を四つ首の目に向けて放った。
「プシュケさんの信念は矢となって竜を貫く。……フルーメン!!」
それを受け、フルーメンは海の水を凝結させ、巨大な氷の矢を作り出した。
「ワイのスペシャルをアルフェラの兄さんにプレゼントや!レグルス、託したで!!」
「承知」
隣に立つレグルスがうなずいた。
「アステル」
一瞬、後方の地を振り返る。
戦場からでは、後方拠点はかなり遠い。振り返っても、人の形は判別できない。にもかかわらず、なぜかレグルスはピースフルにて昏睡状態に陥っていた男が今、この戦場に現れたことを感じ取ることができた。
他人に説明するのは難しい。無理やり言葉にするのなら、それは「血」と呼べるもの。
レグルス……彼は、アステルの兄だ。
信仰に身を捧げる弟を助けるため、レグルスはあらゆるサポートに準じてきた。ずっと普通の人間として生きてきたが、少し前、修道院図書館の地下でとある古文書を見つけた。「マキナの書」と呼ばれる書物を見つけた彼は研究に没頭し……あるとき、ジルパワーに目覚めたのだった。
今、彼は鉄とジルコンの融合物で巨像を造り出すことができる。
弟を守る盾になり、弟の剣になりたいと願い続けた想いに天が応えてくれたのだろう。
「アステルを守る。ならばこそ彼が守る世界を守る。彼の守る教皇をも守り、彼が倒さんとする竜にも挑もう。……竜への一矢に祝福を」
レグルスの造り出した巨像がフルーメンの矢を受け取り、大きく引き絞った。
「いけ!」
ごう、と轟音を上げ、氷の矢が飛んだ。
――ガアアアアアアアッ!
その矢が竜の眉間に突き刺さる。
「いまだ、やれえええ!!」
彼らに続けとばかりに、覚醒者たちが雄たけびを上げた。
「できるできる!すーちゃんならできる!」
「竜狩りは初めてね……ふふっ」
フリーダムのスクルドがこれまで作り続けていた罠をすべて使い、竜をかく乱した。その機を逃さず、グローリーのロレッタ・サラマンカが得意の弓矢を連射する。
射た矢を回収するのは、フリーダムのズィルヴァ・フォルジェンデ・シュナイダーだ。これまではスリといった軽犯罪を生業にしていた彼も、この瞬間は戦士になる。
「オレの伝説に『大災の竜から命をスリ盗った』と刻んでやるぜ!」
矢を回収しつつ持ち主に返し、彼らが再び攻撃する……。終わらない遠隔攻撃は確実に竜を苦しめた。
「このオレが一度手にしたものを人に返す日が来るとは……ふむ、これも意外と悪くねえ」
ズィルヴァはくすりと笑い、元悪党らしく、立ち回り続けた。
一方そんな竜の背に、突然どこからともなく一人の女性が現れた。
「んぇ~?なんか竜の背中に乗ってる~」
ブレイブのヨルムだ。遠く離れたブレイブのビアホールで酒盛りをしていた彼女は酔った勢いでジルパワーを発動させていた。「あくびをすると瞬間移動できる」彼女は自らも知らないまま、戦場に来ていた。
きょろきょろと辺りを見回し、この世のものとは思えない光景にきょとんとする。
「すごいすご~い。でも誰とも乾杯できないじゃん...ふわ~ぁ」
……うん、夢だ。
そう判断して大あくび。その瞬間、パッとヨルムの姿が消えた。
彼女の行動はこの前線で、有効な一撃にはならなかった。しかし次の転移先でこの話を聞いた人々は今、戦士たちが竜相手に、一歩も引かぬ戦いを繰り広げていることを知った。
……希望は今も輝いている。自分たちの未来は続く。
再びあくびをしては、次の街へ。そして更に他の地へ……。
ヨルムは大陸のあちこちに瞬間移動しては、この話をした。臨場感あふれる彼女の話に人々は励まされ、奮い立った。
竜の脅威に負けず、日常を過ごす勇気。
ヨルム自身も知らないところで、彼女は多くの人々を勇気づけた。