KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

37

錯乱

錯乱

ビュオ、と大剣が風を切り裂いた。広々とした甲板に着地したロゼッタは重い大剣と鎧をものともせず、その場にいる誰よりも早く駆けた。

一歩。二歩。……三歩めで大きく飛びのいたコミッショナーに肉薄する。

「うおっ!」

ギリギリのところで腰に差していた舶刀を抜いたが、つばぜり合いで押し負ける。明らかに体格も膂力も勝るはずのコミッショナーが防戦一方だ。ロゼッタの剣をなんとか受け流すものの、そのたびに少しずつ体勢を崩され、甲板に手をつく。

容赦なくロゼッタが追撃する。倒れかけたコミッショナーの首を落とさんと、剣を振りかぶり……。

「離れるッス!」

ズガン、と荒々しい発砲音が辺りに響いた。ジャックスが自前の短銃を発砲したのだ。動揺しているとはいえ、近距離で。

同時にディナリアもナイフを投擲した。

だがロゼッタはまるでそれを予期していたように、すべての攻撃をかわして後方に飛んだ。狙いすましたように、彼女の足元にグリフィンが滑り込む。その背に立ち、ロゼッタははるか上空に飛びあがった。手綱も握っていないが、バランスを崩す様子もない。

「ハハハハハ、これが世に謳われるブレイブの竜騎士団か……!よく仕上げてるじゃないか」

「感心してる場合じゃないッス、お頭!なんなんスか、あれ!」

ジャックスだけではなく、船に乗り合わせた誰もが動揺していた。

ブレイブとフリーダムは同盟国同士だ。多少の反目はあれど、突然襲撃されるいわれはない。

「なぜ、なあ……」

コミッショナーは上空のロゼッタをじっと観察した。

「……ナン、デ……ヤメ……嘘……」

「…………」

コミッショナーは風に乗って流れてきた声に、眉を顰める。

先ほどから、ロゼッタはずっとうわごとのように何かをつぶやいていた。母の名を呼ぶこともあれば、何かを拒絶する様に首を振ることもある。共通しているのは、彼女は今、自分が誰なのかもわかっていない様子だということだ。

「ナゼ……ナゼ、ボクタチ、ハ……帰、帰ラナイト……」

「帰る?どこに?」

「嘘……嘘ダ、……コンナ、知ラナイ……ナンデ、コンナ……ヒドイ」

「話がさっぱり見えてこないな」

対話を試みたが、コミッショナーは早々にさじを投げた。今はまず、彼女を元に戻すことが先決だ。……だがその方法が分からない。

「……まあ、頭以外なら死にはすまい。多少の痛みは我慢しろよ」

「嘘ダアアアアアアアアアアア!!」

絶叫し、再びロゼッタが襲い掛かってきた。グリフィンを操り、一気に滑空してくる。銃を持つ者たちが一斉にその姿を捉えたが、弾道を読んだように彼女はくるりと反転し、甲板に着地する。グリフィンが上空で待機する中、彼女はコミッショナーだけをひたすら狙った。

(なぜ)

フリーダム内で政治的に重要な役割は担っているが、コミッショナーの武力はさほど高くない。この船の中で中間くらいだ。最も強い者を狙う場合も、最も弱い者を狙う場合も、他に該当者はいるはずだ。

(派手な色を狙っているのか?)

それならば納得も行くが、違和感は依然として付きまとう。

ロゼッタの攻撃をすんでのところで交わし、ひたすら距離を取り、その行動の意図を探る。なおも距離を詰められ、応戦しつつ再び飛びのく。

そんなことを繰り返すうち、早くも息が上がってきた。

肺が痛み、目の前がチカチカとかすむ。……そんな中、ようやくコミッショナーは違和感に気付いた。

「われではないな……何かを追って……アギュウスか!」

ロゼッタの目はコミッショナーを見てはいない。彼が腰に下げた短銃を気にしている。以前、コミッショナーがHoleで見つけたレリック、アギュウスを。

奪おうとしているのとも違う。彼女自身が狙っているというよりは、その深層に押し込められた彼女の意思が何かを訴えているような……。

「悩んでいる余裕はないな……!恨むなよ!」

コミッショナーはアギュウスを引き抜き、狙いを定めた。動きを止めるために足を狙おうとしたが……。

「うおっ!」

コミッショナーが引き金を引いた瞬間、ロゼッタがくるりと身を反転させた。その瞬間、弾丸が彼女の顔面に直撃する。

あ、と思う暇もない。彼女は大きく吹っ飛び……甲板に強く叩きつけられた。

「……あー、恨むなよ、とは言ったが、これでは無理があるなあ」

ピクリとも動かないロゼッタを見つめ、コミッショナーはこめかみを掻いた。不慮の事故とは言え、取り返しのつかないことをしてしまった。

「まあ、襲って来た方が悪いということで……んんん?」

せめて手厚く海に流してやろうと近づいたところで、コミッショナーはぎょっと目を見開いた。

倒れたロゼッタからは一滴の血も流れていない。放たれた弾丸は彼女の青薔薇に当たり、奇跡的にその命を救ったようだ。

咲き誇る青薔薇の花弁が一枚、甲板に落ちている。義眼なのだとようやくコミッショナーは気が付いた。

「う……」

ロゼッタが眉根にしわを寄せ、うめいた。周囲で一斉に武器を構える部下たちを制し、コミッショナーは慎重にロゼッタに近づいた。

「……正気かね?」

「ボクは……いったい何を」

ぼんやりしたまま、それでもロゼッタははっきりとした声でつぶやいた。