NOVELS 小説
- 第2話以降
第46話
伝播する闘志
予期せぬ竜との遭遇から一週間が経った。
受けた被害は甚大だ。竜との戦闘で失われた命は多く、各国の大型帆船も大きく破損した。
飛び去った竜はThe Holeへ戻ることなく、フリーダム辺境の地ノル・ヴェイルを仮の巣とし、その恐ろしい姿を太陽の下にさらしている。
人間から受けた傷を癒すためだろう。
だがそれが分かってもなお、人々に追撃を行う余力はなかった。……今はまだ。
幸い、ノル・ヴェイルの調査は終了し、ブレイブのオーガストやフリーダムの大槌は退避済みだった。
また、炎に巻かれて沈んだピースフルの船から、辛くも教皇は脱出できていた。危機一髪のところで、プレアと静が教皇を保護し、海に脱していたのだ。
水の上を走れる静のジルパワーにより、三人はブレイブの船に移動。待機していたピースフルのオリシスが治癒のジルパワーを使い、プレアたちに応急処置を施した。
運が良かったのはこのとき、同じくピースフルの宝石商ストーンが同乗していたことだろう。
『あまりジルコンは扱っておりませんが、この際やむを得ないでしょうね……』
宝石や貴金属を修復できる彼のジルパワーで、ジルコン化した教皇が「割れる」ことは免れた。
それでも、誰一人として教皇のジルコン化を解除することは不可能だった。
人の姿を保っていたとき、彼女はThe Holeへ行くことを希望していた……。そこに何かしら、この最悪の状況を突破する糸口があるのではないか。
そう考えたブレイブの竜騎士団長ロゼッタと、ピースフルの新英雄ヴィントは彫像化した教皇を連れ、The Holeへ旅だった。
残された者たちはそれぞれ、自身の所属する国へ帰り、大至急準備を開始した。
――今度こそ大災の竜を討つ。
皆がその思いを胸に抱いて。
***
「一人でも多くの希望がここに集うことを願って!さあ、届けておくれ!」
ブレイブの女王の命を受け、尚書官のエテボ・ブレイメンが各国に向けて伝書鳩を飛ばした。三百羽を超す鳩にはすべて、決戦の場所と日時を記した手紙が括り付けられている。
向かう先は「ジルコンギアの保有者」だ。
――ジルコンを持つ者が集えば竜を退けられる。
そう言い残したピースフルの教皇の言葉を受け、エテボは多くの者に呼びかけた。
手紙を受け取り、真っ先に動いたのは街中で料理を作り続けていた面々だ。いかなる猛者でも、飲まず食わずでは戦えない。後方支援は自分たちの役目だと張り切り、料理人たちは保存のきく料理を作り始めた。
「竜が倒れるか、ムギが先に過労で倒れるか、勝負よ!」
フリーダムにて栄える臨港市場街の一角にて、パン屋を営むコムギは仲間たちと力を合わせ、大量のパンを焼いた。保存がきくパンを。皆の活力になるパンを。
そして奇しくも、同じ思いを持つ者は遠く離れたブレイブにもいた。
「みんな戦っているんだよ!うちらの戦場はこの厨房さ!」
ブレイブの城下町で、パン職人のブレッド・クラムもまた、ひたすらパンを焼いた。人を幸せにする世界一美味しいパンを作る――。その夢をかなえるためには、大災の竜に世界を滅ぼされるわけにはいかないのだから。
「みんな、食べないと戦えないわよ!」
そんな彼女をヴァニラ・ティアキャットがサポートする。美味しい料理を皆で食べられる世界を作るため、彼女たちは自らの戦場で戦い続けた。
「戦う皆の元気を爆発させる!今こそ元気爆発のその先へ!!」
同じ町にて、日ごろから多忙を極めていたスミス・ギーグは自身の愛飲する栄養剤を量産し始めた。いかに疲れ果てようと、その栄養剤は戦士を活性化させていく。その分、薬が切れたときの反動は大きいが、これは世界の存亡をかけた戦いだ。死闘の末、平和になった世界でいくらでも休息をとればいい。
「わたしの栄養剤、あなたのパンに交ぜてみない?」
「え、えええ~!?」
スミス・ギーグの提案に、ヴァニラが困惑した悲鳴を上げた。
ブレイブの城下町の片隅で、そんなやり取りがある一方、グローリーでもまた、料理の腕に覚えのある者が立ち上がっていた。
「さぁ、これを。きっと勇気と力が湧いてくる」
グローリーのアダム・ラ・リンゴは自らが開発を続けていた加工食品を傷ついた戦士たちにふるまった。魅惑の果実にて心身の疲労を癒やした者たちは再び大評議会に参加し、国の存亡を決める熱い議論を交わし始めた。
同時に各国の鍛冶職人も動き出した。
ブレイブとフリーダムが共同で開発した「竜の吐いた溶鉄とジルコンの混合金属」の有用性は他二国にも共有された。
その返礼も兼ね、グローリーからは巨大複合型施設サンクチュアリでの研究結果と、極大魔法砲台ヒヤシンスに関するデータが提供された。
そしてピースフルからは長年、かの国が保管していた英雄教にまつわる資料や、宿屋の女将が有する百年前の記憶の書か『大災の記録書』が開示された。
どの国も分かっていた。自国が保有してきた英知を独占している場合ではない。大災の竜に勝たなければ、今度こそ人類は滅びるのだと。
――A.D.1647'秋、世界の滅亡。
その予言まで、もうわずかな猶予もない。
各国にて、職人たちはあわただしく働いた。最良の武器を、防具を作り出すことが戦士たちの命を守る。それが民の命を守り、やがて世界の命運を分けるのだ。
「俺に出来るのはこれぐらいだ。……仕方ない、これを使ってくれ」
ブレイブの鍛煌所は緊急事態とあり、解放された。正規の職人だけではなく、腕に覚えのある職人たちが続々と入り、これまで培ってきた技術を存分に振るい始めた。
宝石店「ジルコ・ノーブル」を営む敏腕店主ギルバート・スタインもその一人だ。鉱脈から日夜、採掘されるジルコンを一心不乱に磨き、素晴らしい結晶に仕立て上げた。
「あたいはもう奪われるのはイヤなんだよ!」
そんな彼に、宝飾品の工房で生まれたシヤンエルマも加勢する。幼いころ家族を盗賊に殺された彼女にとって、再び大切な人たちを巨悪に蹂躙されるのは耐えられなかった。
職人たちからもたらされたジルコンはすべて、トップアーケイニストたるオーガストの元に届けられた。彼は片っ端からジルコンをテイスティングし、その品質を見極めてはより分けていく。
「んん~!一度にこんなにたくさんのジルコンに溺れられるなんて……今日は祭りだ!!あぁ……研究のインスピレーションが湧いてきた!世界よ、まだ滅ぶには早いよ!」
その倒錯した興奮を、トップアーケイニストにあこがれる者たちが聞かなかったのは幸いだっただろう。
彼がより分けたジルコンは港で待ち受けるフリーダムの船に積み込まれ、最高速度でかの国に運ばれた。
向かう先はフリーダムの鍛冶職人たちが待ち受ける地下鍛冶屋ギルド。「大槌」の称号を持つ女性を筆頭に、職人たちが次々とそのジルコンと大災の竜が吐いた溶鉄を鋳造し、武器を作っていく。
「鉄もジルコンもまだまだ足りぬ!」
場を取り仕切る大槌が吠えた。休むことなく槌を振り上げ、力強く武器を鍛え上げていく彼女の雄姿に、集まった鍛冶師たちは喝采を上げた。
「ジャンジャン持ってこい!出し惜しみしていては大物を釣り逃すだけじゃ!」
「は、はい!」
「ギルドの連中、ぬしらもぼさっとしとらんで働け!己の魂を刻むように、一振りごとに命を懸けるんじゃ!さすれば拙者たちの鍛えた武器は竜をも釣り上げる!」
「おお!!」
「これは拙者らと竜の真剣勝負!全員で取り掛かれ!フィーッシュ!!!!」
「フィーッシュ!!」
威勢のいい大槌の声に、あちこちで鍛冶師たちが唱和する。
「他に足らない物はない!?すぐに用意するよ!」
熱気が留まるところを知らないギルド内にて、りんたろうはあちこちを駆け回り、職人たちが必要とする道具を調達した。
「俺も、大槌さんみたいにやってみせる!フィーッシュ!」
大槌にあこがれる若き見習い、リト・リーブは全力で刀を打ち続けた。
そこに、他国からも職人が到着する。決戦まで時間がない今、各国でバラバラに武器を作るよりは、一堂に会した方が効率的だと判断したためだ。
ピースフルから派遣された鍛冶屋出身の彫金師、ハイリィ・フェンネルは地下鍛冶屋ギルドの設備に惚れ惚れしたあと、現地の職人に混ざって働き始めた。
「こんなのやるつもりはなかったのに……なにが役に立つかわからないものですわ」
美しい鞘ごしらえが武骨な武器に気品と魂を与えていく。
行商人として世界を旅していたグローリーの商人、リカルド・サラマンカがそこに駆け付けた。彼は武器職人ではないが、たぐいまれなジルパワーを有していたのだ。
――商品の等級をワンランクアップさせる。
彼の能力により、職人たちが鍛え抜いた武器はより一層輝きを増した。
「全力でサポートさせていただこう。さぁ、存分に戦ってきてくれ!」
防具には、同じグローリー出身のミリアム・ビタースイートが糸を通した。どんなに遠く離れていても、彼女は自らのジルパワーをこめた糸を追跡できる。この先、どの海域で戦士が命を落とそうと、人知れず朽ちることには決してならない。死したあとの約束もまた、慰めになることを彼女は知っている。
「ご武運をお祈りします」
誰一人死なずに終わる戦いではない。それが分かるがゆえに……彼女は戦士の生きざまを尊重し、防具に一つ一つ、ジルパワーをこめた糸を縫い込んだ。
準備は進む。
決戦の時まで、あとわずか……。