NOVELS 小説
- 第2話以降
第12話
宝の山を前にして
自由の国フリーダムの民は狂乱していた。
恐怖ではなく、興奮で。
「さぁさぁ早い者勝ちだ!恐怖に負けて足を止めりゃ命は助かる!その分、明日の食事はパンだけだ!恐怖を飲みこみゃ命の保証はねえぞ!その分、明日は孫子に至るまで腹いっぱいにごちそうを食らえる!さぁ、どっちを取る!?いずれにせよテメエの命だ!好きに選べ!!」
威勢よく発破をかけるのは「武の大番頭」だ。
精悍な面立ちで荒々しく海を眺め、彼は声を張り上げ続ける。
フリーダムの玄関口とも謳われる臨港市場街の港には今、大勢の民と巨大な帆船が集まっていた。誰もが思い思いの武器を手にしている。そして怪物の大群を相手に、命がけで武器を振るっていた。
「ハハハハハ、絶景かな絶景かな!」
跳ねるような足取りで近づいてきたコミッショナーが両手を広げた。そのままダンスにでも誘われそうな勢いに、武の大番頭はすかさず一歩下がった。そんな態度に落ち込むことなく、コミッショナーは地獄絵図のような光景を前にして高らかに笑った。
「最高の提案だ。さすがは『知の大番頭』!こんな手があったとは、今度ディナーにお誘いせねばなるまいな!」
「懲りないな、お前も。何連敗中だ?」
「ハハハハハ、八十八回だ!何、百回まではこのノリで行こうと決めている!」
ここ自由の国フリーダムには二人の大番頭がいる。
圧倒的な知略で商家を統括し、傘下の商人に利益をもたらす「知の大番頭」と、圧倒的な武力で商家を統括し、いかなる揉め事も解決してみせる「武の大番頭」。
彼らはそれぞれの専門性を活かし、この国で唯一無二の存在として認識されている。
全く同じ髪型、まったく同じ服装で。
そして……二人同時に目撃されたことはないままに。
「ま、いいのだよ。知の大番頭に断られたら、いつものようにきみを誘うだけだ」
コミッショナーが言った。サングラスの奥の目が一瞬、含みのある色で光った気がしたが、武の大番頭はそれを無視した。
(真相に)
気づかれることが嫌なわけではない。
気づいた上で触れない、という選択をするならば別にそれで構わない。
「荒くれ者の扱いにゃ慣れてる。お前しかり、ディーバスロードのヤツしかり……命知らずな業突く張りの集まりだ」
「結構結構!業突く張りでも守銭奴でも好きに呼びたまえ。われらの『欲』が人類をより進化させるのだから!」
臨港市場街付近の海路に落下した「石」は海に深い穴をあけた。
Holeと命名されたこの穴から怪物が出現したと報告を受けたのは昨日のことだ。現れたダイオウイカの触手を持つ巨大鮫「シャークイッド」は脅威の一言に尽きた。押し寄せた大群はフリーダムの交易手段を破壊し尽くすかと思われたほどだ。
だが、「知の大番頭」はすぐに動いた。
――勢力対抗シャークイッド狩り大会。
狩った獲物は勝者に一任されるうえ、優勝者には豪華景品を贈ると彼女は大々的に発表した。その結果、自由の民は我先に、と港に詰めかけたのだった。
巨大な船を持つ者は沖に出て、生きのいいシャークイッドを狩った。船を持たない者たちも港で待ち構え、思い思いの武器で応戦した。
鮫は高級品だ。そのヒレは珍味として高値で取引されるうえ、皮は造船の材料に欠かせない。
巨大鮫ともなれば、どれだけの素材が手に入ることか……。しかも最も多く狩った勢力には知の大番頭から豪華賞品が出るとなれば、参加しない手はない。
「勇気を出して怪物を狩れ、などと言っても、うちの連中は従わんよなあ」
コミッショナーが笑った。
「信仰心に訴えかけても、話し合いで決めようとしても同じこと。やはりフリーダムはこうでないといかん」
「今のところ、最も勢いがあるのは『セイレーン』だ。続いて『ザンライ』か。……お前のところはやや出遅れてるようだが?」
「国内のことはあの二人に任せておけば平気だろう。われは少々やりたいことができた」
「お前、まさか」
「ああ、ちょうど近海に穴が開いたんだ。この隙にHoleまで散歩してくる」
「シャークイッドが出てきた場所だぞ」
「いずれThe Holeにも行くんだ。その前哨戦に過ぎんさ」
コミッショナーは軽妙な仕草で肩をすくめた。
「調査と探索に特化したギアを持つ者を厳選して向かう。少数精鋭でこそっと入って、こそっと調べて出てくるさ」
「まあ、お前がそこまで言うなら信じるが」
怪しいなあ、と武の大番頭はじろりとコミッショナーを見上げた。
「こそこそ忍び込むつもりなのは確かだろうが、そばに宝が落ちていたら、それはちょうだいするんだろう?」
「ハハハハハ、それは言うまでもない。われの目につく場所に落ちているものはすべて、われに拾われたがっているのだ。無視するのは人道に反する!」
「お前が人の道を語るんじゃねえ」
容赦のない一言を見舞いながらも、武の大番頭は納得したようだった。
まあいいさ、と彼が言ったとき、わあ、と遠くで歓声が上がった。ひときわ大きなシャークイッドが港に投げ出されたのだ。引きずってきた海賊船の船首に一人の女性が立っている。このフリーダムで覇権を競う女海賊の姿を見て、コミッショナーは苦笑した。……まったく、この国には頼もしい人材がそろっているものだ。