NOVELS 小説
- 第2話以降
第52話
四つ首の竜
戦の最前線では戦いが続いていた。
四つ首に分かれた大災の竜に対し、最初に動いたのはリーチだった。
「的が増えて、むしろ狙いやすくなったってもんだッ!勝てねえ相手じゃねえ!削れッ!」
勇気の国で最も名の知られた「到達」の四天獅の一閃とともに、味方に「追い風」が吹き荒れる。士気を上げるリーチのジルパワーだ。魂を揺さぶるような一喝に、あちこちから「応」と声が上がる。
うねうねとうごめく竜に狙いを定めるのは難しい。しかしそこは歴戦の猛者たちだ。即座に自分の役割を把握する。
「この子達はいい子だから、きっと力になってくれると思うのです」
ピースフルのメリッサ・リンディが進み出た。戦場に集った馬やグリフィンなど、機動力に長けた生き物の心を落ち着かせ、戦士たちに協力する。
「びっくりしてる子や怖がってる子はメルがお話してみます」
「感謝!わたしが生きている限り、誰も犠牲にはさせません!」
ピースフルの誇る英雄騎士団長オリシスがすかさず続いた。グリフィンに飛び乗り、リーチが切りつけた首とは別の首に苛烈な一撃を与える。初めて乗るグリフィンに四苦八苦しつつも、卓越したバランス感覚により、彼女は竜に攻撃を仕掛けた。
「はああああっ!」
二度、三度と脳天を打ち据えるオリシスに竜はたまらず、その身をくねらせた。激しい攻撃でおそらく脳が揺れたのだろう。竜の一つ首はつかの間、陸地に激しく激突した。それ自体が大蛇のようにうごめき、陸に集まった者たちをなぎ倒す。
「うわああっ!」
「あ、ぶね~」
口々に悲鳴が上がる中、俊敏に難を逃れた男もいた。フリーダムのランビックは危機回避能力を極限まで高めるジルパワーの持ち主だ。周囲の者に注意を促しつつ、自身もかろうじて竜の攻撃をかわしていた。
「僕が掌握できるレベルを上回っている。全員の力を結集することが重要だ!」
フリーダムのミゲル・センゴクは冷静に指示を飛ばした。
「喉がつぶれるまで、この直感を伝え続けてやる!夢のために微力だけどやるぜ!」
「肉体強化は任せて!」
ブレイブのヨハネス・P・フェルミナがその隣に立った。彼女のジルパワーは味方の能力を向上させる。敵に状態異常を与えることも可能だが、今は味方の強化に徹するべき……素早くそう判断し、彼女は周囲の者たちに自身のジルパワーを放った。
「私がサポートするから、皆は全力で攻撃を!ギアよ、力を解放せよ!」
「助かるのじゃ!」
英雄騎士団の面々が目を輝かせた。誰もが敬虔な英雄教徒であり、誰もが日々たゆまぬ訓練を積んできた。その肉体に今、力がみなぎる。
「我がいる限りフェアリスには指一つ触れさせないのじゃ」
オリシスの本名を呼ぶ彼女は「山の守護者」と名高い騎士団員ディオニシア。オリシスに襲い掛かろうとする竜の視線を切るように、彼女は巧みな位置取りで攻撃の的を絞らせない。
「ボクの大切な花達を君に燃やされる訳にはいかないのでね」
世の中の女性全員を愛する「発明王子」ジュリアは華麗な剣さばきで竜をけん制した。
――グルァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
思い通りに動けない苛立ちをぶつけるように、竜の一つ首が吠えた。人々を遠ざけつつ、竜は風を巻き込み、首を高々ともたげた。
「くっ、仕留めきれませんでしたかっ」
オリシスが歯噛みする。だが、確実にダメージは負わせた。
「ボスが竜は殺すなって言ってたが……4本も首があるんだ、1本ぐらい酒に漬けたっていいよなぁ!」
フリーダムが誇る武将、「武の大番頭」がひるむことなく前に出る。今、ここにはいないコミッショナーをボスと仰ぐ彼は、大将不在のフリーダムにて、高らかに第一勢力としての存在感を発揮する。
「全員でかかるぞ!攻撃の手は止めるな!」
「任せて!今日は世界を守るよ!!」
フリーダムの間欠泉塔からはせ参じた大湯守も加わった。
「大丈夫、みんなの攻撃は通ってます!」
ネオンが声を張り上げた。
……不思議な少女だった。彼女がどの国にいて、どんな人生を歩んできたのかを知る者はいない。彼女はどこにでもいた。いつでもいた。誰にでも声をかけた。
誰かが何かを質問すれば答え、誰かがクエストに赴こうとすれば、そのために他の仲間を募った。
彼女はこの世界の案内人だった。傍観者であり、観測者であり、そして皆の友人であり、仲間だった。
竜に有用なジルパワーなど何も持たない。竜の尾の一振りで、カギ爪の一閃であえなく息絶える存在だ。しかし彼女はここに来た。戦う者たち皆を、命続く限り鼓舞するために。
「さあ、みんなで大災の竜を倒しましょう!」
***
二本目の竜の首に対し、最初に仕掛けたのは意外な人物だった。
「ふふふ、とっておきを山ほど持ってきましたわぁ」
魔女のような帽子をかぶった、可憐な女性だ。リンゴのオーナメントを手にしているところといい、フリルのついた服を着ているところといい、まるで街中を散歩しているうちに戦場に紛れ込んでしまったかのような状況だ。
ブレイブの王立ビール工場が誇る工場長<ガンブリックス>、アンブローシアだ。彼女の周りには高々と木樽が積み上げられている。
「あたしのビールはどんな相手でも魅了してみせますわ!!さあ皆さん、こちらを運んでくださいな」
アンブローシアの指示を受け、メテオランテ・エアロの面々が空に浮かび上がった。
彼らは数か月前に甚大な被害を受けた。隊の中でも飛行速度の速い精鋭のみで決行した作戦が失敗し、戦力が激減したのだ。
その穴はいまだ埋められていない。それでも残った者たちは前へ進む。
「ど、独自の浮遊機体を開発したんだ……!」
エアロの一員、昇雲が言った。
「僕だってみんなの役に立ってやる、未完成だけど……!短時間だけ、ちょっと浮かべるだけだけど……!それでもオーガスト、君には負けないからな……!」
空にあこがれる前、彼は鍛煌所の職人だった。しかしアーケイニストの頂点に立つオーガストの足元にも及ばなかった。
空にあこがれ、メテオランテ・エアロに入隊した今も、昇雲自身には飛ぶ力が宿らない。彼のジルパワーは「頭で思い浮かべた通りに、モノを造形できる」力だ。
望んだものには、結局いつもなれずじまいだ。
それでも彼は想像し、創造する。誰もが夢見られる、平穏な日々が再び訪れることを。
「え、ジルコンの配置がズレて、調子が?」
彼を補佐するべく、ピースフルのシャロン・ハースが駆けつけた。ジルコンの微調整に長けた彼女は他者のジルコンギアを預かり、調整できる。昇雲の作り上げた浮遊機体の微妙なズレを確かめ、彼女は楽器を調律するように、その性能を向上させた。
「ここの石を、こう、ですか?……って、また竜がこっちにっ!?」
そのとき、竜の首の一本が彼女たちに気付いた。昇雲とシャロンはぎょっとする。
機体を作り出すことはできる。調整することもできる。だが、彼らに浮遊機体に乗れる運動神経はない。
「み、皆さん、頑張って!!」
「ならば、ぼくが行こう!」
シャロンたちに代わり、ブレイブの貴族ガトー・ショコラが機体に飛び乗った。慣れない足場に一瞬ぐらついたが、すぐに彼は態勢を整える。たゆまぬ鍛錬を積んだ彼だからこそ、なしえたことだ。
「さっさと片付けて甘いものでも食べに行こうじゃないか!」
「誰かこのリキッドを、アイツに飲ませてくれないか〜い♬」
そのとき、歌うような声がすぐ近くでした。激ヤバビールの樽を担いだガトーに、ブレイブのイヴ・ラ・ポーションが小瓶を差し出している。
「これを飲めば、ア、コリャコリャ♪一瞬だけ、操れるんだよ~♪」
「それはいい。請け負った!」
「あ、ちょっと待った!戦いの前に!!体力回復させちゃいまーす!」
まさに今駆けだそうとしたガトーに、ギリギリのタイミングでピースフルのリリアも手を差し出した。体力回復できるジルパワーを食べ物に込めたのだ。
「食べてから行って!はい、あーん!」
「んむ……っ、むううううん!!」
ガトーの気力が膨れ上がる。一切の疲れが取れ、軽くなった体に満足しつつ、彼は木樽と小瓶を担ぎ上げた。そのまま浮遊機体に飛び乗り、一目散に竜の二つ首に迫る。
機体は依然として不安定。しかも竜は激しく身をくねらせ、口を閉じたままだ。
「さて、どうするか……!」
「私が行く」
どこかで声がしたと思った次の瞬間、ガトーの目の前に巨大な女性が出現した。ブレイブのアルセルリア・カフカだ。自身の骨格を変幻自在に操れるジルパワーをすべてこめ、彼女はほんの数秒、竜にも匹敵する体躯に自らを変形させた。
「……『書』に書かれたあの竜に相見えるなんて名誉かも知れない。できるだけやってみるか……!」
アルセルリアは竜の二つ首を羽交い絞めにし、無理やり上を向かせた。喉が引き延ばされ、反射的に竜が口を開けた。
「よおおし、いっけー!」
ガトーが激ヤバビールと小瓶を竜の口に投入する。
――ガァ……ッ、ゴアアアア……ッ!
驚き、吐き出そうとするも、もう遅い。竜はふいに、二つ首をふらつかせた。
「やった!」
あっという間に元の大きさに戻ってしまったアルセルリカは落下しながらも歓喜の声を上げた。
このままでは海に墜落する。海面にたたきつけられた衝撃で命を落とすだろう。それでもやれることはやったのだ……。そう納得しながら衝撃を覚悟したが、予期した痛みはやってこない。衝撃を殺す「壁」が彼女を包んでいる。
「おっとお嬢さん、単独行動は危険だぜ?まったく……突っ込むのは良いが、こっちの事も考えてくれよ?」
気品ある仕草と声音はブレイブのスタンリー・フォン・レオグレイスのものだ。ギリギリのところでアルセルリカを保護して岸に運び、彼はぱちんとウインクをした。
「ま、できる限り動き回ってみせるさ。こうして救出し続けた誰かが、あの首を落としてくれるだろ」
「まあね」
「では、そちらのお嬢さん、あとは任せたよ」
スタンリーの呼びかけに、岸から事の成り行きを見守っていたイヴ・ラ・ポーションがうなずいた。人間相手なら数滴で十分だが、巨大な竜にどこまで効果があるのかは分からに。ひと瓶丸ごと使って、ほんの一瞬、操れる程度だろう。
「そ、れ、でも~♪」
作った隙を誰かが必ず活かしてくれる。そう信じ、イヴ・ラ・ポーションは声を張り上げた。
「さー、そのおくち、もう一回開けてみよっか~!」
ガパリと竜が口を開ける。
その瞬間、機会をうかがっていた数名が動いた。