KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

11

粋

ごうごうと耳元で風がはじける。

幅広のホバーボード「コメットテイル」はミスターメテオランテにとって、自分の手足のように動かせる愛機だ。それでも今は正面から吹き付ける風を受け、バランスをとるのが少し難しい。つい先ほど預かったばかりの木樽が一つと、勇気の国ブレイブの「光」を乗せているためだろう。

「レディ、もうすぐ着くぞ!」

風音に負けないように声を張ると、グッと腰に回った腕に力がこもった。分かった、の合図だろう。

「降りたら、すぐ準備に取り掛かってくれ。オレは客人を迎えに行く」

「任せて!飴は昨日、作れるだけ作ったから、全部にありったけのジルパワーを込める!」

「そいつぁ頼もしいな!絶対成功するに間違ねえ」

「途中で丸呑みされちゃダメだよ!五体満足で戻ってきてね!」

「おうとも。呑まれたとしても、腹を切り裂いて出てくるから安心しな!」

軽口をたたくうちに目当ての場所についた。市街に作られたビアガーデンだ。平時ならば、青々とした芝にテーブルと椅子が並び、市民の語らう場所になっている。

だが今はただの広場だ。調度品はすべて取り払われ、中央にふたを開けた「激ヤバビール」の樽だけが数十個並んでいる。先行して運んだメテオランテ・エアロの働きだろう。

上空にいても芳醇な香りがミスターメテオランテの元に届く。今すぐあの樽で一杯やりたいものだと何気なく考え、すぐに我に返って苦笑した。

(どうやらオレも酔ったらしい)

つい先ほど、アンブローシアとの気安いやり取りで肩の力が抜けたのだろう。ミスターメテオランテ本来の快活さが戻ってきている。

「それじゃあお願いね!」

ビアガーデンに飛び降りたシャインが大きく手を振る。建物の陰に潜んでいる隊員たちも皆、同じように隊長であるミスターメテオランテを応援しているのが見えた。

彼ら全員にうなずき、ミスターメテオランテは一人、空に舞い戻った。

「さてと、グリフィンの群れは……」

辺境地に落ちた隕石と、そこから飛び出してきた怪物の大群……大鷲の翼を持つ獅子の群れは王都めがけて飛んで行った。人が走るよりもはるかに速いスピードで。

それでも、重量のある体が災いしているのだろう。大鷲がいかに威勢良く翼を動かそうと、ミスターメテオランテはその数倍は速く飛ぶ。

「あれか」

大地に開いたHoleから王都へ向かう直線ルートを辿っていたとき、ミスターメテオランテは遠方に目当ての物体を見つけた。

遠目には、くすんだ黄色の積乱雲に見えた。しかし近づくにつれ、無視できない獣臭が風に乗って流れてくる。ガウゴウ、と不明瞭なうなり声も。

(いやはや、最初に一度見といてよかったな)

今、初めてこの光景を目にしていたら、恐怖と動揺でうろたえていたかもしれない、とミスターメテオランテは苦笑する。それほど異様な光景だった。

人間の三倍はあろうかという巨大なグリフィンが数十体、飛んでいる。どの個体も目をらんらんと光らせ、一直線に王都を目指していた。

獰猛な彼らが市街地に降りれば、民はひとたまりもない。見たこともない怪物になすすべもなく蹂躙され、町には悲鳴があふれるに違いない。

「そうはさせんさ」

ミスターメテオランテはホバーボードを操ってグリフィンたちの風上を陣取ると、ボードに乗せていた木樽のふたをたたき割った。

ふわりと芳醇な香りがあふれ、グリフィンの方に流れていく。

「ガァッ、ゴウ……グァ……ガ……?」

一心不乱に王都を目指していたグリフィンたちがふいに異なる動きを見せた。鼻先を突き出し、クンクンと大気を嗅ぎ始める。

「よし!」

ミスターメテオランテはグリフィンの前に躍り出て、その場で誘う様に空を駆けた。大きく動くたびに樽のビールが波打ち、プワプワと香りが立つ。それにつられ、グリフィンたちの飛び方も変化した。王都を目指すのをやめ、明らかにミスターメテオランテを追い始める。

「よーし、こっちだ」

一気に加速したグリフィンを軽々といなし、ミスターメテオランテはその先頭を飛んだ。彼らを誘導し、目指すはビアガーデンだ。

「……レディ!」

やがて、点のように見えていたビアガーデンがどんどん大きくなってくる。広場の中央に並べられた木樽の中に立っていたシャインを見た瞬間、ミスターメテオランテはひそかに胸が震えた。

――シャインは、微笑んでいた。

まるで来賓を連れてきたミスターメテオランテを出迎えるように、シャインは悠然と、ただ静かにグリフィンの群れを待っていた。その斜め後ろに控えるリーチも落ち着き払っている。危険なことなど何も起きていないというように。

その姿を見た瞬間、ミスターメテオランテの心も静まった。

国家を揺るがす危機的状況だというのに、ミスターメテオランテは過去最高とも思えるほど優美な着地をし、シャインの足元に片膝をついた。

そっとその肩に手を添え、シャインはグリフィンたちを歓迎する。

「ようこそおいで下さいましたわ。我が国が誇るガンブリックスの激ヤバビールを心行くまでご堪能下さいませ」

シャインの挨拶を待ったわけではないだろうが、グリフィンたちはいっせいにビール樽に向かった。ガウガウと荒々しいうなり声がしばらく広間に響き渡る。……そして、

「……はは」

あっという間に木樽が空になり……広場は酔っぱらって芝生に寝転がるグリフィンの群れで埋め尽くされた。

「うちらはきっと良い友人になれますわ。友好の証にこちらを召し上がって」

シャインが歩を進め、先頭にいたグリフィンの鼻先に手を差し出した。巨大な獣の中でも一回り大きな個体だ。おそらく彼がこの群れの王なのだろう。

酔っぱらったグリフィンの王は鼻を鳴らし、やがて首を持ち上げ、シャインの手をぺろりと舐めた。

その手に乗っていた琥珀色の小さな粒が、グリフィンの口に消えていく。

そして……グリフィンは穏やかに喉を鳴らし、シャインの体に頭を柔らかくこすりつけたのだった。