NOVELS 小説
- 第2話以降
第18話
勇気と自由の結託
勇気の国ブレイブの王城内にある謁見用の「獅子の間」。
そこに現れたのは女性だった。器用に髪を編み込み、小さなシルクハットを頭にちょこんと載せている。さらに赤茶色の瞳は草食動物のように穏やかで、知性ある光を放っていた。
これほどの緊急事態にもかかわらず、女性はまるで隣家の晩餐会に出席するときのように落ち着き払っている。
「お初にお目にかかります、女王陛下。自由の国フリーダムにてコミッショナーの名代として参りました、『知の大番頭』と申します」
「ようこそおいで下さいました。ブレイブ・シャインと申します。心より歓迎いたしますわ」
長旅でお疲れでしょう、と女王の顔でシャインはねぎらった。自身も国を率いる立場についているが、こうして他国で活躍する女性と会えるのはうれしい。
少しでも疲れをとるために、キンキンに冷やした果実水を勧める。本当はアンブローシアの激ヤバビールをふるまいたいところだが、それは謁見後に取っておかなければ。
「感謝します、船の上で果物は貴重ですから」
知の大番頭は遠慮することなく、一息で果実水を飲み干した。それを見て、ブレイブ側の人々の空気が好意的なものに変化する。
相手の差し出したものを口にするのは、それ自体が信頼の証だ。これも交渉術の一つなのだろう。相手の懐に入り、信用を勝ち取る術をこの女性は熟知している。
「本日は我々のボス、コミッショナーの書簡をお持ちいたしました。ご存知の通り、我がフリーダムには明確な統治者がおりません。この文書も国民の総意というわけではないことをご留意ください」
「構いませんわ。かわされる条約の内容こそ重要ですもの」
シャインは慎重に答えた。
知の大番頭の言う通り、彼女の持ってきた書簡はコミッショナー個人の意見にとどまる。彼の権限ではできることとできないことがあり、下手な返答はブレイブとフリーダム双方に禍根を残すだろう。
書簡に「我が国」という文言があった場合、即座にこの謁見を打ち切ってよいとシャインはリーチたちに言われていた。自らの権限を越えて国を代表し始めたのなら、コミッショナーの声に耳を傾ける必要はない、と。
(そんな内容じゃないといいな)
早くも知の大番頭に好感を持ち始めていたシャインはそう願いつつ、話し合いを開始した。最上位の挨拶から始まり、先日現れた竜の襲撃に対する説明があり、そして……。
「……『われらは今、被害を受けた街に残された竜の鱗、ドラゴンブレスにて吐き出された溶鉄を使い、武具を製造している。並の刃物を通さぬ体だからこそ、自身の鱗や鉄を用いた武器は有用だと考えたためだ。……ただそれだけでは足りぬことが分かってきた。竜の鱗を用いた武器で、竜に並び立つことはできたとしても、あの憎き輩を倒せない』」
「竜の素材を使った武器で竜を討つ……そこに威力を上乗せしようというのね。ならばそれは」
「ジルコンのみ、かと。我々はそのための武器を開発したいのです。つきましては勇気の国の力をお借りしたい」
「我が国のジルコン加工技術がお望み?」
「ええ、ぜひとも」
シャインの問いに、知の大番頭はうなずいた。
「ブレイブの鍛煌所は大変すばらしいと、わが国にも賞賛の声が轟いております。ジルコン鉱石を研磨し、永遠の輝きを放つ宝石に変える技術はオルフィニア大陸一。右に出る者はいないと」
「そうね、我が国の職人は優秀よ」
「わが国にはジルコンの鉱脈がないため、その威光はまばゆいばかりでございます」
「その代わり、フリーダムでは武器や工具の鍛造が発達しているでしょう。値千金の技術だわ」
「もったいないお言葉、痛み入ります。おっしゃる通り、わが国の地下鍛冶屋ギルドの技術は他国に引けを取りません」
知の大番頭はにこりとほほ笑んだ。その瞳には誇りと自信が見て取れる。
彼女が言った通り、資源という点に置いてフリーダムは恵まれているとは言えない。
The Holeに最も近く、常に竜の脅威にさらされていながら、今まで目立つジルコン鉱脈は発見されなかった。国内に流通しているジルコンのほとんどを輸入に頼っており、鍛煌所もない。
ただし、フリーダムの鍛冶屋ギルドが所有する技術は、他国の追随を許さない。「大槌」の称号を持つ女性がギルドの気難しい職人たちを束ね、宝具とも呼べるほど優れた武器や防具、その他の道具を次々に作り出していると聞く。
「わが国でもフリーダムで作られた武器の人気はとても高いの。『大槌』の鍛えた剣なら、どれだけ宝石を積んでも手に入れたいと願う者もいるほどよ」
「そう言っていただけて光栄です。安堵でこの先を続ける口が軽くなりました」
「どういうこと?」
「冒頭に申し上げた通り、共同で武器開発を行いたいのです。こちらからは『大槌』を派遣いたします。それと、これまでの航海を経て、我が船団が発見した希少鉱物やスパイスも」
「まあ」
「また港の一部を皆さまのために開放いたします。船も、竜騎士団も、メテオランテ・エアロも……。お使いになる際はブレイブの旗を掲げてくださいませ」
「貴国に、自由に着港してよいとおっしゃるの?」
「コミッショナーの支配する『二番区画』に限った話になりますが」
それでも破格の申し出だ。ブレイブ側が失うものは何もない。己の利権を何よりも重んじるコミッショナーがこれだけ譲歩してくるあたり、心底大災の竜が憎いのだろう。
(その思いは共通してる)
そして、この同盟は信じても大丈夫そうだ。事前には懸念されていたものの、知の大番頭はあくまでも「コミッショナーの名代」という立場を貫いている。コミッショナーもまた、自身の持つ権限を正しく開示したうえでシャインたちに協力を要請していた。
利用するのではなく、協力を望んでいるのだ。
ならば、その勇気ある選択には応えるべきだろう。
(まあ、本音を言えば、もう一声……)
本当はフリーダム近海に開いたHoleの情報も欲しい。The Holeと同じなのか、まったく違うのかは分からないが、実際に潜ったコミッショナーの話はぜひとも聞いておきたいところだ。
また穴の中で彼が見つけたという「レリック」の話も聞きたい。できることなら貸してほしい。
……だが、それを願うのはいまではない。
今は初めて同盟を結ぶ相手に敬意を表すとき。自国の利益にがっついていると思われるのは不本意だ。
「感謝します、ブレイブの王」
条約締結のための同盟調停書が準備されるまでの間、知の大番頭が静かに言った。何のことかと首を傾げたシャインに、知の大番頭はくすりと笑う。
「王の御前ではジルコンギアを没収されると思っていました。世の中、物騒な能力を有するギアも多いですから」
「……まあ、そういうこともあるかもしれないわね」
「ですがあなたは一言もそこには触れなかった。どんなギアなのかと問うこともなく」
「ジルコンギアは一人一人が胸に抱く、想いの結晶ですもの」
こうありたいという願いを体現してくれるのがギアだ。その能力を問うことは、他人の心に土足で踏み入る暴挙に等しい。知の大番頭のジルパワーが何であれ、彼女の方から話す気になるまでシャインは聞こうとは思わなかった。
「それに、うちの周りには信頼する人がたくさんいます。今、ここに大災の竜が現れたとしても、うちは安心して昼寝しますわ」
「ふふっ、そのようですね」
ずらりと集う猛者たちを見て、知の大番頭はさらに目元を和らげた。誰もかれもが知の大番頭に敵意は向けていない。だがシャインに害をなそうとした場合……その考えが頭に浮かんだ瞬間、知の大番頭の首と胴は分かれるだろう。
「あなたともコミッショナーとも、仲良くやっていきたいわ。……ああ、調印の準備ができたみたい」
家臣の一人に耳打ちされ、シャインは軽やかにうなずいた。そして知の大番頭に対し、にこりとほほ笑む。
「調印を祝い、いくつか贈り物を用意しましたの。受け取っていただけたら嬉しいわ」
「なんと光栄な……もったいない歓迎、痛み入ります」
贈り物が何なのかを問うことなく、知の大番頭は礼を言う。
その心意気を好ましく思いながら、シャインは家臣に合図して贈り物を運ばせた。
自身のジルパワーをこめた飴や、激ヤバビール。
これがブレイブの誇る、最大級のもてなしだ。