KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

55

国内での戦い

国内での戦い

最前線での死力を尽くした戦い……それとは違う形で、戦う者たちもいた。

この数年間、大災の竜や、Holeから湧き出した魔物により、人々は多大な被害を受けている。親を亡くした子供、子を亡くした親、伴侶を亡くした者……。

突然生活基盤が揺らぎ、路頭に迷う者たちが大勢出た。ピースフルの修道院を筆頭に、各国はそれぞれ困窮者の受け入れを行ったが、そのフォローは万全とはいえない。ただでさえ危うい生活を送る者たちにとって、最東端に大災の竜が現れたというのは多大な精神的な負荷を与えた。

……もうこの世界はおしまいなのだ。

……一人残らず人類は滅ぼされるのだ。

……誰もかれもが苦痛の中で死に、死後も決して許されないのだ。

そうした悲観的な思いがじわじわと各地に伝播する。その声に呼応するように、各地で騒動が起こり始めた。

ある村では数年前、四大国に一斉に現れた「鞭打ち苦行者」が再び現れるようになった。誰かに指導されるように、彼らは再び声高に終末思想を叫び始めた。

またある町では犯罪が激増した。力が全て、とばかりに彼らは悪びれる様子もなく、幼子の手からひとかけらのパンすら奪い取った。

そしてある場所では、堅朗を誇っていた監獄からの脱獄騒動も起きた。解き放たれた悪人たちは奔放にふるまい、社会を混乱に陥れた。

そんな中、グローリーとピースフルの国境付近にある山中で「それ」は起きた。

オルフィニア大陸東部に住んでいた親子がその日、都市部を目指して逃げていた。最東端で暴れる竜の被害から逃れるため、住み慣れた土地を離れる決断をしたのだろう。

両親と三人の子供たち……。日も暮れる中、互いに励まし合いながら、彼らが山中を歩いていたときだった。

「汝らの罪をさらせ……」

「……ヒッ」

突然、彼らの行く手を阻む者たちがあった。フードを目深にかぶった黒衣の集団が、じっと親子を見据えている。

「この大災を受け入れよ」

「この厄災を謳歌せよ」

「さすれば我ら、さらなる進化を遂げん」

親子を取り囲んだ黒衣の集団が静かにのたまった。抑揚のない声でつぶやく妄言は鈍い刃となり、へとへとに疲れていた親子の精神を苛み始める。

「大災を受け入れよ。厄災を謳歌せよ。汝らは新たなる進化の礎。その身を負に染め、次代の糧となれ」

「な、な、な……なんだ、君たちは……!」

「大災を受け入れよ。厄災を謳歌せよ。汝らは新たなる進化の礎。その身を負に染め、次代の糧となれ」

ぶつぶつと同じ言葉を繰り返しながら、黒衣の集団はゆっくりと包囲網を狭めてくる。互いをかばって固まる哀れな親子に向け、彼らは一斉にその手を伸ばし……。

「そこまで!」

凛とした声が響くと同時に、黒衣の集団が何かに阻まれるように動きを止めた。動揺する彼らの前に、数人の男女が現れる。

「こうなることは分かっていましたわ。私の『結晶』に映し出されましたもの」

ブレイブの誇る四天獅……その最後の一人、リリア・アーベルが毅然とした声で告げた。

名だたる実力者たちと戦って勝ち取った座ではあるが、リリアに戦闘経験はあまりない。ぶっつけ本番で自分の何百倍も巨大な竜を前にして、普段通りの動きができるかどうかは未知数だ。

ゆえにリリアは無謀な賭けに出ることをやめ、確実に人々の力になれる方法を選んだ。時映しの結晶を使って未来を確認し、避けられない悲運に見舞われる者を助けて回るという……。

今回、この山道で一家が黒衣の賊に襲われ、命を落とす未来が「視」えた。ゆえに、皆に声をかけ、駆け付けたというわけだ。

「私は過去を紐解き、未来を紡ぐ……大切な命、狩らせはしません!」

「ぼくが欲しいのは笑いと歓声だ!悲しい声や悲鳴なんてあげさせないね!」

フリーダムのガーネが片手を苦行者たちに向け、にこりと笑った。大道芸を営む彼のジルパワーは「パントマイム」。見えない壁を作りだし、身近な範囲にある者を引き寄せ、空中で留める。

戦いには向かない能力だ。それ故、最前線で竜と戦う道は放棄した。その代わり、彼らは所属国を問わない義勇団を結成し、各地に散った。国が荒れ、竜とは違う悪がはびこることで苦しむ人々が出ることを見越して。

「ぼくは常に真実を追い求めてきました、今日は敵の攻撃の及ばぬ場所を探究しましょう」

「災いは内から生まれることも少なくない、思わね所で足をすくわれては勝てる戦も勝てないからな」

グローリーのリヨン・ファクターとピースフルのアルべイン・ティルムが苦行者たちの思考を読み、次の攻撃に備えた。

「あら、いい男」

「ほら行きなさい。これが本当の最後かもしれないから」

攻撃を担うのはグローリー出身のデボンとヴェロニカ・ミスティシェイド。彼らは死した者の魂に干渉し、その霊を呼び出すことを生業としていた。

竜は人の霊を恐れない。また実体のない彼らの攻撃はおそらく竜には届かない。

霊が最も力を発するのは、この地に生きる人間相手だ。死を恐れ、罪を恐れ、隣人を愛することからも逃げた者にとって、霊の存在は竜より強烈な恐怖を呼び覚ます。

二人が手をかざすと、突如、空気が質量を持ち始めた。はじめは靄のようにあいまいだった気体がやがて、はっきりとした像を成し始める。宙を漂いながらも意思を持ち、死してなお愛する者を守るのだという決意を瞳にたぎらせて……幽霊たちは一斉に黒衣の集団に襲い掛かった。

「う、うわあッ!」

「ち、近づくな!!」

追い詰められた賊の一人が、人質に取ろうとして少女に手を伸ばす。若干離れたところにいた彼女ならば手が届くと企んで。……だが。

「……は?」

掴んだ手の冷たさに、賊は困惑した声を上げた。そして気づく。自分が少女だと思ったものが、精巧につくられた彫像なのだと。

「それはワイが作り出したものだ」

ピースフルのファビオ・ショットがさらりと告げた。自身の彫った像につかの間の命を与えられる彼はその力を持って賊の目を欺いたのだ。

「大事なもんは、しっかり離さずに握っとけよ……」

彫像の後ろで震えていた少女を保護し、ファビオは両親のもとに返した。

もはや、賊の手の届くところに弱者はいない。賊たちはじりじりと後退し、バッと身をひるがえした。

「クソッ……撤退せよ!」

悲鳴を上げて退却する者たちを追い、幽霊たちが飛んでいく。遠くで聞こえる悲鳴を無視し、義勇軍の一人、トレイシー・ファム・フィールドはたった今襲われそうになっていた親子に手を差し伸べた。

「アンタ達は何があってもアタイが護る!!」

「う、うん……」

「大丈夫。きっとこの絵みたいな明るい未来が待ってるから」

まだ震えが止まらない子供にブレイブのエマ・ソレイユは自身の描いた絵を見せた。色鮮やかで、活き活きとしたタッチの絵だ。恐怖の対象が世界から消え、皆が幸せに生きる未来を象徴している。

渡された絵を見つめ、子供はようやく安堵したように笑顔をみせた。……武器がなくとも、人は救える。義勇軍たちはその信念を胸に、各地を駆け回っているのだった。

「最近、あちこちでああいう連中の目撃情報が寄せられていてね。彼らが現れた村や町で、人が消えたり、不審な殺人事件が起きたりしてるんだ」

「奴らはいったい……」

「分からないわ。今、私たちの知らないところで、おかしなことが起きてるのかも」

リリアたちは渋面を作った。

親子を安心させてあげたいが、無責任なことは言えない。誠実に、真摯に向き合おうとすると、沈黙しか選べないのだ。

「でも心配しなくて大丈夫。今だけは、安全なところに連れて行くから」

フリーダムのレティシアが明るく請け負った。

「日が完全にくれる前に移動しよう。この先に避難場所があるんだ」

「後ろは拙者に任せろ」

ブレイブの小十郎がしんがりを務めた。彼らは救助者を励まし、緊急避難先へと移動した。

「いらっしゃい」

山を下ったところに、ポツンと一軒の家があった。首都や、活気のある各国の街からは程遠い場所だ。こうした家々を、各国は緊急避難場所として提供してもらうことにしたのだ。

すでに大勢の気配が室内にある。ここを仮宿として夜を明かし、翌朝首都へ向かう者たちだ。明るく、くつろげる雰囲気に救助された親子もホッと顔をほころばせた。

「お腹空いてるー?夕食の残りで悪いけど、スープならすぐ出せるよ」

問われ、ためらいがちに子供の一人がうなずいた。空腹なのは間違いないが、ねだってもいいのか心配……。そんな表情だ。

彼らの心配を吹き飛ばすように、フリーダムのこめ59が彼らを優しく抱き寄せた。

「大丈夫、またお腹いっぱい美味しいお米が食べられるようになるから。少しだけ待っててね」

安堵し、くつろいだ表情で子供たちは温かいスープに舌鼓を打った。少し余裕が出たのだろう。同席していた人々に、子供たちが純粋な目を向ける。

「お姉ちゃんたちも助けてもらったの?」

「うーん」

集まっていた三人の男女が顔を見合せた。どことなくよそよそしい雰囲気で、彼らが元からの知り合いではないことが伝わってくる。

「私には関係ない」

ピースフルのアーシャ・(クマリ)・タラは淡々と言った。

「なんかみんな色々動いてるけどわたしは静観かな。極力敵は作りたくないんだよねー、早く平和な暮らしに戻らないかな」

グローリーのリリシア・ムニは他人事のように笑った。

「どうかお守りください……」

グローリーのルルディは他人事のように祈った。

彼らがジルパワーに目覚める覚醒者だと、一目で見抜ける者はいないだろう。

彼らに、竜に対抗する確固たる意思はない。最前線で戦う戦士のために、できることをしようという決意もない。

(でも、それもいいのではない?)

ジルパワーに目覚めた者が率先して傷つかなくてはならない世界は恐ろしい。力があるのだから英雄になれとはやし立てられ、無辜の民によって人柱に仕立て上げられる世の中は間違っている。

ルルディたちはそんな未来を否定する。犠牲を強制される未来を否定するため、まず自分が逃げることを選んだ。

……人は、他人のために、生きなくてもよい。

彼女たちの行動もまた広義で見れば、多くの者を救う行為。逃げ出す者たちの希望として、ルルディたちは人知れず、戦いから身を引いた。