KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

53

力を合わせて

力を合わせて

大口を開けた竜の二つ首に対し、動く影は一つ。気づかれぬように竜の背にのぼり、駆けあがる者たちがいた。

「今までわたくしに乗りこなせなかった生き物はいませんの。大災の竜であろうと乗りこなしてみせます!」

ブレイブのリデラ・テクティカーラだ。一見、彼女しかいない。

だがその肩先で、何かがもそりと動いた。小動物か何かかと思われたが、違う。自在に体の大きさを変えるジルパワーを持つ、ピースフルのベルだ。

リデラが竜の頭部に到達したとき、ベルも成人した女性へと姿を変えた。彼女が持っていた数々の品もまた、そのタイミングで本来の大きさに戻る。

「いっけー!」

ベルはあらかじめ預かっていた品々を竜の口に投入した。

「あちきのサプライズ、どう?けっこうきくでしょ?」

あえなくそれらを飲み込んだ竜が苦悶の咆哮を上げる。

――グガッ、ガァアアアッ!

竜はいったん、距離を取ろうとした。人間という生き物は空を飛べない。足場のない大海ならば自分に分があると考えたように。……だが。

「お前の攻撃はお見通しだ」

拠点からその様子を見ていたグローリーのキャプテン・スパイクがつぶやいた。限定的ではあるが、予知能力を持つ彼はあらかじめその行動を読んでいた。

彼の予言はすでに、仲間たちに伝達済みだ。

「人も家畜も人外も、皆平等に扱ってあげるよ!非人道的と判断したからにはね!っと」

「感染症の恐ろしさを思い知れ」

「これまでの戦いも何とかなったし大丈夫っしょ」

ピースフルのスーベニアは有毒化させた海水を、フリーダムのヴァージニア・ウルフが感染症を広げる液体を、ブレイブのロザリアは毒をはらんだ風を沖に出現させた。

……沖に出れば猛毒にさらされる。

それが分かり、竜の二つ首は後退できずに陸に倒れた。それを待っていたかのように、大勢の戦士たちが突撃した。

***

誰もが皆、自分の役割を全うしていた。

竜の二つ首に毒による連携攻撃を仕掛けた者がいれば、その戦いの後始末をする者もいる。毒に侵された魚が浮かぶ海面を、抗菌マスクを付けた男性が泳いでいた。

「相手はネズミではないようだけど、なんだこの戦場は……。僕以外では動きづらいだろうから終わったところから片付けておこう」

汚染物質や感染症の危険を取り除くジルパワーを持つグローリーのタタ・サルレだ。この世界がここで滅びるならば、こうした処置は必要ない。……だがこの世界はまだ続く。必ず、戦士たちの意思が生命を次の世代につなげていくはずだ。

「どんな作戦も詰めが甘ければ片手落ち。後は受け持ちます故、後顧の憂い無きよう存分に力をお奮いください。」

浄化された海に、ピースフルの静が身を潜めた。万が一、竜が水中に逃げたときは、自身がとどめを刺す覚悟を固めて。

「さあ、私たちも戦いましょう!」

最前線に築かれた後方の拠点で、非戦闘員たちもまた声を上げた。今はまだ、親指ほどの大きさの竜が遠くに見えるばかりだ。だがいつ近づいてくるかは分からない。離れた場所からでも目視できる「脅威の象徴がこの拠点を襲った場合、戦う能力のない者たちは一瞬で蹂躙されるだろう。

それでも、彼女たちは己の戦場に立ち続ける。

「人を見かけで判断してはいけませんよ」

「みんな、いっぱい汚してきても大丈夫よ。全部キレイにするわ」

ブレイブのティファとグローリーのクレアはひたすら洗濯を続けた。血で染まった衣服を、戦闘で傷ついた人々の心を、少しでもきれいに洗い流すために。

「どんなに壊れても全部建て直す。安心して戦っといで!」

グローリーのカルパは木材を生成するジルパワーで、壊れた設備を補強するための材料を作り続けた。運び込んだ資材が有限な今、こうした力も確実に人々のためになっている。

そして、さらに裏方に徹する者もいた。

「今日はどこを掃除しようかな?」

「私に出来るのはこれぐらいですから」

フリーダムのソフィア・テス・セレナとブレイブのレナーテ・ウェーバーが率先して周囲の掃除に当たる。

「俺には便利な力なんてないけどよ、世界が滅ぶかもしれねえならやるしかねえだろ!?」

力仕事はブレイブのダスティン・スタイナーが請け負った。

彼らの努力もまた、拠点を回す重要な動力だ。散らかった床が掃き清められ、積みあがった廃材が撤去され、必要な物資が運び込まれる。それを使い、職人や料理人が必要なものを生み出し、戦士たちを癒やしていく……。

「今は真面目にやるときっしょ。宝石扱えるやつはこれ使いな」

「前線に出るなんて久しぶりね〜。でもこれで最後かもしれないわね」

ジルコンを戦闘に使う者のために集ったピースフルの者たちもいた。

宝石を様々な形にカットできるケイト・カンサスが腕を振るう傍ら、「ジルダーリア服飾店」の革職人、エミリー・タナーが人々の武具を調整する。

「あーしにあんなのと戦える力があるかはわからない。だけど立ち向かおうとする人達の力になるくらいはできるはず」

ナナカ・カンサスは宝石に祈りの力をこめ、身につける者の潜在能力を引き出した。

同様の力を持つ者もそれに続く。

「聖なる光よ、永遠の力よ、悪しき力を阻止せよ、聖なる結界でお前を囲む、悪魔が越えぬように」

「皆さん、頑張ってください。わたしはここで応援します〜」

「同志達に小さな幸運が訪れますように」

「どんな困難にもきっと打ち勝てます。主よどうか皆様にご加護を……」

ブレイブのロレイン・バロンが、グローリーのなおとアイコ・トクガワが、ピースフルのスイ・リオトープが再び戦地に赴く者たちに祝福の声援を贈った。

人々の心は折れていなかった。……今は、まだ。

***

「おいおい、何が起こってんだ……!?」

一方、ブレイブの四天獅クナラとグローリーのヘンリーは呆然と立ち尽くした。

つい先ほど、彼らは最北端の拠点を出発し、ピースフル領内に入国を果たした。最速で送り届けることを請け負った「セイレーン」はその宣言通り、道中に沸いた大渦も、悪名高い海賊団もなぎ倒して、最短距離の海を進んでくれた。

その結果、ほんの数日でピースフルに戻ってくることができたのだった。

英雄教徒の案内に従い、一行は港から中心部に位置する聖堂に向かった。今なお生死の境をさまよう占い師アステルの命を助けるために。

だが。

「国内の混乱を狙った賊が出たのだ……!」

聖殿の一角にて、手ひどく傷を負った修道院長プレアが歯噛みした。

「ピースフルは今、教皇猊下とアステルが不在。また、多くの戦力は大災の竜の元に向かわせている。国内の守りが手薄と見るや、『彼ら』は行動を開始した……」

「いったい何者が?」

「分からん。フードのついた黒衣に身を包んでいたため、性別も年齢も不明だ。ただ、これまで、あのような存在に対する報告はどこからも上がってこなかった」

混乱したようにプレアが首を振った。

「大聖堂の壊滅をもくろんでいたのは間違いない。我々の決死の抵抗を受け、『まだこれほど力を有していたとは』と舌打ちしながら去っていった」

「英雄教の総本山を襲う連中がいるとは……」

にわかには信じられないことだった。英雄教を信じる者は言うまでもなく、明確に信仰するわけではない者も皆、百年前の英雄たちに畏敬の念は持っている。それは規律や勇気ある行動を愛するグローリーやブレイブの民ではなく、フリーダムの民も、だ。自由奔放に争いや略奪を繰り返す海賊や盗賊でさえ、ピースフルの大聖堂を攻撃することはありえなかった。

「基盤が揺らぐのを、虎視眈々と待っていたというのか……」

もしそうなら、突発的にできた団体ではない。慎重に英雄教の動向を探り、冷静に襲撃を計画するような組織だ。

「逃げた賊は追ったのか?」

尋ねたものの、クナラ自身、それが難しいことは分かっていた。案の定、プレアは渋面を作る。

「無理だ。黒衣を脱ぎ、市井に紛れられれば善良な民と区別がつかん」

「だよな……。まさかそいつら、この中にもまだ……」

心配そうにプレアを囲んでいた英雄教徒たちがぎょっとする。憤慨して自身の潔白を訴える人たちの怒声で、しばし聖殿内が騒然とした。

「大丈夫」

そのとき、澄んだ声が響いた。

荒れた大聖堂に、一人の女性が歩いてくる。ゆるく波打つ金色の髪に、ちょこんと載せたスタークラウン。生真面目な様子でぺこりと一礼し、女性は皆の前に進み出た。

「許可も得ず大聖堂の中まで入ってきてしまい、申し訳ありません。今すぐお伝えすべきだと思いましたので……」

「大聖堂は善良な者の訪れを拒まぬ。……して、お前は」

修道院長としての威厳ある表情でプレアが言った。

女性はにこりとほほ笑み、首を垂れる。

「チャコと申します。首都の隅に居を構えております」

「そうか」

「私のジルパワーは『何が真実で何が嘘かを見分けることができる』もの。……ここにいる方々は皆、清廉潔白な『心の音』を奏でています。ここに、不浄な存在が残っている可能性はありません」

「ふむ……」

プレアはまじまじとチャコを見た。チャコが真に正しい者なら、この報告は価値のあるものだ。だがこの女性が襲撃者の仲間だった場合、彼女の言葉は何一つ信用に値しない。

「いやあ、多分平気だぜ」

不意にヘンリーが言った。分かるのか、と問うプレアに彼はにやりと笑ってみせる。

「遠見のジルパワーを使うまでもねえ。このレディの足を見りゃな」

「足?……おお」

つられて視線を下に向けたプレアは大きく息を呑んだ。身なりのきれいさに反し、チャコの靴はズタボロだった。土とほこりにまみれるだけではなく、ところどころ血がにじんでいる。

「道行く連中に声をかけまくって、嘘をついてる連中を探したんだろ。そうでもしなきゃ、ここまで足だけボロボロになったりしねえさ」

「なるほど。確かにそうだな」

プレアも納得してうなずいた。恥ずかしそうに慌てて足を隠すチャコに対し、彼は深く頭を下げる。

「疑ったことを詫びよう。お前の献身に感謝する」

「そんな……!私だってピースフルの民ですから、このくらい……!」

「私たちも確認してみました。彼女の言葉は真実です」

戦場からこちらに移動してきた一団の中から真実を見抜くジルパワーの持ち主たちが声を上げた。

「この軍に裏切り者なんていない、さあ、いきましょう」

「心配すんな。すべて上手くいく」

迷いなく言い切るグローリーのミ・エルーとグンシの言葉に、英雄教徒たちがほっと息をついた。彼らに対し、集まった覚醒者たちは安心させるように各々が力強く請け負った。

「怪しい動きをする者がいたら、わたしが絶対見つけ出す。悪いことする奴は、片っ端から殺っちゃうよ」

眼鏡をくい、と上げて笑って見せるグローリーのMIKIに、英雄教徒たちが苦笑した。

「そもそも、いるかどうかわからない連中を警戒してる場合!?悩んでる時間がもったいない!パッと断ち切って前へ進むよ!」

ブレイブのヴァイオレットの声で、クナラたちはうなずいた。確かに今は、立ち止まっている時間が惜しい。

「プレア殿といったな。俺はブレイブの四天獅クナラ。アルフェラ殿にお目通り願いたい!」

「突然現れて何を……。彼は今」

「分かってる。オリシス殿に伺った。昏睡状態なんだろう?『コレ』があれば、助けられるかもしれないんだ」

クナラは急いで自分たちの目的を説明した。コミッショナーがHoleから持ち帰ったレリック「アギュウス」の弾丸は他者にジルパワーを与えられる可能性があること。以前、錯乱状態だったロゼッタもこれで回復したこと。

「この銃の真価は『因果率を無視して、弾を対象にぶち当てる』って能力のようだが、枯渇したジルパワーを回復させられるのもまた確か。突然現れて、こんなこと言われても信じられないかもしれないが、本当なんだ。頼む、俺たちを……」

「分かった。信じよう」

「な……っ、本当か!?」

「我らの同胞がお前たちを案内したということは、お前たちの身元はオリシスが保証したということだろう。無論それでは足りないという者はいるかもしれん。……だが」

プレアは傷の痛みをこらえながら、それでもぎこちなく笑みを作った。

「彫像化してまで、皆をお救いくださった教皇猊下の覚悟を知りつつ、おれたちはここに残ることしかできなかった。……竜相手に戦えるジルパワーではないのでな」

「……プレア殿」

「それでも、真実を見る目は持っているつもりだ。お前のように、絶対的なものではないがな」

遠く離れた場所を「視」るヘンリーが話を振られ、肩をすくめる。

「オレも人の内面は見れねえ。……が、それでいいと思ってるぜ?」

「そうだな。見えないからこそ、理解しようと努力する。それが人間だ」

プレアは傷の手当てもそこそこに上がった。

「アステルの占いは本物だ。目を覚ませば、必ずや再び、世界をよりよい方向に導くだろう」

「……また占わせるつもりか?確かアルフェラ殿は占いのし過ぎで死にかけていると聞いたが」

「止めて、聞くような男じゃない。目を覚ませば、勝手に占い始めるさ」

何て無茶な、とヘンリーは苦笑した。

だが、同時に納得もする。アステルとプレアの間には、自分たちにはうかがい知れない絆があるのだろう。ヘンリーの隣に、常にウィリアムがいるように。

「アルフェラ殿が目覚めるのを見届けたら、オレたちはグローリーに向かう」

「グローリーに?なぜ」

ヘンリーは自分とクナラを指さしつつ言った。

「もう一つ、やるべきことがある。前線に、最上の援軍を届けなければな」

「ふむ……よくわからんが、それはお前たちに任せよう」

プレアはあっさりうなずいた。自分のやるべきことを知っている者同士の会話だ。具体的な行動が分からなくとも、その目的さえ共有できていれば信頼し合える。

「すぐに頼む。この世界の未来のために」

「ああ、未来のために」

この場に集った者たちはうなずき合い、アステルの元に向かった。