KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

48

間欠泉塔の守り主

間欠泉塔の守り主

世界はなおもあわただしく動いていた。

フリーダムの最西端、間欠泉塔もまた、その荒波に飲み込まれていた。

「ななな、なんてことーっ!?」

天に届くほど高々と噴出する間欠泉。それを維持し、管理する巨大な塔。海から近いこともあり、その施設には連日、あらゆる船が寄港する。

塔の管理者、大湯守<たいゆもり>はこの事態に頭を抱えていた。

「なんか最近、海が騒がしいなーとは思ってたのよ。他国の船が遠くに見えるなーとか、シャークイッドの死骸が流れてきたなーとか。……それがまさか、こんな事態になってたなんてっ!」

「……今の今まで知らなかったのは、この世界を見回してもあーたくらいだよ、大湯守」

堂々と船を乗り付けた女海賊、ディーバスロードが呆れた顔で言った。これまで国内で不動の第二勢力を誇っていた彼女はこのところ、不機嫌極まりない。なんといっても、最大のライバルと目していた男が忽然と姿を消し、その勢力は今や大番頭の指示の下、行儀よく四大国合同の連合軍を組織しているのだから。

「他国とつるむなんてフリーダムの名に恥じる行為だ!そうは思わないかい、大湯守!」

「ぜんっぜん思わない!仲良きことは素晴らしきこと!」

「~~……!」

カラッとした声で即答され、ディーバスロードはぎりぎりと歯を食いしばった。

目の前にいるのは一見、どこから見ても善良な町娘だ。肩まで伸びた髪を緩くまとめ、頭に花飾りをつけている。下がり眉と垂れ目は「温和」の象徴そのもので、目元に散ったハート型の痣もまた平和を愛する聖女のごとく。

その見た目にふさわしく、大湯守はあらゆる「力」に興味を示さなかった。資金力にも、暴力にも、権力にも。

間欠泉塔を管理してはいるが、彼女はこの施設の支配者になりたいわけではない。フリーダム内に澄んだ水を届けるため。そして地熱によって温められた温泉で旅人が疲れをいやすため……彼女は日夜、精力的に働いている。

明るく、親切で、善良。

……いったい誰が信じるだろう。

この天真爛漫な少女こそ、フリーダムでも屈指の肉体を持った戦士なのだと。

「どこぞに消えたコミッショナーに目にもの見せてやるのさ。あーたが加われば、セイレーンが第一勢力に躍り出る。竜をぶち殺して、その素材を回収して売りさばいて、あーしがこの国を制圧してやんのさ!」

「なるほどね~、がんばって!」

「あーたが加われば、つっただろうが!」

がん、と舶刀を側にあった木樽に突き刺したが、大湯守は全く動じない。

「中身に穴が空いてたら買い取ってよね~、ディーバちゃん」

「誰がディーバちゃんだ!」

「だって色々教えてくれたじゃない。わたしを勧誘したい~なんて嘘ばっかり。素直に教えるのが気恥ずかしかっただけでしょ?」

「ぐうぅ……」

「おかげで今、大変なことが起きてるのは分かったよ。大災の竜なんて、ここからじゃ全然見えなかったから、助かっちゃった」

大湯守はからからと笑った。

「そういうことなら、この間欠泉塔は開放する。まあ、今もジャンジャン入港してるけどね。各国の補給経路として使ってもらって、全然いいよ」

「あ~……まあ、それも必要っちゃ必要だがね……」

港の方に目を向けた大湯守を追い、ディーバスロードも海を見た。彼女自身が入港を手間取るほど、岸には大型帆船から小さな商船までもがひしめき合っていた。

ここはフリーダムとオルフィニア大陸をつなぐ海峡の一端。安全に積み荷を降ろせるため、どの国の船もここに集まってくるのだった。

「はいはい、何が欲しいんだい?」

ブレイブの旗を掲げた商船で、モーリという男がにこやかに商談をしていた。

「今日はガンブリックスの激ヤバビールが大量入荷だ。こんな機会はめったにないぞ!」

見れば、小舟に山ほどの酒樽が積み込まれている。よく沈まなかったな、と周囲が呆れる中、一人の男がカカと笑った。

「拙の力など微々たるものですが、積荷を無事送り届ける事だけは最近の自慢でしてな」

フリーダムの貿易商、ガー・ジーンだ。あらゆるものをあらゆる場所に届ける彼ならば、積載量をオーバーした酒樽を輸送するのもお手の物だろう。

そのそばでは、竜討伐のために武器を集める者に対し、ギンサーロ・マンダレスがにこやかに応対していた。

「いつもはトイチでやらしてもらってまんねんけど、今回は無利子無担保でご融資させてもらいます。ただ、うちの取立ては少々厳しいでっせ」

金にうるさい男だが、今回ばかりは例外のようだ。ため込んだ私財をなげうつ彼の周りには融資を求める者たちが集まっていた。

誰もかれもが活気にあふれていた。これから滅亡する世界の住人とは思えない。

この先も未来が続くと信じているのだ。そしてそれは決して強がりや勘違いではないはずだ。

「勝つか負けるかなんて俺にはわからんが、勝ったとして残るのが人間だけなんてのはつまんねぇよな」

フリーダムの源助は戦場となる土地から動物たちを避難させていた。人だけではなく、動物たちの命も未来につなげるために。そして、決戦の地に集う戦士たちが存分に戦えるように。

「いいねいいね、さあ、経済を回そうじゃないか!」

「みんな、ミーの色に続けー!!」

ひときわ楽しげに、各商船を飛び回る男たちがいた。彼らまで来ているのか、とディーバスロードは思わず呆れた。

グローリーが誇る商会長ショーメイカーと、楽観的なピヨ太だ。金が動くところに彼らの姿あり。ここが稼ぎどころだと考え、二人はわざわざフリーダムの間欠泉塔まで駆け付けたらしい。

「いやあ、繁盛繁盛」

彼らの間をすり抜け、目立つ一行が上陸した。先頭を歩くのは褐色肌に、ゆるく波打つ銀髪の青年。とろんとしたまなざしで騒がしい周囲を見回し、彼は口元に笑みを浮かべた。

「大砲、舶刀、短銃に斧、注文いただいたものは全部用意したよ。なあ、みんな?」

「まあ、散々アンタに鍛えられましたからね、グランゴートの旦那」

周囲に集まる者たちが明るく笑った。

気のいい彼らは皆、グランゴートが開いていた道場の門下生だ。この世界で生き抜くための術をグランゴートに教わり、各々が自由に巣立っていった。

グランゴートが今回、彼らを終結させたのは無論、この有事を乗り切るため。かつて、ひよっこだった道場生たちは各地で経験を積み、頼もしい仲間となって戻ってきた。

「見つけられない物、手に入れられない物なんて無いさ!どんな物でも商ってみせる!」

「ああ、注文いただいたもんは全部手に入れたんで、依頼主たちは集合集合。『千本刀』グランゴートの名に懸けて、きっちりお渡しいたしますよお!」

彼らの口上に気付き、武器や防具を発注した者たちが押し寄せた。自分の求めた品の状態を確かめようと、彼らは競って対価のジルコインをグランゴートに差し出しては、商品を受け取っていく。

「はあ、もういい。……おい」

あちこちで起きる騒動の中、ディーバスロードは大湯守の勧誘をあきらめて指を鳴らした。

上品な身なりの女性がトコトコと歩いてくる。ピースフルの旗を掲げた商船をいくつか率い、ちょうど入港したところだ。海賊然としているディーバスロードとは対極にいると誰もが思うだろう。

「はいな。およびで?」

「ミスティア、ここはあーたに任せた。今からここはあーしのシマだ。揉め事は一つたりとも起こさせるんじゃないよ!」

「あらあらまあまあ、着いて早々、にぎやかな」

だが、ミスティアは突然女海賊から命じられても動じない。むしろ親しげ、かつ敬意をもってディーバスロードに一礼する。

「でもま、了解です。うちのシマを荒らそうとする悪い子には、お仕置きせんといけませんなぁ」

ピースフルの商船を率いるミスティア……その裏の顔は、ディーバスロード傘下の組織を指揮する女傑だ。いつか穏やかに生きるため、彼女は戦うべき場所と手段を間違えない。

「ここはうちに任せてくださいな。お頭はどうするおつもりで?」

「竜はぶっ殺す!あんなのにいいようにされちゃ『セイレーン』の名折れだからね」

「コミッショナーのことは?」

「…………」

「この状況下で雲隠れ……。竜が怖くて、闘技場に逃げ帰ってめそめそしてるんだ、なんて噂もありますわ」

むう、とディーバスロードは口をへの字に曲げて黙った。……痛いところを突く部下だ。

「大番頭がなんとかまとめてますけど、離脱者もそれなりにいる様子。こちらで回収いたします?」

「来たい奴は来りゃいいさ。でかい組織から頭が欠けりゃ、腐敗してくもんだからね」

そんな状況になるくらいなら、活気のある連中を自分のところに取り込んだ方がまだマシだ。

「この国は腐ってる。だからあーしがやる。みんなついてきて」

「はいな。地の底まで」

にっこり笑って即答し、ミスティアは踵を返した。彼女に任せておけば、この状況をうまくまとめてくれるだろう。

「……ったく、どこに行ってんだか」

この場にいない男に対し、自然と苦々しさが口をつく。今、「彼」がどこで何をしていようと関係ない。

――誰よりも自由に、この海を。

それだけを胸に、ディーバスロードは海に出た。

その想いのまま、どこまでも駆けていってみせる。