NOVELS 小説
- 第2話以降
第31話
集う四大国連合軍
オルフィニア大陸の最東端はこの百年間、見るも無残な荒野だった。
元々は緑あふれる豊かな土地だったと聞く。しかしThe Holeから大災の竜が現れ、この土地を襲った結果、最東端は壊滅的な被害を受けた。溶鉄のブレスで植物は煮え溶け、辺り一帯が瞬く間に不毛の大地と化した。
ぬらぬらと鈍く光る鉄の地面は百年間潮風にさらされ、あちこち錆が浮いている。雨が降れば、地面を流れる水流は赤く染まり、いくら植物の種を植えても固い鉄版が邪魔して枝葉を伸ばせない。荒涼とした大地に生者の声は聞こえず、むなしく吹きすさぶ風音だけが駆け抜ける。
だが百年後の今、この土地に壮観な光景が広がっていた。
勇気の国ブレイブ、自由の国フリーダム、平和の国ピースフル、栄光の国グローリー。
けぶるような朝霧の中、各国を象徴する色合いの軍幕がずらりとそろい、そこかしこに国旗がはためいている。
「皆様、お集まりいただき、感謝しますわ」
ひときわ大きな軍幕にて、ブレイブの女王シャインが言った。
置かれた軍議用の卓は円。玉座も上座もない。
「世界の命運を決める大戦が迫っております。巨悪を前にして、バラバラに動いていても勝ち目はない……。ここはひとつ、力を合わせて戦うことを提唱いたしますわ」
シャインの訴えに異を唱える者はいなかった。誰もが互いの様子をうかがうことなく、即うなずく。
一年前なら、こうはならなかっただろう。各国に石が落下し、Holeと名付けられた小穴から現れた怪物たちはそれぞれの国が自力で対処し、事なきを得た。
だがそれから状況は大きく変わった。大災の竜がノル・ヴェイルを滅ぼしたことを皮切りに、世界中に鞭打ち苦行者が現れて、異質な持論を叫び始めたのだった。
……ピースフルの教皇は自らの記憶が抜け落ちていることを理由に、過去の証言を拒んだ。
フリーダムの第一勢力は、辺境の街ノル・ヴェイルがジルコン鉱脈を秘匿していることを感知できずにいた。
グローリーの巨大兵器、極大魔法砲台ヒヤシンスは砲身の位置こそ変えられるものの、移動はできなかった。そのため、常に周囲三国を威圧する形になっており、予期せぬ火種になりかねなかった。
どの国も弱みを抱えていた。だからこそ、盟主の座にブレイブの女王を推した。どの国とも公平な対話を続けた彼女の元なら、この連合が崩れることはないと信じて。
「まずは情報共有と参りましょう。そのあと、今後の対策を検討しませんこと?」
円卓の皆がうなずくのを確認し、シャインは深呼吸を一つした。他者から情報を求めるのであれば、まず自らが腹の内を明かさなければ。
「ブレイブは今、困ったことになっておりますわ。大災の竜がジルコンを狙っているのかを確かめるため、空の部隊を向かわせましたが、連絡が途絶えましたの」
「消息不明になってから、もう数か月が経過していますね」
フリーダムの名を背負い、「知の大番頭」が補足した。本来この場に立つべき男、コミッショナーの姿はない。彼は彼で今、別行動をしているらしい。
「私の部下がThe Holeまでの道案内を買って出たというのに……力及ばず、面目次第もありません」
「謝らないでくださいな。あなたがたに被害が向かわなかったことが何よりです」
「そう言っていただけると救われます。……ブレイブが最優先にするのは、やはり彼らの捜索で?」
「それも目的の一つですわ。決して失えない大切な人材ですもの。そして、それに関しては……リーチ」
背後に声をかけると、控えていた腹心、『到達』の四天獅リーチが心得たように口を開いた。
「ピースフルのアルフェラ殿が占ってくださった。我らが同胞の被害は甚大。しかしそれでも全滅はしていない。ロゼッタはThe Holeにほど近い『魔の海域』にいる可能性が高い、と」
「彼らが壮健であれば、すぐ帰還しているはずよ。それができていないなら、何かしら不測の事態が起きている可能性が高いわ。……うちらはその海域を捜索したい。ブレイブには空の部隊メテオランテ・エアロだけではなく、海の部隊もいますから」
「お任せを」
リーチと並び、シャインの背後に控えていた女性が一礼した。
彼女はアルテナ・パラストリア。ミスターメテオランテと双璧を成す軍隊を率いている。
その名もメテオランテ・ヒュドロ。
鎧を捨て、軽やかに空を駆けるエアロと違い、彼女たちは鎧に身を包み、盾を持ち、荒波を切り裂いて国を守る。アルテナは「鎧をまとう者は勇気をまとう」を合言葉に、一丸となってブレイブの海を守っていた。
空と海。対照的な組織だ。
相手に引けを取るなとばかりに、互いに切磋琢磨してきた両隊だが、今は魔の海域にて、エアロの精鋭が姿を消している……。彼らを救い出すことこそ我らの使命、とヒュドロは闘志を燃やしていた。
頼もしい仲間に背中を押された気持ちで、シャインとリーチは他国の面々に言った。
「ですがこの状況で、それだけを押し通す気はありませんわ」
「ピースフルの方々は今回、The Holeへ向かうと聞いている。『魔の海域』は、こことThe Holeを結ぶ延長線上にある。俺たちが護衛を引き受けよう」
「感謝します、勇気の民よ」
「――……」
その声がした瞬間、軍幕内が一瞬、静まり返った。
誰もが息を呑み、震える心で何かを祈った。
まるで、そんな沈黙だった。
周囲の視線が集まる先に、透明界のあるヴェールを被った女性がいる。流水のように長い髪を波打たせ、ここではないどこかを見ているように目を半分伏せながらも、彼女の声ははっきりとこの場を支配した。
――英雄教の教祖、百年前の生き証人。ピースフルの教皇ジルダーリア・サラII世だ。
「The Holeが、全ての始まり。わたしたちの、記憶も、そこに眠っている。わたしたちは、今こそ、かの地に、潜らなければ、なりません」
一言一言を区切りながらも、教皇は自らの口で、しっかりと言った。
その背後に、ずらりとピースフルの面々が集っている。
英雄騎士団長のオリシスと英雄騎士団の面々、そして新英雄として「英雄のためのジルコン」を賜ったヴィントだ。
教皇の代わりに国政を担ってきたアルフェラことアステルや、教皇を心から信奉する修道院長のプレアはこの場にいない。
ピースフルはここにきて、教皇の周りを信徒ではなく、The Holeへ向かう武力のある者で固めた。これまで不動を貫いてきた教皇にとって、The Holeへ到達することが何よりも優先すべき事柄なのだと伝わってくる。
ころ、と教皇の口元が小さく動いた。
(何か、舐めてる?)
それに気づいたシャインはひそかに首をかしげた。
だがすぐに気付く。教皇の吐息にかすかに含まれているのはシャインのジルパワーだ。
(あれって……!)
少し前、シャインはロゼッタたちの居場所を占ってくれたアステルに謝礼を送っていた。グリフィンの涙を混ぜた特製の「勇気の飴」だ。希少ゆえ、二粒しか作れなかったが、そのうちの一つを今、教皇は舐めている。
それが教皇に、どれほど劇的な効果を及ぼしたのかを作った本人は知らない。ただ喜んでくれたならよかった、と嬉しく思っただけだ。
シャインの視線に気づいたか、教皇は静かに目を伏せ、軽く一礼した。
「これから、わたしたちは、The Holeへ向かいます。明らかになった記憶は、みなに、つまびらかにすることを、約束しましょう。……この選択が、世界の平和に、つながりますように……」
少しずつ、教皇の語調が弱まっていった。
素早くピースフルの面々が彼女の姿を覆い隠すようにして、円卓から離席させる。
「悪いね。教皇は体がそんなに強くないからさ。この辺りで退席させてもらうよ」
風のような俊敏さで、一人の女性が教皇の代わりに席に座った。各国を代表する者たちを前にしても、気後れした様子はない。
「ここからはボクが同席するよ。よろしく」
「あなたは?」
「お初にお目にかかるね、勇気の女王。ボクはヴィント。教皇に新英雄の座を賜ったんだ」
「まあ、あなたが噂の?」
「すでに知ってもらえているなんて面はゆいね。恥ずかしながら、まだちゃんとした武勲も立ててないんだ。この大戦で、一騎当千の活躍ができるよう、がんばるよ」
ニッと少年のように笑うヴィントに、シャインは思わず相好を崩した。今まで表舞台に立ったことがないと豪語しつつ、それに臆する様子はない。ここにきて、ピースフルは頼もしい戦力を得たようだ。
(なんかロゼッタに似てる)
姿かたちが、ではない。声や空気感でもない。
うまく言えないが、魂のありようが近しい気がする。求めるものに対するひたむきさや、決してあきらめない不屈さ、といったところだろうか。
ヴィントに対する親近感を覚え……同じ流れでシャインはロゼッタを想った。ぱたりと消息を絶ってしまった彼女やミスターメテオランテは今、どこで何をしているのだろう――。