NOVELS 小説
- 第2話以降
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第話
ああ、たくましき女性たち
なんだか妙なことになってきたな……とリーチは他人事のように考えた。
つい先ほどまで、フリーダム辺境の街ノル・ヴェイルでは殺伐とした会話が交わされていたはずだ。国内で最大勢力を保有するコミッショナーは自由気ままに自身の利を求め、ブレイブ側が大災の竜の調査に赴く隙をついて、The Holeを探索すると言い放った。露悪的な物言いだと頭では理解するものの、感情が逆なでされるのは止められない。コミッショナーにはいずれ何かしらの形で「礼」をしようと考えつつ、リーチは意識を切り替えた。……切り替えたのだが。
「うっるさいね! 邪魔するんじゃないよ!」
「邪魔はぬしの方じゃ。突然現れて喚き散らしおって」
「あわ、あわわあわ」
「…………」
何がどうして、こうなった。
リーチは目の前で繰り広げられる混とんとした野放図から目をそらし、空を見上げた。……今日も快晴だ。
「今すぐそこの坊ちゃんを渡しな。あーしはソイツに用があるんだ!」
「それはできぬ相談じゃ。彼は今から、拙者と重大任務に就かねばならぬ」
「んなこと関係あるかい! あーしが渡せと言ったら渡すんだよ!」
ズラァリ、と不吉な音を響かせ、一人の女性が腰に差していた舶刀<カットラス>を抜いた。
長い髪を一本の三つ編みにした、健康的な女性だ。傷一つない肩を惜しげもなく太陽にさらし、胸を張って立っている。研ぎ澄ました舶刀のように吊り上がった瞳と、頭につけた猫耳の装飾。勝手気ままに行動する猫のようだ。
「痛い目見ないうちに渡しな。警告はここまでだよ!」
「ほぉん、面白い。そんなナマクラ、魚一匹捌けんわ。拙者が研いでやろうか?」
一歩も引かずに相手をするのは深海魚を模した帽子をかぶった女性だ。温厚そうな顔立ちをしているが、頬を筆頭に、肌のあちこちに傷がついている。
「トップアーケイニストはあーしのもんだ!」
「大笑いじゃな。拙者が先に約束しておる」
両者の視線が激突し、バチバチと火花が上がる。その中心に無理やり据えられたオーガストは「ひいぃ……」と調理前の鳥のような哀れな断末魔をあげた。
美女二人に取り合われている状況だが、まるで羨ましくない。
「すごいな、オーガスト。さすがとしか言えん。いよ、世界中のアーケイニストの頂点たる男」
「全然心がこもってないじゃないですか、『到達』の四天獅!! いつも腹から声を出すあなたはどこに行ったんですか。絶対すごいだなんて思ってない! 絶対さすがだなんて思ってない!」
「いやいや、思っているさ。ブレイブの伊達男の称号は今日からお前のものだ。<メテオランテ>にも身を引くよう、進言しておこう」
「『到達』の四天獅―!!」
オーガストが涙交じりに絶叫した。
哀れだとは思うものの、リーチにもどうしようもない。ほんの数刻前は予想もしなかった状況なのだから。
――この騒動のはじまりは、コミッショナーがノル・ヴェイルを出て、少ししたころだった。
まず、街に「大槌」を名乗る女性が到着した。深海魚の帽子をかぶった傷だらけの彼女は辺りを見回し、やや緊張した様子でリーチとオーガストに挨拶をした。
『お初にお目にかかる。拙者、「大槌」と申す。釣りと鍛造のみの人生ゆえ、面白みに欠けると自負しておるが、ここはひとつよろしく頼む』
「大槌」はフリーダムの誇る地下鍛冶屋ギルドにて、頂点の職人に与えられる称号だ。彼女の鍛えた武器は素晴らしく、武器を振るった風で岩が切れると謳われている。しなやかで、強靭で、芸術的。その技術は確かなもので、国内外で熱狂的に支持されている。
『ノル・ヴェイルには少し前にも来ていてな。ほれ、その辺に大災の竜が吐いた鉄があるじゃろう。それで武器を鍛えてみたのじゃ』
『ふむ、素晴らしいッ! して、効果のほどは?』
『扱いづらい……が、面白い代物だの。こっちが一般的な鉄で鍛えた包丁。こっちが竜のブレスで鍛えた包丁じゃ』
大槌はリーチに二振りの包丁を渡した。
その場で釣れた魚で試してみると、その違いは明らかだ。
通常の包丁はさすが大槌というべき業物。何の抵抗もなくすとんと刃が通り、魚が真っ二つになる。
それに対し、「竜鉄の包丁」は奇妙だった。
まず、重い。見た目から想定するよりも数倍の重さがあり、まるで太刀を手にしているようだ。
そして、まったく切れない。刃は鋭くぎらついているというのに、ものに押し当てたところ反発しあっているように刃が通らない。
『これはいったい……?』
『そこにジルパワーをこめてみよ』
言われるがまま、大鎌を振るうときのようにリーチはジルパワーを放出した。その瞬間、
『……ッ!!』
突然、包丁の重量が戻り、同時に包丁は魚ごと、台にしていた岩に埋まった。そのまま力を籠めると、勢いを殺すことなく岩を真っ二つにする。
リーチだけでなく、見ていたオーガストも驚愕して目を見開いた。
『ジルパワーをこめると切れ味が増すのか、これはッ!』
『うむ、ジルパワーに覚醒した者しか使えず、かつ使用者のジルパワーが尽きた瞬間、ただの重しと化す武器じゃ』
大槌がうなずく。
『しかも、この鉄とジルコンを鋳溶かし、精錬することでさらに威力が高まる』
『ほう……ッ』
『ジルパワーをこめた弾丸、なるものも開発したぞ。あれはなかなか骨が折れた。もともとジルパワーなぞ、溜めておけるものではないからの』
『それはそうだろうッ。……待て。できたのか、それは?』
大槌がさも当然のように言うため、うっかり話を流しかけた。ぎょっとして目をむくリーチに、大槌も複雑な顔でうなずいた。
『原理は分からん。……が、「できた」。竜の吐く溶鉄はジルパワーを閉じ込める』
『それ、もしかしたら、「吸い込む」が正しいんじゃないでしょうか?』
オーガストが話に入ってきた。自分でもうまく考えがまとまっていないようで、考えながら口を開く。
『なぜかわからないけど、ここのジルコンはスカスカなんです。まるでジルパワーを感じない。……それが大災の竜の仕業なら? かの「厄災の権化」がこのノル・ヴェイルを狙ったのは、ジルパワーがあったからでは?』
「それは……鞭打ち苦行者なる連中の言説を補強するな」
大災の竜はジルコンを狙う、と苦行者たちは言っていた。「なぜ」なのか、の答えは彼らも持っていなかったが、その理由がジルパワーなのだとしたら。
『竜はジルパワーを吸う。だからこそ、竜の吐いた鉄とジルパワーも混ざり合う……。そうは考えられませんかね?』
『ふむ、苦行者たちも「竜が人間を食った」とは言わなかったな。あの巨体をどうやって維持しているのかと思ったが……ッ』
竜の主食がジルパワーという可能性があるのか、とリーチはうなった。
まだ、それが正解だという確証はない。状況から、そういう案もある、と考えられるだけだ。
今、分かっているのは「竜の吐いた鉄とジルパワーが混ざる」こと。そしてその鉄を用いて鋳造した武器は元来よりもはるかに威力が増すということ。
『だからこその「大槌」と「オーガスト」かッ』
コミッショナー陣営が同盟締結時に求めた内容に、ようやく合点がいった。
確かにこれはオーガストでなくては担えない役割だ。ジルコンをテイスティングして性質を調べる彼がいれば、大槌は高品質のジルコンを手に入れられる。そのジルコンを使って鍛えた武器は、ともすれば竜の肉や骨にも届くだろう。
『ええ。ただ繰り返しますが、ここのジルコンはほとんどがスカスカの状態です』
オーガストが言った。
『武器鍛造に使うジルコンはブレイブ国内の鉱山から運んでこなければならないかもしれません』
『ふむ、だとすると、ここにジルコンを運ぶよりは、ブレイブ国内で作業してもらった方がよいなッ。大槌殿にご同行いただけるのなら、だが』
『拙者はどこでも構わんぞ。コミッショナーからもその辺は特に何も言われておらん』
『ならば、そうするかッ。……いや、待て』
話をまとめかけたところで、リーチはふと別案を思いついた。
『オーガスト、きみはここのジルコンが「スカスカ」と言ったが、それは鉱脈全域にわたるのか?』
『というと? ……ああ、なるほど。ジルパワーが枯渇しているのは、低層地帯のジルコンだけかもしれない、ということですね。深部にはまだ、高純度のジルコンが残っている可能性が……』
『ああ、早速探すぞッ』
皆で大きくうなずき合う。
……そこまでは順調だったのだ。
だがそのとき、街の果てに一艘の大型船が着港したとの知らせが入った。掲げられている旗は海賊「セイレーン」の旗印。
フリーダムにてコミッショナーに次ぐ第二勢力、「セイレーン」の船長ディーバスロードが乗り込んできた合図だった。
「ここのジルコンをコミッショナーが独占しようって聞いたんだ! そうはさせないよ、あーしに全部渡してもらおう!」
敵襲に等しい勢いで現れた後、ディーバスロードは一貫してそう主張した。どうやら彼女は航海中、この街の噂を聞いたそうだ。領主が死んだ辺境の街に広大なジルコン鉱脈が見つかった。コミッショナーは直ちに向かい、すべての利益を手中に収めようとしている、と。
そうはさせまい、と即座にノル・ヴェイルに現れた決断力には感嘆する。コミッショナーがある程度、フリーダムという国の未来を考えた行動をとっていた分、ディーバスロードの勢いは新鮮でもある。
これぞ海賊。その生きざまを、リーチは決して否定しない。
……もっとも、時と場合によっては、だが。
「ここのジルコン鉱脈はあーしがいただく! カモを大勢呼び寄せて、ジルコン採掘イベントを開くんだ」
「……無茶苦茶では?」
ディーバスロードの勢いにすっかり気おされながらも、オーガストが小声で反論した。その瞬間、ディーバスロードの目がギラリと光る。
「何が不可能なもんか。あーたがいんだろ、トップアーケイニスト! あーたの名前があれば、カモは安心してうようよ集まってくるさ!」
「そういうことに名前を使われるのはちょっと……」
「へえ、珍しいじゃないか。あーたは命と名前を天秤にかけたとき、名前を重視するタイプかい」
せせら笑って恫喝し、ディーバスロードは舶刀をオーガストに突き付けた。
「なら、あーたの墓標に刻んでやるよ! 『トップアーケイニスト、無謀にも「セイレーン」の船長に無礼を働き、無残に切り捨てられる』ってね!」
「ひ、ひいいい! 『無』が多い! 暴力反対! 暴力反対!」
哀れなオーガストの悲鳴が響き、場は再び混沌とし始める。
(まあ、なんというか……いや、でもこれは)
リーチは考え込んだ。一人だけ騒動の枠外にいるため、落ち着いて考えられるのは僥倖だ。
(ディーバスロードはここのジルコン鉱脈で大儲けしたい。そのためにオーガストの名前が欲しい、と)
そして大槌はオーガストと組んで武器開発がしたい。
改めて整理してみると、意外とうまく行きそうな気もした。
「お二人とも、少々いいかッ。俺から一つ、提案があるんだが」
威勢のいい二つの視線と、すがるような一つの視線を同時に感じつつ、リーチは咳ばらいを一つ下。
「ディーバスロード、俺はお前の選択に異を唱えるつもりはない。海賊を法で縛るのもムリだと思っているぞ。おまけに俺は他国の者だしなッ」
「ふん、話の分かるトサカ頭じゃないか」
「お前の開催するジルコン採掘イベントも支持しようッ。といっても、見ないフリをするのがせいぜいだが」
「はっ、それ以上踏み込んで来ようとするなら、叩き切ってやるところさ!」
「オーガストの名を使うかどうかは、本人と交渉してくれッ。ただオーガスト本人にはやるべきことがある。彼自身を拘束するのはご遠慮いただこうッ。そしてオーガスト、お前は当初の予定通り、大槌と作業を開始してくれ。時は一刻を争うのだからなッ」
誰か一人に肩入れすることなく、全員の意見を受け入れたリーチに皆、虚を突かれたようだった。血気盛んに自らの権利を主張していたディーバスロードすら毒気を抜かれたようにポカンとしている。
だが、あらゆる可能性を脳内で考えたのだろう。
やがて彼女は準備してくると言い捨て、乗ってきた海賊船へと戻っていった。
「ちょっとちょっと、『到達』の四天獅! あなた、なんてことを言ってくれたんですか!」
ディーバスロードの姿が完全に見えなくなったところで、オーガストが声を荒らげた。大槌も疑い深そうなまなざしでリーチを見ている。
涙交じりの訴えをいなしながら、リーチは二人に肩をすくめてみせた。
「これはある意味好機だと思ってなッ」
「何がですか!」
「今回の武器開発には純度の高いジルコンが必要だろう? だが、それを運び出すには、洞内にある『スカスカのジルコン』があまりにも邪魔だ。地表のあちこちから飛び出しているせいで、運搬用のレールが敷けんッ」
「まさか、そのジルコンをディーバスロードに運び出してもらおうって言うんじゃ……」
「そうともッ。ディーバスロードはジルコンを売りさばいて大金を得られる。俺らは邪魔な障害物がなくなり、純度の高いジルコンを搬出できる。いいことづくめだろうッ」
「運び出したジルコンにジルパワーがないことが知られたら、殺されますよ、僕!」
「何、よほどの目利きじゃなければ気づかれんさッ」
ディーバスロードを利用して目的を果たそうという作戦だが、リーチの勘が問題ないと言っている。ディーバスロードはなんとなく、すべてを察したうえで話に乗ってくれたような雰囲気を感じたのだ。
自由と混沌を愛する女海賊……そう噂されている彼女だからこそ、大災の竜に対する怒りも本物だ。人々に恐怖を与え、委縮させている存在が空を支配している限り、彼女の愛する「自由」も「混沌」も戻ってこないのだから。
「力を合わせて挑もうじゃないかッ。この計画が成功すれば、俺らは必ず勝利に近づくのだからなッ」
「はいぃ……」
拳を握って断言したリーチの熱量が移ったのか、オーガストも渋々うなずいた。大槌も「了承した」と言いたげに肩をすくめる。
これでいい、とリーチは思った。
事態は確実に良い方向に進んでいる。皆の意思が世界の勝利を引き寄せる。
必ずや大災の竜を討ち、世界は穏やかな日々を取り戻せることだろう。
……そう考えたのだが、
「た……大変です、ブレイブの方々……! 至急お教えしなければならないことが!」
そのとき、悲鳴にも似た声が三人の元に届いた。転がるようにして駆けてきたのはフリーダムの道先案内人。「知の大番頭」の部下にして、ロゼッタたちをThe Holeに案内していた男性だ。
「ロゼッタ様率いる『ジェルジオの槍』……そしてミスターメテオランテ率いる『メテオランテ・エアロ隊』の消息が途絶えました! 双方、誰一人として帰ってきません!」
「なんだとッ!?」
その場にいた全員が絶句した。
一体何が起きたのか、分からない。全く分からないまま……この日を境に、ロゼッタと<メテオランテ>を筆頭に、ブレイブの精鋭たちは消えた。