NOVELS 小説
- 第2話以降
第34話
驚愕の襲撃
連合軍会議が終了し、数日が過ぎた。
その間も世界は決して平穏ではなかった。首脳陣が会合に出ている間、各国に魔物が出没していたのだ。
グローリーには今まで誰も見たことのない、未確認の竜が。
他三国にも新手の魔物が。
だがそれらは皆、国に残った者たちの手で討伐された。グローリーはピーカブーがブタちゃんを覚醒に導くことで極大魔法砲台ヒヤシンスを起動させ、ピースフルは骸骨戦士団が国防に当たった。
フリーダムは第二勢力「セイレーン」を率いるディーバスロードが魔物を蹴散らし、ブレイブは国に残った四天獅たちが危なげなく勝利した。
幾多の危機を乗り越えるたび、人々は強くなっている。皆がその手ごたえを感じていた矢先の出来事だった。
人々の喜びをあざ笑うように、運命は彼らに新たな試練を与えた。
――われ、青薔薇の女性による襲撃にあう。
コミッショナーの伝令を持ち、一人の女性がフリーダムに帰還したのだった。
秘書を名乗る彼女はコミッショナーの指示を受け、一人だけ船を降りて国に戻ったという。
連合軍会合が行われたことや、そこでグローリーからジルコニア通信装置が共有されていたことは寝耳に水だったようで、彼女はがっくりとうなだれた。「会合に同席していれば、これが使えたんですね……」と嘆いたのは本心だろう。
あまりにも哀れな様子に、その場に居合わせた者たちは誰も彼女を責められなかったという。もっとも彼女はこの状況だけではなく、いつもコミッショナーに振り回されている被害者だったが。
彼女はジルコニア通信装置を使い、各国にコミッショナーからの報告を伝えた。曰く、「The Holeに向かう途中、魔の海域に差し掛かったところでコミッショナーは突然、上空から奇襲を受けた。襲ってきたのは左目に青薔薇を咲かせた義眼を付け、重い甲冑を身にまとった女性だった。グリフィンにまたがり、大剣を手にした彼女の一撃は重く、荒々しい憎しみに満ちていた。女性はその一撃を残し、再びグリフィンに乗って、空のかなたに消えていった」と――。
それは、にわかには信じられないことだった。姿かたちが行方不明になっていたロゼッタに似ていたから、というだけではない。姿かたちを似せただけなら偽物だと断じることもできたが、グリフィンにまたがり、大剣を振るうとなるとロゼッタ以外考えられない。
しかも今回、ロゼッタとコミッショナーの出会った場所はまさにピースフルの占い師アステルが占った「ロゼッタがいるであろう魔の海域」とも一致する。
だが、だとしたら謎は深まるばかりだ。A.D.1646'の秋に消息を絶ったロゼッタはそれからA.D.1647'の冬に至る今までの間、どこで何をしていたのか。……そしてなぜ、彼女がコミッショナーを襲ったのか。
――コミッショナーから仕掛けたのでは?
報を受けた者の中には、そう考える者もいた。自由気ままにふるまう無法者であるコミッショナーのほうが漂流していたロゼッタを襲い、返り討ちにあっただけなのでは、と。
――ロゼッタという女性は最初から略奪者だったのでは?
中にはそんな疑惑を抱く者もいた。これまで表舞台に立つことがなかったにもかかわらず、突然頭角を現して「ジェルジオの槍」隊長に抜擢されたところに何かしらの策略を感じたようだ。
だが、これらはすべて、突然の報に動揺しただけの妄言にすぎない。
『何かが起きたのですわ』
ブレイブの女王シャインがそう断言した。
『うちが見出したロゼッタは決して素性の怪しい者ではありません。そして、お会いしたことはありませんが、コミッショナーも誰彼構わず襲い掛かる野獣ではないと信じています。それは大番頭さんが彼とともにいるところからも明らかですもの。うちは大番頭さんの信じるコミッショナーを信じます』
迷いのない彼女の言葉がジルコニア通信装置を通し、各国に共有される。皆、落ち着きを取り戻し、冷静に事態を受け止め始めたのを感じつつ、シャインは静かに続けた。
『ロゼッタの身に、何かが起きたことは間違いありません。理由のあるなしに関わらず、正気を保ったロゼッタが問答無用で誰かを攻撃することは決してありませんわ。しかも、この報告には決定的に足りない情報があります』
『足りない情報?』
『ロゼッタのジルパワーです。彼女のそれは戦いにも使えるもの。ですがコミッショナーはそこに触れてはおりません』
『ジルパワーを使わなかったということか』
『ジルパワーは意志の力で発動しますわ。ロゼッタがそれを使わなかったということは、彼女が意識を保てない状況にあることの証明になるのでは』
――ロゼッタは洗脳状態か錯乱状態にある。
それがシャインの見立てだった。そうであってほしいという願いも含まれていただろうが、誰も彼女を否定できなかった。シャインの心痛をおもんぱかったこともあるが、否定するだけの情報がなかったこともある。
四大国の結束は瓦解することなく、より強固に固まった。
海が身近にあり、優れた造船技術を有するフリーダムと、豊富なジルコンを有し、日夜盛んに研究開発が行われてきたグローリーが力を合わせ、各国の船を補強する作業が始まった。
荒波を踏破し、The Holeへ行くための船を。
来る大戦……大災の竜を討伐するための船を。
同時に、各国はそれぞれ、ロゼッタが洗脳されている可能性を重視し、それを解く方法を探り始めた。
これは盟主シャインに気を使ったからではない。
おそらく大災の竜と対峙したであろうロゼッタが精神に異常をきたしたならば、決戦の際、同じことが自分たちの身に起きる可能性もある……。竜と戦う前に同士討ちや呆然自失で壊滅するなど笑い話にもならない。世界の命運を決める戦いのためにも、解決しなければならない問題だった。
***
「……というわけだ」
ピースフルの辺境にある「静寂の湖」にて、修道院長プレアは一連の騒動を話し聞かせた。そもそもプレアの前に立つ「彼女」にとっては、ロゼッタの話以前に、四大国が連合軍を結成したことも初耳だっただろう。はぁ、へぇ、ほぉ、そんなことが……難儀でしたなぁ……と気の抜ける相槌をひたすら打っている。
萎えそうになる自分を奮い立たせ、プレアはなんとか話を終えた。
「お前がこの国で誰より長く生きていること……その年月はともすると百を数えること……。それらはまことしやかにささやかれていることだ。此度、あらためて問いたい。その噂は真実か?」
「はぁ……そう聞かれましてもなぁ」
黒衣に身を包み、羽帽子を目深にかぶった老婆がため息をついた。首筋や手には深いしわが刻まれ、彼女が長いときを生きてきたことを証明している。
「この宿には二人の主が住む……一人は老体の賢者。もう一人は心身ともに充実した妙齢の女性。おれたちは長年、不思議に思っていた。お前たちは二人そろって目撃されたことがない。それはただの偶然か?」
「いやですわぁ。女性の年齢を問うなんて。ワテ、答えるんも心苦しいわぁ」
プレアが知る中で、彼女ほど年齢を重ねた者はいない。プレアの父も、この湖に来た際は彼女に会ったと言っていた。またその父も同じことを言っていた。
いつ来ても、「静寂の湖」のほとりに建つ宿屋には彼女がいる。
偶然この場所に立ち寄った者は「老婆がいた」と言い、宿に泊まった者は「年若い美女がいた」と言う。
不思議な存在だ。
だが、だからこそプレアの知りたい問いの答えを持っている気もする。
「宿屋の主。お前は百年前の大災から生きているのではないか?そのとき、何があった?何が起きた?大災の竜を見たことは?」
矢継ぎ早に問うプレアに、老婆はにたりと笑った。
「聞く覚悟があるのなら、答えんわけにはいかんやろねぇ」
老婆は半身を開け、宿屋にプレアを通した。
「長い話になりますわ。どないする?」
「深夜の森を踏破するほど命知らずではない。今日は宿泊させていただこう」
「ふぅん……ほなら、お客、一名追加やね」
「……っ!」
その瞬間、老婆の姿が変化した。見る見るうちに皴が消え、曲がっていた腰が伸びる。
瞬き二つ分が過ぎた後、立っていたのは美しい女性だった。
「なんと……」
「ワテ、宿屋にお客がいるときだけ若返るんやわ。秘密の秘密のジルパワーやね」
ふふ、と女性が微笑んだ。
「昔話をするさかい、ゆっくりしていきぃや」