NOVELS 小説
- 第2話以降
第36話
連合軍、出航!
A.D.1647'春
ついに四大国の連合軍が出航する日取りが確定した。
ジルコニア通信装置を搭載した大型帆船が各国を出航し、集結する。
目的地はブレイブの竜騎士団長ロゼッタやミスターメテオランテ、そして彼らの仲間たちが消えた「魔の海域」とその先に開いたThe Holeだ。
――教皇の記憶が戻れば、大災の竜に対抗する強力な一手となる。
そのため、どの国もジルパワーを有する猛者たちを現地に向かわせた。
勇気の国ブレイブは女王ブレイブ・シャインと「到達」の四天獅リーチ。さらには「百錬」の四天獅レオ、並びにメテオランテ・エアロやヒュドロの面々が。
自由の国フリーダムは第一勢力のコミッショナーこそ先行して気ままにThe Holeを目指しているが、「武の大番頭」や第二勢力であるディーバスロードが参戦した。
平和の国ピースフルは教皇が出向くため、武芸に秀でた者がこぞって名乗りを上げている。英雄騎士団を率いるオリシスや、新英雄のヴィントを筆頭に、鞭打ちマッスル騎士団も同行を決意した。
栄光の国グローリーは歴戦の猛者こそいないが、集団を統率するために必要な能力を有する者が多い。遠く離れた場所の声を聞く議長ウィリアムや、考えていることを一ワードに集約して届けることができる巨大複合都市サンクチュアリの支配人マスターグラシアラ。さらに大勢の勇士が手を上げた。
四大国の船はそれぞれ、先発隊と本隊に分かれ、海を行く。
「……んで、俺らが大将はいったい、どこで何をしてるのかねえ」
フリーダムの船にて、「武の大番頭」がつぶやいた。
見渡す限りの大海原は平和そのものだ。適度に吹く風で帆は膨らみ、からりと晴れた空に雨雲の兆しはない。
すべてが平穏無事に行きそうな航海。イヤなことというのは決まって、こういうときに起きるものだ。
「ディーバスロードがおとなしくしてるのが不気味です。あれには別動隊を任せた方がよかったのでは?」
部下の一人がうなじを揉みながら慎重に言った。緊張するあまり、首がこわばっているのだろう。
「いつ寝首を掻くか分かったもんじゃない。コミッショナー不在の今、我々を亡き者として国内最大勢力の座を狙うつもりなのでは」
「まあ、絶対にないとはいえねえが……以前ボスに聞いたところ、笑い飛ばされたからな」
「そうなんですか?」
「『ハハハハハ、好きにさせておきたまえ!彼女が愛するのは混沌と自由だ。虐殺と略奪ではないからな』だとさ。ボスがそう言うなら、そうなんだろうよ」
国内にて常に覇権を競い合ってきた二人だ。「武の大番頭」には分からない何かがあるのだろう。
「ボス自身に襲い掛かるならともかく、いねえ間にこっちに攻め込んでくることはねえだろう。……ただ、それはボスが生きてることが大前提だ。万が一死んだ場合は、すぐさま行動を開始するだろうよ」
「ひえぇ」
「それが一番、国内の混乱が早く収まる。皮肉なことにな」
そう、コミッショナーが死んだ場合も、自由の国フリーダムが滅びるわけではない。ディーバスロードのように正面から対立する者もいるし、辺境の街ノル・ヴェイルの元領主のように暗躍する者もいる。
混乱と悲劇的な騒動のを糧に、フリーダムは続いていくだろう。その際、表舞台で存在を示せなかった者はあっという間に忘れ去られていく。たとえそれが、今は国内最大勢力のトップと言われる者だとしても。
「早く再び名を上げろ。……分かってんだろうな、ボス」
ため息交じりの「武の大番頭」のつぶやきが大海原にポツンと落ちた。
***
同刻、コミッショナーは誰よりも先行し、The Hole付近の海を進んでいた。妙なことに、いくら進んでも周囲の霧が一向に晴れない。不気味な静寂が漂う中、波は立たず、魚が跳ねる音もしない。まるで時間そのものが停止しているようだ。
「ハハハハハ、面白くなってきたじゃないか!」
「そう笑い飛ばすかたが船長で助かりますね」
同乗していたディナリア・バースデイが苦笑した。普段はフリーダムに居を構える修道院の修道女だ。今も白い衣服にを包み、孤児たちに無償の愛を注ぎ、その生が豊かなものになるように教育を施している。だがその真の姿は……。
「フフフ……まあ、これまで見てきた世界より、霧かかった大海原の方がはるかにマシです。あそこは暴力と略奪の生き地獄……。二度と戻りたくはありません」
幼少期、彼女は「修道院」の教師からあらゆる武器の使い方を叩きこまれて戦場に送られた。力のある者だけが自由に生きられるフリーダムとはいえ、あれほど特異な修道院はディナリアのいたところだけだっただろう。
死に物狂いでその環境を脱して以来、彼女は自分のような子供たちを生み出さないために努力を続けてきた。
――世を正したい。
その思いを胸に、彼女はコミッショナーの船に乗った。彼女のジルパワーを最も活かすにはコミッショナーの側にいるのが最善と判断したためだ。
「ほら、部下の方々もシャンとして。気つけが必要でしたら、いつでも目を覚まさせてあげますよ?」
笑いながら手を掲げた彼女の手には、いつの間にか一本のナイフが握られていた。瞬き一つ分前までは、確かに素手だったはずなのだが。
「ひっ……りょ、了解ッス!」
青い顔で霧を見回していたコミッショナーの部下、ジャックス・クロウたちが背筋を正した。さすがというべきか、彼らは彼らでひるんでいた時間はほんのわずかだ。
そんな彼らに、コミッショナーは「合格だ」と言いたげに口元を緩めた。
「妙な海域だ。なあクロウ、われらがこの海域に来てから、何日経った?」
「何日?おかしなこと言わないでくださいよ。来たばっかりじゃないッスか」
「……だよなあ」
――それが、どう考えても「妙」なのだ。
つい先ほど霧が出てきた、とコミッショナーたちは認識している。この海域に入ったのも数十秒前であり、自分たちはごく普通に航海しているだけだ。その証拠に腹は減っていないし、喉も乾いていない。眠くもならないのだから、時間が経っているはずがない。
誰もがそう感じているのに、言語化できない第六感が強烈な違和感を訴えている。
……自分たちがこの海域に身を投じたのは、本当につい先ほどなのか?
……自分たちがここを航海して、本当にまだ一日も経っていないのか?
その問いに答えることは誰もできない。濃霧のせいで昼夜も分からず、すべての感覚があいまいになっていく。
「まずいな……せめてこの霧が晴れんことには動くに動けん」
そのときだった。ゴザリ、と聞いたことのない異音が頭上をよぎった。バサバサと翼を動かす鳥とは違う。ビュオ、と強く吹く風とも違う。
ギチギチとひしめく鱗が動き、巨大な体躯で押された風が悲鳴を上げ、ぬらりとした巨大な翼が空を捻じ曲げて飛翔する音。
深い霧の中、はるか上空を巨大な影が移動していった。
「り……竜だ!あれ、大災の竜じゃないか!?」
「向こうに飛んで行ったぞ!あっちは……オルフィニア大陸のほうだ!」
濃霧の中に意識が溶けていた船員たちが我に返ったように悲鳴を上げた。
大災の竜がオルフィニア大陸の方へ飛んで行った……。それを楽観視する者はいない。滅ぼされた辺境の街ノル・ヴェイルの件が皆の脳裏をよぎる。
「し、知らせないと……!」
誰に何を知らせるのかもあいまいなまま、誰かがそうつぶやいたときだった。
「……!!」
斜め後方で殺気が爆発するのを感じ、コミッショナーは無意識に身をよじった。その瞬間、被っていた帽子のつばが切り裂かれる。
「……おお、つい先ほどぶりだな、お嬢さん」
船のへりに着地した小柄な女性を認め、コミッショナーは不敵に言った。額には冷や汗が浮かんでいたが、それでも軽口を叩いたのは彼の矜持だ。
「デートの誘いなら喜んで受けよう!まあ、順番待ちの列が遠くまで延びているがね」
「……、……オ……母、サン……」
「おやおや、迷子かね?親御さんを探しているなら手伝おうか」
「……ワ、カラナ……ボク、ハ……何……ナン……コンナ……」
ぬらりとした動きで、女性がヘリの上に立った。左目から青薔薇を咲かせた鎧の騎士、ロゼッタだ。
「……ンデ……ドコ……知ラナ……ナンナンダアアア!!」
焦点の合わない目でロゼッタはコミッショナーの姿を認め……大剣を振りかぶり、襲い掛かった。