NOVELS 小説
- 第2話以降
第51話
世界の命運を決める戦い
ついに現れた大災の竜。
はじめてその姿を見た者のみならず、数か月前に一度、その存在に立ち向かった者までも、一瞬その身をこわばらせた。
……何かが違う。
そう直感した者たちに「正解」を示すように、大災の竜は大きく息を吸い込んだ。
「な……なんだ」
最東端の地に築いた拠点の上空で、竜の姿が膨れ上がる。バキバキと鱗が音を立てて開き、激しく振り乱された太い首で風がかき乱された。
――グルァアアアアア!!
竜が人々の鼓膜を切り裂くような咆哮を上げる。不快で暴力的な雄たけびが頭上から降り注ぎ、誰もが歯を食いしばってそれに耐えた。
そんな中、グローリーの議長、ウィリアムだけは違った。
「竜の声が複数聞こえる……?」
数多の声を聞き分ける彼だからこそ気づいた。雷鳴に等しい轟音が一つではなく、重なって聞こえていることに。
「バカな……四体分!?」
ウィリアムがつぶやくと同時に、突如として竜に異変が起きた。激しく振り乱していた首が二つに、そしてそれぞれが二本に増えたのだ。
「四つ首、だと……」
胴体は一つだが、首は四つだ。それぞれに意志があることを示すように、竜はバラバラの方角に首をくねらせた。
勇気を打ち砕くため。
自由を踏みにじるため。
平和を奪い取るため。
栄光を消し去るため。
大災の竜は人類を滅ぼすため、自らの体を変容させた。
――グルァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
竜の咆哮が空気の圧と化し、人々の上に落ちる。
今日まで準備を整えてきた。希望を持ち、未来を信じ、力を合わせて、大災の竜を討つために全力で挑んできたのだ。
……そのすべてが、無駄だったのではないか。
そう思わされるほどの戦力差。
圧倒的な力を誇示し、大災の竜は再び咆哮を上げた。そして地を這う人間をその場に縫い留め、大災の竜は蹂躙を開始した。
***
……夢を見た。
自分が竜騎士団と共に、空を駆ける夢。
どの国よりも早くグリフィンを駆りたて、竜に向かっていく夢。
それはきっと、存在する未来だ。自分は、まっすぐその未来に向けて駆けていく。
「……――ハ……」
自分の吐く息の熱さでシャインは我に返った。一瞬、気を失っていたようだ。
肺が煮えそうに熱い。腕が落ちてしまったようにしびれ、感覚がない。
目の前がゆがんでよく見えない。視力自体が失われかけているのか、この環境のせいなのか。
「だ、から、……何!」
遠のきそうになる意識を無理やり引き戻し、シャインは吠えた。
今、彼女は一人、ブレイブの王城内にある工房にいた。巨大な鍋の中には、ドロドロに溶けた飴が炊かれている。グラグラと沸騰する液体は粘度が高く、大きな気泡が無数に発生していた。
バチンバチンと気泡が割れるたび、シャインの顔に熱風が吹き飛んでくる。熱風で肌が焼ける感覚だが、汗は出ない。体内に水分が足りなすぎるのだ。
「くっ……」
シャインはよろめきながら工房の隅に向かい、水をためた瓶を頭上で逆さにした。ざばりと被った水もまた、当の昔にお湯になっている。それでも何とか水分補給し、シャインは再び飴づくりに戻った。
自身のジルコンギアである魔導書。
そこに書かれたレシピ通りに作った飴にジルパワーをこめると、シャイン特製の「勇気の飴」が完成する。
今回はそこからもう一歩踏み込まなくてはいならない。
メテオランテ・エアロの隊長ミスターメテオランテが命がけでThe Holeから持ち帰ってきた「英雄のためのジルコン」を煮溶かすのだ。
本来、飴を焚く際の温度は二百度弱。
だが、ジルコン鉱石は二千度近くまで熱さなければ、固体のままだ。
その温度差を埋めるため、シャインは自身のジルパワーをこめ続ける。限界までジルパワーをこめ、注ぎ、絞り出し……ようやく一つ目の鉱石がとろりと溶けた。
溶けたジルコンが接触した途端、飴がこれまで見たこともない光を放つ。
まるで磨き上げたジルコンのように澄んだ青色から緑色、はたまた黄色や赤色にまで。
無数の輝きを有する光景はシャインが今まで見た、どんなものより美しい。
「まだ、まだぁ……!」
フッと意識が遠のきそうになり、自分の頬を打って正気に返る。
シャインの訪れを待つ大切な人たちのために、彼女は一人、孤独な戦いを続けた。
***
「くそぅ……これもダメか……!」
一方、The Holeではコミッショナーが進退窮まっていた。
過去百年前の英雄たちが命を懸けて築き上げたジルコンの障壁がどうやっても壊せない。
周囲の洞壁事態も影響を受けているのか、いかなる攻撃も通らないのだ。少数精鋭でこの場に来てしまったため、とれる作戦が少ないのもまた厄介だった。
「お頭、次はオレが!うおおお!!」
血気盛んな部下の一人が自身のジルパワーを炸裂させる。弾丸のように打ち出したジルパワーで、洞壁を砕こうと思ったのだろう。
だが、無残にもその攻撃ははじかれる。それどころか、どこかからかすかに振動が走った。
「ちょっと待った!少し様子が……!?オレサマは少し離れておくぜ……!」
危険を察したアレン・ウォードが距離を取った瞬間、風を切って何かが上から落ちてきた。
「おおおおっ!?」
トンネルのように伸びていた横穴のほか、ちょうど頭上に縦穴が開いていたようだ。何千年もの間、ひそかに育っていたツララ状の鍾乳石がコミッショナーめがけて落下する。
まずい、と思った瞬間、彼はすさまじい力で後方に飛ばされた。
仲間のジャックス・クロウだ。ピアス型のジルコンギアに触れて五分間、彼は敏捷性や五感を大きく強化させる。その力でコミッショナーの窮地を脱してくれたらしい。
「俺っちにやれる事をやるだけッス。危ないところだったッスね!」
「ああ、助かった」
頼もしい仲間たちに感謝しつつも、コミッショナーは現状に対してうなった。
(八方ふさがりか……一度帰るかぁ?)
The Holeに入ってから、いったいどれだけの時間が流れたのか、コミッショナー側からは分からない。「外」で何が起きているのかもわからないため、一度状況確認するのも手かもしれない。
コミッショナーがそう考えたときだった。
「敵?味方?他人?」
「味方寄りの他人。……一応、今はね」
ばさりと重い翼の音が響いたと同時に、二つの声が洞内に響いた。
「おお、ロゼッタ殿と……誰だ?……あと、なんだ、『それ』は」
「ボクはヴィント。こっちは教皇様」
「はあ!?」
現れたのはグリフィンに乗ったブレイブの竜騎士団長ロゼッタ。そして隣に、コミッショナーは初めて見る女性がいた。わずかに左右の眼の色が違う。
さらに、グリフィンがその爪で傷つけないよう、そっと掴んでいるのは人型の彫像だ。女性像だな、とは思ったが、まさかそれがピースフルの教皇だとは。
「ハハハハハ、待て待て待て、理解が追い付かん」
「大災の竜による全滅を、教皇様が身を挺して防いだんだ。ここに来ることが正しいかどうか分からないけど、意思あるときの教皇がそれを望んでいたからね」
ヴィントはグリフィンから彫像化した教皇を受け取った。教皇を挟み、反対側にロゼッタが立つ。
姿かたちは似ていないが、不思議と二人は対の存在に見えた。いったい、なぜ。
「ボクは母さんを竜に殺された」
ロゼッタが言った。
「大災の竜の呪いだって言われたよ。ボクは絶対、母さんの敵を討つ」
「ボクは家族を探しててね」
ヴィントが肩をすくめた。
「なんか、うちの家系は英雄の子孫だって噂はあったけど、よくわからない。でもここ、The Holeに真相を知る鍵があるって言われてたんだ。だから一度来てみたかったけど……」
これ、どういう状況?とヴィントが首をかしげた。
われにも分からんとコミッショナーが言い返したときだ。
――ゴゴゴゴ……。
かすかに洞内で地響きが起きた。細かい振動はやがて大きなうねりと化す。
慌てて周囲を見回す者たちの中、ロゼッタとヴィントだけはまっすぐに、ジルコンの壁を見つめた。
「開く」
つぶやいたのは二人のうちのどちらだったのか。
ふいに、ジルコンの壁が溶けるように消失し、その奥に続く道を皆の前に示した。