NOVELS 小説
- 第2話以降
第54話
国を超えた連携
戦場のただなかではいまだ、終わることのない死闘が繰り広げられていた。
竜の四つ首はすべて健在。一つ首と二つ首にはダメージが通ったが、それでも繰り出される攻撃は鈍らない。
――単独での攻撃をいくら繰り広げても通らない。
戦ううちに、皆そのことが分かってきた。一人一人の力は弱くとも、つなぐことでそれぞれの繰り出した手札は何倍もの効果を発揮する。
「アナタの動き、全部見えてるから!!」
「次、右に行くよ!……今よ!撃てぇぇぇぇ!!」
ジルパワーで竜の攻撃を先読みし、ブレイブのコロンとグローリーのテトラ・コスモスが叫び続けた。彼らの合図で、陸地から弓矢による攻撃が行われる。
……だが浅い。
巨大な竜が首を振って起こす風で、矢は次々と失速する。
「これじゃだめだ……」
「大丈夫。私に任せて」
絶望的な声がどこからか上がったとき、小柄な少女が進み出た。手にした扇子を掲げ、大きく竜に向かって一振りする。
「今から荒れるよ」
ピースフルのサリー・チャンピオンが扇子を振った瞬間、彼女から発生した暴風が竜の方へ吹き荒れた。天候を操る彼女のジルパワーだ。
「そう何度も使えない……!でも力が続く限り、何度でも風を起こすから!」
「その覚悟、受け取った!まだ戦える奴はオレについてこい!」
フリーダムのゲンコツが崩れかけた陣形を立て直し、再度攻撃を仕掛けた。
彼らの雄姿を見て、皆の心に再び闘志が燃え上がる。
「そうそう、できることはなんでもやってみないと!」
ピースフルのコランだ。奇術師として身を立てていた彼女は幻影を作り出すジルパワーを持つ。その力で人々を楽しませてきた自負はあるが、およそ争いとは無縁の人生を送ってきた。これからも人々の笑顔だけを見ていたかった。
「だからこそ、今は戦うときだ!」
「よく言った。オレたちも合わせるぞ!」
フリーダムのアブラカダブラ、ヴィジオン・キャスターがそれに続いた。近くにいたメテオランテ・エアロの面々が彼らを竜の三つ首へと運ぶ。
「はあああ!」
「本物はどれか?お前にわかるかな!」
「金づるがいなくなると困るんでね。時間は稼げないだろうけど一瞬だけ目を奪ってやるよ」
露悪的な物言いも、今回ばかりは許されるだろう。幻術を駆使し、彼らは竜の目をかく乱する。
「ニュイも誰かの力になりたいニャ!」
黒猫のような敏捷性で、グローリーのニュイが竜の背を駆けあがる。竜を混乱させるマジック装置がようやく開発できたのだ。
――グルッ……ゴアッ……!?
急に目の前に虚像があふれ、竜の三つ首が困惑するような声で吠える。
「ふうん、奴ら、しっかり目で相手を見ているようだね!」
それを地上で確認し、グローリーのミラ・ソレイユは集めた者たちに合図した。出身国も、育った環境もまるで違う。しかし「この可能性を信じ」、同じ力を持つ者を集めておいて正解だった。
「これが私たちの未来への道!光よ、闇を払い、希望の光をこの世界に!」
手にした注射器に光を集める彼女に、皆が続いた。
「兄のようにはいかないけど、私だってこの力で役に立てるのだから」
ピースフルのフィリアが反射板を使い、その光を竜の目に集めた。
――グァガアアアッ!
強烈な光で視界を焼かれ、竜の三つ首が声を上げる。その期を逃さず、後続が動いた。
「ここで終わりじゃない。人類の未来はまだのばせる」
ブレイブのロンギズム・ベリーロングだ。触れたものを長く伸ばせるジルパワーを振るい、彼は担いでいた梯子を竜の頭部まで伸ばし切った。その上を、三人の男女が駆けのぼる。
「皆の力となるために、落ち着いて集中…っ!」
「専門じゃないのよね〜。ヴァンパイアが居なくなったらこっちにしようかしら。あ、でも今日で終わりか……」
「オヒョ……あ、いや失礼。困難な戦いになりそうですねぇ。参りますね。いや本当」
ピースフルのヒマリ、フリーダムのスカビオサ、ピースフルのジョンだ。いずれも、つぶやく言葉はやや牧歌的だが、その行動は素早く、激しい。
視界を一時的に失った竜の目を完全につぶすため、彼らは思い思いの方法で竜の頭まで到達した。
――ガオオギャアアッ!
その戦法は竜にとって、非常に脅威だったのだろう。それまで牙をむき出しにして人間たちをかみ砕こうとしていた竜が突然、その長い尾を振り回した。厄介な連中を叩き落そうとするかのように、重い攻撃が繰り出される。
その尾が人々に迫ったときだ。
「私達の自由は、大災なんかじゃ終わらないッ!!!!」
「儂の触れている布は時に盾となり時に矛となる。大災の竜よ、千変万化の我が奥義受けてみよ!」
ブレイブのエスメラルダ・アザーディー、グローリーのマスター・リュウがジルパワーで作り出した盾を作り、その攻撃を防いだ。偶然にも彼らは双方、変幻自在な布を強靭な盾に変えるジルパワーを持っていた。
「へえ」
「むぅ……やるではないか」
この大戦がなければ、おそらく出会わなかった二人だった。
しかし今、運命がかみ合い、彼らは互いを認識した。自分以外にもこのジルパワーを持つ者がいると知り、そのセンスを目線を交わしてほめたたえ、彼らの防御はより鉄壁と化した。
「あれが大災...オヤジ見ていてくれ」
「こんなアピールチャンス、活かさない手はないねぇ!」
「ギャアギャアうるさくて睡眠の邪魔なのですぅ〜」
ピースフルのセティオとブレイブのモネ・クリーム、そしてフィロは殺傷力の高い製品を山のように背負い、竜めがけて投げつけた。
ジルパワーの通っていない武器は竜の固い鱗で防がれる。それでもその爆風が煙幕となり、火薬の匂いが竜の嗅覚を狂わせた。
「……」
「おや?大災の竜の様子が……?」
ピースフルのマキ・カガミが果敢に行動を続ける中、離れた場所から大災の竜を観察し、絵に書き起こしていたグローリーの画家ドロシー・エクスプがふとつぶやいた。
鋭い観察眼を有する彼女の眼には、はっきりとふらつく竜の姿が映っていた。最初に削り取られたのは三つ首だ。大勢の者が作り出した最大の好機。次の攻撃は――必ず通る!
「セリーナ、右に飛べ!」
フリーダムのエドワード・グレイブが叫んだ。亡き親友との思い出を胸に、旅を続けてきた男だ。意志ある者の温度変化により、彼はその思考の一端を読み取ることができる。
「竜に勝てない?そんな常識は、俺たちがぶち壊す!」
「ええ、エド。あの子もきっとそれを願ってくれるはず……!」
エドワードに合わせ、ピースフルのセリーナが右に飛んだ。狙いすましたように、彼女の脇を竜の三つ首が通過する。胴を噛み砕こうとしていた牙が空を噛み、ガキンと重い音を響かせた。
難なく攻撃をかわしたセリーナは身軽に体勢を立て直し、竜の首に飛び乗った。
「もう誰も、犠牲になんかさせない!エド!次の指示をお願い!」
突然妹を失った彼女は、その蘇生を信じて旅を続けてきた。その道中でエドワードに出会い、二人は広い世界を知った。生まれも育ちも違うからこそ、努力と誠意で縁をつないできた二人だ。今、エドワードの指示を信じて動くセリーナに迷いはない。
「そのまま駆けのぼれ!その首は今、意識が混濁している!」
「了解!」
セリーナは竜の三つ首の頭部まで駆け上がると、手にした短剣を振りかぶった。
「はあああああっ!!」
その赤い片目に目掛け、セリーナは短剣を振り下ろした。ぶよんと強い弾力が手に伝わり、一瞬手がはじかれそうになる。
「くっ、この……っ!」
……膂力が足りない。ジルパワーで強化しているのに。せっかく、ここまで竜に肉薄したのに。
不甲斐ない自らに対する激しい怒り。
そんなセレーネの想いに……人々が応えた。
***
「力を欲する声がする!」
最前線の拠点にて、ピースフルのステラが唐突に叫んだ。彼女は自身の血液を人体に無害な筋力増強剤に変えるジルパワーを有している。その力により、彼女は文字通り、命を削って薬を生み出していた。
「はーいみんな、これ飲んでマッスルマッスル~なんちて。あぁ~ちょっと血ぃ抜きすぎたかも、しんど」
その場にへたり込みながら、彼女は薬を同郷のアメに託した。変装すると、他者に存在を感知されなくなるアメがそれを受け取り、しっかりとうなずく。
「伝言は?」
「みんな頑張って~。へへ」
「了解!」
「元気みなぎるよー!どんどん食べてー!」
フリーダムのサラ・クーランドも自身のジルパワーをこめた食べ物をアメに託した。
アメは彼女たちからの預かり物を手に、ひそかに竜の三つ首を登っていた。
そして頭頂部に到達したまさにそのとき……セリーナが目の前を駆けあがってきたのだった。
「おとどけものでーす」
「うひゃっ、何!?」
今まさに己の無力を悔いていたセリーナはぎょっとした。誰もいなかったはずの目の前に、突然女性が出現したのだ。驚く彼女の口に、アメは携帯食をぽいと放り込んだ。
「んんんっ!?」
一口噛んだ瞬間、セリーナの体内に力がみなぎった。自分で自覚していないだけで、確かに眠っていた彼女自身の力が。
「こ、れ、ならぁっ!」
再度、セリーナは短剣を竜の片目につきたてた。激しい反発をものともせず、彼女は力を籠め続ける。そしてついに……。
「はああああああああああっ!!」
――グルウウウウャガアアアアアアアアアアア!!
ぶつりとした感触の後、竜の片目に短剣が埋まった。吹き出す血を浴びた手が見る見るうちに焼けただれる。竜の体液はこうも毒素をはらむものか。
「くうっ……!」
セリーナはこらえきれず、竜の首から落下した。アメもまた、激痛で暴れる竜から振り落とされる。
「きゃあああっ!」
「俺サマの本領を見せてやるぜェ!」
そこに間一髪、フリーダムのグレイ・ヴォルフガングが駆けつけた。狼の血を引く彼は素早い身のこなしで二人を回収した。海に落ちるギリギリのところで、なんとか水面に浮かぶ船に着地する。
「あっぶねェ、俺サマじゃなきゃ死んでたぜ……」
大きく息をつき、グレイは二人を拠点へ連れ戻した。
即興で組み立てられた医療テントにはセリーナたちだけではなく、大勢の負傷兵がいた。
切り傷や打撲ならまだマシだ。四肢や眼球などが欠損した者、全身が激しく損傷した者などが簡易的に敷かれた布の上でうめいている。包帯も薬も足りていない。辺りには血臭と死臭が漂い、目を覆うほどの惨状が広がっている。
「大丈夫!絶対治します!」
そんな中、医療班に割り振られた者たちが諦めることなく奮闘していた。ここが彼らの戦場だ。
「じっとしてくれないと落としちゃいますよ?!」
体重の十倍までの重さを持ち上げられることができるフリーダムのタムが次々と負傷者を運び込む。
「カヲリカオール」
ピースフルのカオヲルは竜の苦手な香りを放ちつつ、味方を癒やす香りを振りまき、治療に当たった。
「困難はチャンスの裏返し。前向きに生きよう」
ピースフルのアルバート・ジャムはジルパワーを駆使し、人々の体力回復に当たった。
「私の力が多くの命を救うことにつながるなら……!大丈夫、すぐにまた動けるようになる」
ブレイブの医療機関「カドゥケウス」を運営するエミリオ・ジュード・レーピオスは多くの医療者たちを引き連れ、昼夜を問わずに負傷者たちを治療し続けた。
「アチキを忘れていたとは何事で御座るか!?ささ、手当をするで御座るよ!」
動けない負傷者はフリーダムのピヨ子が保護し、医療テントに連れていく。
「サポートはあーしが受け持つ、存分に戦ってきな!」
「後方に下がった人達はこのブローチを着けて休んでいてくれ。徹夜で仕上げた物だから使い終わったら返してくれ。金銭的にヤバいんだ。それからそれから……」
フリーダムのティオーネ・リリアーナ、ブレイブのチャーリー・ディルクスはそれぞれのジルパワーを駆使し、味方を治して回った。
すでに戦えない者にもまた、役割がある。
「大丈夫、実戦から離脱しても教皇様にジルコンを捧げましょう」
ピースフルのサキ・ミナミノは煙幕を焚いて彼らを戦場から遠ざけつつ、その悔しい心に寄り添った。
この過酷な戦場で、傷つくのは体だけではない。圧倒的な暴力の化身を前に、心が折れてしまう者、強烈なトラウマを植え付けられ、錯乱状態になる者もいた。
そうした者たちにも、力ある者は寄り添った。
「大丈夫、話を聞きますよ」
「吐き出してしまいなさい」
ブレイブのジャン・マルス・マルディエとフリーダムのアカルシア・アルカポーネはうずくまる者に寄り添い、声をかけた。
「もう誰かが嫌な思いをするのは嫌なんだ……」
「無理に戦う必要はないのです。貴方にはこちらで支援を手伝って頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
ピースフルのシェルムとアイビアスは人々の感情を読み取る力に長けていた。一人の恐怖が周囲に伝播しないよう、彼らは負傷兵一人一人と対話し、その者にあった言葉で皆を癒やした。
「もう正体がばれても構わない!せっかく人になったのに、ウシは一人ぼっちのままで死にたくない!」
グローリーのクアリウス・C・マナライトもまた戦場を駆けた。フルネームの「ウ」と「C」を取って「ウシ」と名乗っている……と周囲に説明しているが、それが真実なのかどうかは彼のみぞ知ることだ。
その見た目はつぎはぎだらけで、暗緑色を帯びた土気色。被ったフードの奥の肌がどうなっているのかはうかがい知れない。
見た目は「異様」。
だがその中身は、真に「人」らしい喜怒哀楽に満ちていた。
「みんなを助けるんだ!……あ!あの人に癒しの力を与えてあげて!その人には腕力の強化を!」
人の心を読み解く力に長けているウシは戦士たちの声にならない声を聞き、走り続けた。
彼らの戦いもまた、世界の命運を決める天秤を傾ける。希望のある方向へ。