NOVELS 小説
- 第2話以降
第26話
明るみに出た野望
大災の竜に滅ぼされた街ノル・ヴェイルにて明かされた真実……。
地下に眠る巨大なジルコン鉱脈を前に、連合調査団の面々は言葉を失った。
露天掘りが可能なほどの量だ。天然のジルコンが鍾乳洞のあちこちから「生え」、地上から差し込む光を受けてぎらぎらと輝いている。
……ただ、それだけならばよかった。
ジルコンは世界の発展には欠かせない。新たに見つかった地下資源を適切に運用すれば、人々の生活はさらに豊かになるだろう。
厄介なのは、ノル・ヴェイルを所有するのが統治者のいない自由の国フリーダムだったこと。そして見つかったジルコン鉱脈にはすでに、誰かが手を付けた痕跡が見られたことだ。
地上からは巧妙に隠されていたが、ブレイブの誇る「到達」の四天獅リーチと、ジルコンの質を見極める能力にたけたトップアーケイニスト、オーガストが調べたところ、洞に降りる出入口が見つかった。洞内のあちこちは落盤防止のために補強され、採掘したジルコンを運び出すためのトロッコ用のレールも敷かれている。誰かが意図的にこの街のジルコン鉱脈を隠蔽し、かつ採掘を行っていたのは明らかだ。
「……われは知らん、何も知らん、関係ない、責任もない。……と言ったら、何割通る?」
自らが誇る高性能なガレオン船を使い、急遽現場に駆け付けたコミッショナーはうめいた。いついかなるときも不遜さと強気さが売りだと自負しているが、こうなるとさすがに平常心は保てない。
隣で腕を組んでいたブレイブの四天獅、リーチがちらりとコミッショナーを見た。
「通していいなら十割飲むぞ。……が、その際は所有者なしとして、この島の管理権をめぐり、ブレイブも手を挙げさせてもらうがッ」
「させるか。ここはフリーダムの領内。越権行為だぞ」
「権利を主張するなら、義務も果たすのが筋だろうッ?」
「ぐぬぅ」
大量のジルコンが国内にあることを隠蔽し、世界の経済市場を混乱させたとなれば、フリーダムは世界中から非難される。だが、だからと言って、この街のことは自分たちに関係ないと言ってしまえば、他国の介入を許すことにもなりかねない。
現在、コミッショナーの陣営は自他ともに認めるフリーダムの第一勢力だ。ここで存在感を示せなかった場合、第二、第三の勢力がコミッショナーをつぶしに来ることも容易に想像ができる。
(ああ、くそっ、面倒なことだ……!)
頭をフル回転させ、国内外をすべて黙らせる策を考える。
時間にしたら、呼吸五回分程度。
その中でコミッショナーはあらゆる策を考え……、
(ここの領主に全責任を押し付けるか!!)
至極明快な答えを導きだした。もともと事実も「そう」なのだから、あえて嘘をつく必要もない。
「ノル・ヴェイルの領主は確か、ガメ・ツーイとかゴウ・ヨークとか言ったか。そいつが一人ですべて企んだのだろうな」
ゴウ・ヨークです、と脇に控えていた有能な秘書が口添えをした。うむうむとうなずき、コミッショナーは堂々と話を続けた。
「国内で起きた不始末は国内で解決するとも。そちらはわれに任せ、到達殿とトップアーケイニスト殿はしばし休んでいてくれたまえ」
「ほう?」
「すぐに二番備えの船が着く。そちらにわれらの誇る『大槌』が乗っている。合流したら、当初の目的通り、共同武器開発の方を行っていただいて結構」
「それはないだろう。こっちは全く『結構』ではないぞッ」
お、と思った瞬間、身構える暇もなくコミッショナーの首に冷たい金属が触れた。リーチの持つ大鎌だ。ジルパワーはこめていないが、彼のジルコンギアはそれ単体で、十分武器になりうる。
(まあ、こうなるか)
分かっていて挑発した部分もある。リーチがブレイブの名代という立場を背負い、どこまでやるのかを確かめておくことで、この先採るべき行動も変わってくるためだ。
(ブレイブのために生きているような男だ。……まあ、命を捧げているのが国なのか、女王なのかは知らんが)
フリーダムの領内で、第一勢力のコミッショナーにためらいもなく武器を向けるとはそういうことだ。敵陣のただなかでも自国の利益を優先させる気概がある。味方にいればこの上なく心強いが、敵にすると厄介だ。
陸の上で正面切って戦っては勝ち目がない。コミッショナーは早々に両手を顔の高さまで上げ、降参の意を示した。
「ハハハハハ、蛮勇はわれらの専売特許。気高き勇気の到達殿が手を染める必要はないだろう?」
「必要とあれば、手を汚す覚悟はとうにできているが?……ま、ともに調査させてもらえるのならば鎌から手を離し、握手するがなッ」
「オウケイ、それで行こう。おおい、ティトーはどこだ?」
「あいよ」
軽妙な会話でその場が収まる。コミッショナーが同行者の名を呼ぶと、大量に積まれたがれきの奥で、「影」が動いた。
「うひゃあ!」
少し離れたところにいたオーガストが素っ頓狂な悲鳴を上げる。突然、影だけが動き出したように見えたのだろう。
それもまた、うなずける。現れたのは真っ黒なフードを目深にかぶり、黒いサングラスをした瘦躯の男だった。肌は透けるように白いが、どこか病的な雰囲気すら感じさせる。生まれつきの美白ではなく、太陽に当たらない生活をしているがゆえの肌色だ。
夜に生き、夜を知る、夜の賢者。フクロウを思わせる男だった。
男は足音もなくコミッショナーのそばまで歩いてくると、リーチやオーガストに心持ち頭を下げた。
「ティトーという。以後お見知りおきを」
「あ、ああ。……コミッショナー、彼は?」
「この街で起きたことすべてを知る賢者さ。では行こうか」
コミッショナーは三人を促し、歩き出した。この島で最も目立つ家屋……辺境の街に建っているとは思えないほどの大豪邸へと。
***
ノル・ヴェイルで最も見晴らしの良い場所に、巨大ながれきの山があった。見るも無残なありさまだが、元は豪華絢爛だったことがうかがえる。柱の一本一本には緻密な装飾が施され、溶けた鉄で焼け焦げた絨毯の切れ端もまた、複雑な刺しゅうの跡が見て取れる。
領主ゴウ・ヨークの屋敷だ。突如現れた大災の竜により、完膚なきまでに破壊されたが。
「ハハハハハ、豪華な墓標だ。われなら死したあとは帆布に包み、あとくされなく水葬でいいがね」
「同感だッ」
コミッショナーとリーチが同時にため息をつく。
明らかに分不相応な大豪邸。屋敷の主がここで何をしていたのか、いやでも推察できてしまう。
「ここのジルコンを売りまくって、稼ぎに稼いでいたようだな。われやディーバスロードの目をかいくぐって、よくもまあ。……素晴らしい。完敗だ。やるではないか」
「おい」
「ハハハハハ、死者を叱っても、成長してはくれんからな。やりたい放題にやって死んだのならば、残った者は褒めてやらねば。それに、ここが『墓標』になったおかげで、われらは何が起きたのかを知ることができる」
「……というと?」
「ティトー、頼むぞ」
「あいよ」
降り注ぐ日差しを避けるように、よりフードを目深にかぶりなおし、ティトーは懐から一冊の本を取り出した。リーチの主、シャインの持つ魔導書に似ているが、どこか違う。ティトーの持つ本の表紙がぐにゃりと変化する。
「ティトーは埋葬された死者の一生を『読む』ことができる。あの本に、死者の伝記が刻まれるのだ」
「なんとッ」
「野ざらしになった躯の記憶は読めんが、棺と化した屋敷に眠る死者の歴史なら、彼は余さず読み解いてみせる。まあ、書かれた文字は彼の脳内に流れ込むようで、われらが直接読むことはできんがな。ティトーの語りを聞こうじゃないか」
「見事ッ。ティトー殿は墓守なのだな」
コミッショナーの言わんとしたことを、リーチが素早く察してうなる。感心したような、憧れのような……素直な賞賛に近い声で。
「過去、散っていった仲間の最期の声を聞けたら、と願うことが何度もあった。此度の戦いが終わったら、ティトー殿をぜひ我が国に招待したいものだッ」
「それは交渉次第だ。好きにしてくれたまえ」
二人のやり取りを気にすることなく、ティトーは「伝記」を開いた。最初は黙読し……やがてサングラスの奥で目を見開く。
「何か分かったかね、ティトー」
「……ああ、ここではとんでもないことが行われていたようだ」
ティトーは伝記に目を走らせ、やがてぽつぽつと読み聞かせ始めた。
「彼、ゴウ・ヨークはこの街の管理を祖父から譲り受けた。何もない辺鄙な街。交通の便は悪く、都市部は遠く、潮風に吹かれ、流れ着く海藻を採るだけの島。……だが彼は真実を知った」
「地下のジルコン鉱脈か」
「ああ、彼の父は欲深い男だった。利用価値がないと思ったゆえに相続を断っただけで、広大な鉱脈が眠っていると分かれば、必ず自分の権利を主張してくる。渡せば、ゴウが相続する前に、ジルコンはすべて売り払われ、父が豪遊して終わるだろう。だが相続権を放棄しなければ、必ず殺される。ゴウは迷い……結果、最も確実な方法を選んだ」
「父殺しか。まあ、フリーダムではよく聞く話だ」
「ゴウの父は強欲だった。だが彼はもっと強欲だった。父を亡き者とし、富を独占し、なおも彼は満たされなかった」
ティトーの語りはまるで吟遊詩人のように、独特のリズムを持っていた。淡々としつつ、情緒があり、奥深い。強欲な男の欲深い人生を語りつつ、彼の声は慈愛に満ちている。
ティトーは愛しているのだろう。墓守として、死者すべてを。
「ゴウは地下鉱脈を独占し、秘密裏に財を蓄えた。また採掘したジルコンを部下に分け与え、覚醒者を増やして独自の軍隊を作ろうと試みた」
「覚醒者を増やす、だと?」
「最もジルパワーに目覚めるかどうかは本人のセンスと強靭な意思力に左右される。ゴウ・ヨークの配下で覚醒した者は一握りであり、かつ彼らは大災の竜の襲撃でほとんど息絶えたようだ」
「なるほど」
途中でついえた野望ではあるが、すべてが成功していたら、と思うとぞっとする。
巨大な地下鉱脈はこの世界で「力」の象徴だ。財力があれば、ゴウ・ヨークに与するジルコンギア保持者も現れるだろう。そうして作り上げたゴウの勢力は自由の国フリーダムを大混乱に陥れたに違いない。
「大災の竜が現れなければ、ゴウの目論見は実現していたかもしれない。彼の思い描く未来はこうだ。コミッショナーやディーバスロードに交渉を持ちかけ、配下に収まらないようならば、膨大な財を使ってかき集めた戦艦や武器で駆逐する。国内の反抗勢力を一掃したあとは、他の三国だ。勇気を踏みにじり、栄光を奪い、平和を破り、ゴウのみが自由にふるまう国を創造する。……世界統一だ」
「なんと愚かな……ッ」
「竜の脅威にさらされている最中に考えることじゃあないな」
コミッショナーも苦笑している。自分はゴウ・ヨークごときにつぶされる存在ではない、と高をくくっているわけではないだろう。ジルコンギアを持つことで人生を変えた彼だからこそ、その威力は身に染みている。
「だが、その野望は皮肉にも、大災の竜により終わりを迎えた。ならば、われらはこの先のことを考えるべきだな」
「というとッ?」
「大災の竜がこの街を襲ったのが『大量のジルコン』があったから、という証言に真実味が増したということさ。ジルコンをこのまま放置しておけば、再び襲撃の危険がある」
「むぅ……」
「あの……ちょっといいですか?」
そのとき、会話に第三者の声が割り込んだ。ずっとおとなしく話を聞いていたオーガストだ。
リーチやコミッショナーの視線を一身に浴び、恐縮しながらも彼は口を開いた。
「その危険は少ないと思います。……いいことか、悪いことかは分からないですが」
「オーガスト、どういうことだッ」
「ここの地下鉱脈は抜け殻ですよ。すべてがカッスカスでボッソボソです」
「……はあ?」
予想もしない一言に、リーチたちは唖然とした。
オーガストは何かをころころと口の中で転がし、残念そうに深いため息をついた。
「これほど巨大な鉱脈ならば、どれほど芳醇な味がするのだろうと楽しみにしていましたが……。言葉にするなら、『薄い塩水で割った、薄い砂糖水』。もしくは『脱穀した麦の汁を十回ろ過したあとの濁り水』。はぁ……最悪」
「すまんッ。もっとわかりやすく言ってくれ」
「本来石が内包しているはずのジルパワーが枯れている、とでも言いましょうか。見た目の美しさは通常のジルコンと同じですし、粉末にすれば、問題なく光と熱を放つことでしょう。ですが」
「ジルコンギアには変貌しない、ということかッ?」
「おそらく」
「なぜ、そんなことが……」
呆然とつぶやいたが、誰もリーチの問いに応える者はいなかった。誰もかれも、初めて遭遇する事態だったのだから当然だ。
「……まあ、ここで頭を悩ませていてもどうにもなるまい」
やがてコミッショナーが大きく肩をすくめた。激動の中で生き抜いてきたためか、彼は人一倍気持ちを切り替えるのがうまい。
「要は、この街の地下鉱脈を放置していても、竜が再び襲いに来ることはないということだろう?ならば放置だ放置。燃えたり光ったり金になったりするだけならば、市場にいくら出回ろうと問題ない」
「……む」
「わが親愛なる強欲殿なら、この噂を聞きつけるが否や、ここに押し掛けるだろう。それで採るだけ採って、ばんばん売って、私腹を肥やしてくださるさ」
「それは、いいのかッ?」
「かまわんかまわん。向こうが武器を揃えたら、われが少々命の危機に陥るくらいだ。それくらい派手なほうが人生は楽しい」
「まあ、貴殿がそう言うなら異論はないが」
リーチはあきれて肩をすくめた。
口ではこう言っているが、コミッショナーの口調にはどこか信頼の響きが感じ取れる。広大なジルコン鉱脈を任せても世界転覆を企んだりはしない人物に心当たりがあるのだろう。
「トップアーケイニスト殿には当初の目的通り、こちらの『大槌』の到着を待って武器開発を行っていただきたい。われはこの足で行くべきところができた」
「行くべきところ?」
「むろん『大穴』だ」
「…………ッ」
「フリーダムに開いたHoleを探索し、ある程度知識は蓄えた。ならば次はThe Holeの番だろう?」
「正気か!?あそこには竜が……」
「それはちょうど、きみら優秀な空の部隊が引きつけているじゃないか。せっかく留守なら、お邪魔しない手はないだろう」
「貴殿、まさか最初からそのつもりで……ッ」
リーチの目が純粋な怒りをたぎらせる。
コミッショナーの考えが間違っているとは思っていない。同盟を結んでいるのだから、目的は同じだ。ロゼッタやミスターメテオランテたちが命を懸け、竜の弱点を探っている間、主のいなくなった竜の素を調べるのは正しい行動だ。
……ゆえにこれは、単なる私情に過ぎない。
お前たちは捨て駒だと言わんばかりのコミッショナーの態度がリーチの神経を逆なでする。
しばらく拳をきつく握り、激情に耐え……やがてリーチは踵を返した。
「……The Holeに向かうなら早々に発つことだッ。俺らの誇る空の部隊は一切の迷いがない。竜を見つけた瞬間、その喉元に食いつくぞッ」
「ハハハハハ、承知だ。命があれば、また会おう」
コミッショナーは悠々とした足取りでその場を立ち去った。
沸き起こる苦い想いを振り払い、リーチもまた自らするべきことを成すために行動を開始した。