KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

47

竜の弱点

竜の弱点

竜を討つため、各国はあらゆる対策を講じた。

ピースフルの修道院図書館には連日、大勢の修道士が詰めかけ、修道院長プレアの指示で書物を紐解いていた。

膨大な量の書物から、大災の竜を討つ手がかりを探すためだ。本当に残っているのか、見つかるかもわからない中、彼らはそれでも山のような書物を一つ一つ読み解いていた。

「アステル、これはどうだ!?」

図書館に作られた一室に、プレアが巨大な巻物を持ち込んだ。今にも崩れそうな書物に囲まれていたアステルが顔を上げる。

「どれだ」

「……あ、ああ」

その形相を見たプレアが一瞬、言葉に詰まる。アステルの目の下には黒いクマが張り付き、ほほはげっそりとこけていた。神秘的な艶を持つ銀色の髪は色あせて白髪のように首に張り付き、生きているのが不思議なほどだ。

それでいて、アステルの目だけは日を追うごとに輝きを増していく。死期を悟った獣のように、らんらんと。

全てを知ってもなお、プレアは止めることができない。戦う力を持たない自分たちにとって、命を懸けるべきは「今」なのだから。

「修道院図書館の地下書庫の五区に眠っていた巻物だ。『竜の左手の爪が黒く染まるとき、そこから未知の毒が噴出される』とある」

「占おう」

アステルは書物を広げ、該当箇所の上でコインをはじいた。これまで、教皇の意を知るために駆使してきた「二者択一の占い」だ。ジルパワーをこめてはじいたコインは裏……真っ黒に塗りつぶされた面を示した。

「……間違いだ。その記載は大災の竜の性質を示してはいない」

「ならばこちらはどうだ。『竜は明け方、地平線が緑色に光る瞬間、意識を失う』と」

「……それも違う。過去にその事象が起きたとしても、原因は他にある……ゴホッ」

ふいにアステルが咳き込んだ。バッと口から鮮血が散り、とっさに口元を覆った袖口を赤く染める。ゼイゼイと肩で息をし、彼は何度も苦しそうに呼吸を乱した。机に爪を立てる指先が震えている。今にも呼吸が止まりそうな様子からは、今、アステルが生きている方が奇跡に近いように思えた。

(くっ……彼だけに、これほどの負担を強いるとは……!)

プレアは歯噛みしながら、己の無力を呪った。

頼むぞ、とは言われていた。アステルの兄に。

研究職に就く彼は今、この場にはいない。いち早く図書館から見つけ出した古文書を調べるため、地方にある地下研究所にこもっている。

アステルの兄のような頭脳があれば……もしくはアステルのような類まれな能力があれば。

いや、それを言うなら、騎士団の面々のような武力があれば……自分はもっと役に立てたはずだ。

だが、その後悔は意味がない。プレアに宿ったジルパワーは「教皇の元に矢のように駆けつける」もの……。それが必要になる瞬間までは、こうして命を削り続けて戦う者をただ見続けるしかない。

今、修道士たちが見つけた書物の情報が正しいのかどうかは、アステルの「二者択一の占い」で鑑定するしかないのだから。

「頼むぞ、アステル。教皇猊下のためにも……!」

「ええ」

苦痛に歪む顔を、それでも笑みの形にし、アステルはうなずいた。

今、ピースフルの新英雄ヴィントはブレイブの竜騎士団長ロゼッタとともに、海の上だ。ジルコンの彫像と化した教皇を連れ、The Holeを目指している。

(ああなってしまった猊下をお連れする意味があるかどうかはわからん……)

意識を保っていたころの教皇がThe Holeへ行くことを希望しただけだ。彫像になった教皇を連れて行ったところで、状況が好転するかどうかは分からない。

ただ、アステルの占いは「事態は好転する」と結論付けた。プレアたちも、彫像化した教皇をただ神殿に安置しておくことはできなかった。動かない教皇を拝むことは、彼女を冒とくしているように思えたためだ。

「祈るしかない。……おれたちは、自分にできることを」

プレアは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

そして山のように抱えていた書物からもう一冊、比較的新しい書物を取り出した。アステルの限界が近いことは十分わかった上で、それでも。

「……次だ。『竜は、ジルコンを糧とする。しかし、その糧は毒にもなる』……この記述の出典は不明だ。古き民、フリーダムに住む灯台守の間で語り継がれる逸話を聞いた旅人が記した書という、夢物語のような一節だが……」

「――当たりだ」

「何!?」

占いのコインをはじいたアステルもプレアも、大きく目を見開いた。

まさか望み薄だと思っていた書物に正解が記されていようとは。

「それだ。それこそが、我々の求めていた答えだ」

「……至急、ブレイブに伝えるぞ!この知らせはきっと反撃の一打になる!」

「あ、ぁ……僕たちの世界に、平和を……」

アステルの言葉が途中でかき消えた。役割を終えて気が抜けたのか、意識を手放したのだろう。一瞬ひやりとしたものの、か細くも彼が呼吸していることを確かめ、プレアは部屋を出た。アステルの救護は修道士に任せ、自分はジルコニア通信装置のある建物に向かった。

***

……「その工房」は王城の一角にあった。

山城と水城、両方の機能を兼ね備えた城内……ブレイブの女王が住まう屋敷のすぐわきに、ぽつんと建っている。女王専用の建物だが、華美な装飾は一切ない。城下町の路地裏にあってもおかしくないほど、地味な作りだ。

内装もまた、武骨としか言いようがない。

巨大な鍋と、巨大な炉。鍋は鎖によって天井から釣り上げられており、壁際のハンドルを回すことで昇降と移動が可能になっている。移動先には巨大な冷却板が配置され、その先には細長い管が設置されていた。

道具が多いのは、この工房にこもる者が少ないことを意味している。

たった一人ですべての工程を行うために、非力を補う設備を整え、複数の作業を並行して行う道具をそろえた……。そんな場所だ。

「じゃあ、あとのことはよろしくね」

工房の戸口に手をかけ、シャインは背後を振り返った。

ずらりと並ぶ見知った面々を安心させるように、あえて明るく笑ってみせる。

「ヴィヒター、呼び出しに応じてくれてありがとう。頼りにしてるよ」

「貴方様の頼みとあらば、どこへでも赴く準備は出来ております」

深々と一人の男が礼をした。

彼、ヴィヒターはジルコン鉱山を守る砦の騎士だ。ジルコンを狙う夜盗や獰猛な獣から鉱山を守るため、ずっと辺境地の砦にとどまってきた。

シャインがまだ一介の冒険者だったころに生まれた縁だ。心から信頼できる戦士が必要な今、シャインは彼を招集した。そして彼もまた、最大限の信頼をシャインに返すため、はせ参じてくれたのだった。

「いつもと持ち場が変わっただけ。吾輩があの悪を断じてみせます」

「うん、信じてる……アストゥラも」

続いて、シャインはその隣に立つ女性に目を向けた。派手な色のレンズの奥で、彼女がどんな顔をしているのかは分からない。

遠い昔、恋人をなくした悲しみを抱き続けているのだと以前、聞いたことがある。その悲しみを乗り越えることなく、断ち切ることなく、彼女は寄り添い続けることを選んだ。はるか高みにある灯台守をしながら、彼女は今日、この日までずっとブレイブの空を守ってきた。

「無理を言って、呼び出しちゃってごめんね。あなたの力が必要なんだ」

「平気。呼んでくれてありがとう」

静かにアストゥラは微笑んだ。張りのない小さな声だが、不思議と誰の耳にも届く。まるで、風に乗って届く恋人のささやき声のように。

「見ていてくれミリス。この手で竜を打ち滅ぼし、君の仇という最大級の花火を咲かせて魅せるからね……」

アストゥラは祈るように、口内でつぶやいた。その言葉は風になった恋人に向けたものだ。シャインたちは誰も答えない。

「ヴァイオレット……うちのわがままを聞いてくれてありがと」

続けて、シャインは少し離れたところに控えている侍女に言った。申し訳なさが顔中に出ている苦笑を見て、文句を言える者はいないだろう。ずっと侍女としてシャインに寄り添ってきたヴァイオレットもまた、精一杯の笑みを浮かべて首を振るしかなかった。

「私はシャイン様の御心に従いますわ。炭焼き家の次女として……いえ、アナタの侍女として、『例のもの』はすべて用意しておきました」

工房脇には木炭が山のように積み上げられていた。長い時間をかけてじっくり炭化させた、最高級の木炭だ。大きさをそろえることで、燃やしたときの火力が均一に伝わる。シャインが飴を作るときはいつだって、ヴァイオレットが炭を用意してきた。

「姉への劣等感から実家を飛び出した私を拾い、第二の人生を与えてくれたシャイン様……私はここで生まれ変わったのです」

「だったらよかった!」

「私は他の方々と共に戦場に参りますが、必ず生きて戻ってきます。シャイン様もどうか、ご生還くださいませ」

「頑張るよ」

必ず帰る、と断言はできない。その真意を正確に読み取り、ヴァイオレットはうつむき、必死で涙をこらえた。彼女の胸の痛みを感じつつも、シャインは他の者たちに視線を移した。あまり長く話していては、別れがつらくなってしまう。

「リリア、四天獅になって早々、大役を任せちゃうけどよろしくね」

「とんでもありませんわ、陛下」

シャインに対し、側面の髪の毛を何本もの細い三つ編みにしたうえで、ポニーテールにした女性が微笑んだ。

つい先日、四天獅決定大会が行われ、ずっと空席だった最後の一人が決まったのだ。名はリリア・アーベル。王立美術館のキュレーターだ。

四天獅になる前のリリアとシャインは、個人的に付き合いがあった。館長のオーガストとともに、彼女はシャインがいつ美術館に行っても優しく迎えてくれた。自身のジルコンギア、「時映しの結晶」にキスすることで少し先の未来を結晶に映し出しながら。

……ずっと、戦闘とは無縁の女性だと思っていた。目覚めたジルパワーも美術品の保存方法や展示方法をチェックするために活用しているのだと。

そんな彼女が四天獅決定大会に出たことも、並み居る武芸の達人たちと互角の戦いを繰り広げたことも驚いた。彼女のギアには未来視の他に、他者のジルコンギアを映すことで「過去の偉人の力を自分に憑依させる」力を持っていた。

「これもまた時代でしょう。平時であれば、使う必要のなかった能力……でも今は、過去の偉人たちが私に力を貸してくれる」

「うん」

「美術館に眠るギアの中には陛下のご友人も多くいましたね。彼らの力、すべてこの結晶に写し取ってきました。今一度、彼らの力をお借りします」

「きっとみんな、喜んで協力してくれるはず」

「はい、ありがたく胸をお借りします」

穏やかに笑うリリアに、シャインも微笑み返した。

……リリアは今、未来視の力を使わない。その結晶に映せば、この先シャインがどうなるかは分かるだろうに。

必ずシャインが目的を果たせると信じている……と断言できればよいだろうが、おそらく違う。その逆の可能性も大いにあると思ってしまうがゆえの行為だ。

だからこそリリアはシャインの未来を見ない。そして、だからこそシャインは未来に希望を持ち、立ち向かうことができる。

「リーチ、レオ、クナラ……あなたたちは陣頭指揮をお願いね」

「任せておけッ!」

リーチを筆頭に、他の四天獅たちがうなずく。彼ら三人は元々、戦いの専門家だ。

此度の戦いは四大国合同。気心の知れた間柄とはとても呼べず、ときには衝突することもあるだろう。

何もかもが初めてのことで、うまくいく保証もない。しかしそれでも、失敗すれば世界が滅ぶのだ。

(みんなならきっと大丈夫)

この場にいない者も含め、皆の想いは一つだ。

そう信じ、シャインは皆を送り出す。

「ミスター、あなたが命を懸けて持ち帰ってくれた『モノ』はうちが必ず活かします」

最後、シャインは脇に控えたミスターメテオランテを見た。信頼するメテオランテ・エアロの精鋭を失いながらも、彼はThe Holeから生還した。洞内に眠っていた複数のジルコン結晶を手に入れて。

「百年前の英雄たちが残した力……きっと未来につなげてみせる」

「レディならできるさ。オレはお前が出てくるのをここで待ってる」

「うん。必ず完成させて、うちも前線に駆け付けます。リーチたち、それまで誰も死なないでね!」

「おう、造作もないことだッ」

シャインの激励を受け、戦士たちは戦場へと旅立った。頼もしい背中を見つめ、シャインはグッと拳を握り締める。

「……じゃあ、何かあったら知らせてね。それまでは、うちが出てくるまで、開けちゃダメだよ」

「…………」

工房の戸を開け、シャインは背後に言った。宮廷道化師のミルムが笑顔でうなずき、深く頭を下げた。彼女とミスターメテオランテに後を託し、シャインは工房に姿を消した。