KONAMI

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ジルコン年代記

56

極大魔法砲台ヒヤシンス

極大魔法砲台ヒヤシンス

最東端の地にてジルパワーに目覚めた覚醒者たちが大災の竜を相手に死闘を繰り広げているとき……栄光の国グローリーでは大きな動きがあった。

肉眼で、戦の最前線は見えない。竜の眼力も咆哮も、溶鉄のブレスも届かない。辺りを見回せば、そこは一年前と変わらず、整った街並みが広がっている。

石畳はきれいに整備され、街灯も等間隔に立っていた。店頭の品ぞろえは悪いが、飢えた人々が徘徊するほどではない。

……だが、静かだ。ぞっとするほど。

人々は固く家の戸を閉め、一つの部屋で身を寄せ合っていた。

彼らは知っている。この平穏はある時、一瞬で消え去る可能性があるのだと。

最前線で戦う者たちの気力が尽きたとき。最後の一人が竜の前に倒れたとき。

竜はオルフィニア大陸の内部に向けて進撃する。ジルコンを狙うと言われる竜が最初に目指すのはおそらくこのグローリーだ。豊かなジルコン鉱脈によって栄えた国は、ジルコンが原因で滅ぼされる……。

人々はその恐怖におびえつつ、来る殺戮に対して覚悟を決めようと努力した。

きっと怖い。きっと痛い。だが死ぬときはきっと一瞬だから、と。

だがそうした悲観的な空気を吹き飛ばさなと、奔走する者がいた。

「ハッハッハ!みんな、その威勢やよし!」

グローリーのナラク・ヒメノだ。王立ジルコニア学園の敷地内にて、彼は目の前にいる生徒たちに向かい、笑顔を向けた。

これまで彼は薬師の家系に生まれ、ジルコニア学園にてジルパワーの操作に関する授業を受け持ってきた。ジルパワーは類まれなセンスと、強靭な意思の力によって発言する。覚醒者それぞれが胸に抱く強い想いを体現し、奇跡を呼び起こすのだ、と。

彼の熱い指導は生徒たちのやる気を刺激し、何人もの生徒が彼の元でジルパワーに目覚めたものだ。

そんな生徒が今、ナラクのもとに集った。自分たちも大災の竜を倒すために協力したい、という意思は頼もしい。だが、争いの最前線に連れて行ってくれ、という頼みは聞けない。

生徒の中には、ジルパワーに目覚めたばかりの者も多い。戦い方を知らない者が前線に立てば自分の命を危険にさらすどころか、今、死闘を繰り広げている戦士たちの足を引っ張ることにもなりかねない。

(彼らの戦場は「ここ」だ)

それを理解させることこそ、教師であるナラクの務めだ。

「未来を自分の手でつかみ取ろうという思いは正しい。ただし、怒りや傲りに支配されるな。こんな状況を楽しむんだ」

「ですが、楽しむなんてとても……!

「大丈夫、何とかなるって!僕がついているんだから」

決死の覚悟を浮かべる者たちを励まし、ナラクは彼らを率いて、ある場所を目指した。

いくつもの尖塔が屹立する学園内の、最も高い塔の上……学園長室にて、学園長<レアクタ>グリード・ゲート・フェルディナがナラクたちを迎えた。

「よく来ましたね。あなたたちの勇気ある行動に感謝します」

「レアクタ、僕たちは例の場所に向かえばいいのですね」

「ええ、すでに準備は整っています。すぐに参りましょう」

眼鏡の奥で涼しげな目がきらりと輝く。常に沈着冷静で私情に流されないと評判の学園長だが、教師たちは知っている。彼女が誰よりも教育熱心で、生徒の身を案じていることを。

今、学園長室にあるジルコニア通信装置からは絶えず通信が聞こえていた。

『……にて、竜の四つ首へ攻撃開始!……一撃目、無効!二撃目、三撃目……成功!成功です!攻撃、通りました!』

『補給経路、分断!竜の尾により、地面に深い亀裂が!』

『新たに戦死者一名、離脱者五名!個人識別札にて二名は名前が判明。他は損傷が激しく、判別できません』

『応戦中!応戦中!至急増援願います!』

喧噪と雑音が混ざっていて聞こえづらいが、遠く離れた戦場で戦う戦士たちの声だ。いくつもの中継地点を通り、戦場の声がここ、ジルコニア学園に届いている。

彼らのために今、自分たちの出来ることを。

グローリーにて、彼らは行動を開始した。

***

グローリー郊外に数名の男女が集まっていた。

そばには巨大な砲台がそびえたっている。車輪がついているものの、あまりの重量と大きさにより、人の手では持ち運ぶことができない。以前、発掘されて以来、ずっと使用方法が不明のままだったが、つい数年前、ようやくその一部が明らかになったのだ。

――極大魔法砲台ヒヤシンス。

グローリー国民から一心に愛を受ける「ブタちゃん」が大量のジルパワーを受けた際に発光しつつ歌い踊ることにより、その砲台は起動する。

きらめく魔法陣が展開され、極大魔法砲弾がうち放たれる様はまるで美しく咲き乱れるヒヤシンス。その姿から「ヒヤシンス」と命名されたこの砲台は今、ぼんやりと、ただ虚空に向いていた。

「クソッ、退屈とはこのことだ」

ジャカジャカと愛用の楽器をかき鳴らしながら、ピーカブーは苦々しくうめいた。そばにはふかふかの布団を敷き詰めた馬車の中、何頭ものブタちゃんが集められている。のんびりとリラックスした様子でピーカブーの音楽に合わせ、ぷいぷいと体をゆすって踊っているさまはとてもかわいいが、この状況ではブタちゃんを愛でる心境には至らない。

「我々の出番はこないのかもしれませんね」

そばで、グローリーのトートが言った。決して悲観的ではなく、ただ事実を述べただけにも見えるが、違う。穏やかさの中に、確かなもどかしさが見え隠れしている。

この場に集結した数名の男女は皆、同じ表情だ。彼らに課せられた役割が、そうさせているのだろう。

極大魔法砲台ヒヤシンスを起動するには、大勢の覚醒者が必要になる。ピーカブーのジルパワーは「演奏している間、ブタちゃんを愛する者のジルパワーを増幅させる」もの。ブタちゃん愛好家たちの増大したジルパワーを受け、ブタちゃんたちが踊り、歌うことで「ヒヤシンス」にジルパワーの弾が装填。砲弾が撃ち放たれる……という仕組みだ。

ヒヤシンスの威力はすさまじく、射出された弾は迷宮ごとミノタウロスを消滅させ、さらには国内に現れた未確認の魔物たちをも一掃してみせた。

だが、そんな絶大な威力を誇るヒヤシンスも、最終決戦には使えない。あまりにも巨大で重すぎるため、砲台をこの場から動かせないためだ。

ヒヤシンスの元に集ったピーカブーたちの役目は「手遅れ」のあとに来る。最前線で戦うジルパワーの覚醒者たちが全員殺され、最終防衛ラインを突破した竜が四大国の領空に現れたとき、ヒヤシンスで迎撃するのだ。

民を守るためには重要な役目だ。

しかしこれで竜が倒せたとしても、仲間たちは戻らない。世界のために命を懸けた者たちが死んだ後、ここに残った数名の覚醒者は長い余生を過ごすのだ。

それを承知したうえで、ピーカブーたちはヒヤシンスの元に残った。最前線で戦う者たちの叫びも、攻撃の音も……断末魔も聞こえない土地に。

「……出番なんて来ないほうがよほどいい」

トートがそう繰り返した。自分自身に言い聞かせるように

「最前線のみんなが一人も欠けず、あっさり竜を倒し切って、みんなで戻ってきてくれたら、どんなにいいか……」

「ハッ、その通りだ。だがまあ、そんな奇跡はおきんだろうよ」

「……はい。だからこそボクたちはこのヒヤシンスを死守し、最後の守りを固めるしかないんですよね。戦う力はなくても……目の前の何かを守るくらい、ボクにだって出来るんだ!」

「ああ、そうさ。仮に竜がここまで到達したとしても、そんときゃ絶対ボロボロだ」

友人のユーゴが言った。

「最前線のヤツらがきっと致命傷を負わせてるさ。フラフラのトカゲの腹に、コイツででかい大穴をあけてやりゃいい」

「ユーゴ……」

「それで全部終わりさ。人生、生き残ってなんぼだろ?平和になった世界で、青春を謳歌しようぜ」

言い切ってはいるが、顔は少しも楽しそうではない。

ユーゴもトートもまだ若い。多くの屍の上に築かれた平和な世界で、自分たちが楽しく笑う自信はないのだろう。

(……ま、それは俺様も同じだが)

ピーカブーが苦々しくそう思ったとき、ふいに大勢の足音が近づいてきた。