NOVELS 小説
- 第2話以降
第50話
仲間のために
たった今ひらめいた考えが果たして正解なのかどうか、リーチは悩んだ。だがその反応を素早く見とがめられる。
「どうしましたか、『到達』の四天獅っ」
オリシスの呼びかけで、リーチはハッと我に返った。自分の考えがあっているのかどうかを確かめるため、この場にいた「武の大番頭」に視線を向ける。その意を問うように首を傾げた大番頭だったが……次の瞬間、大きく息を呑んだ。
「アギュウスか……!」
「そうだろうッ!あれならなんとかなるのではないかッ!?」
「と、突然どうしたのです、二人ともっ!?」
困惑しているオリシスの反応で、リーチは自分のミスに気付いた。
(そうだ、うかつだった……ッ!)
……「このこと」を知っているのはブレイブとフリーダムだけだ。
数か月前、竜と遭遇する中で判明したものの、その後は各国、再戦に向けた準備に追われていたのだ。あえて隠ぺいしたわけではなく、緊急事態だったため、報告できていなかった。
「コミッショナーがフリーダム領海のHoleで手に入れたレリックがあるんだッ!竜にジルパワーを吸われて錯乱していたロゼッタはそれを撃たれて正気に返った。あの銃は弾丸に込めたジルパワーを他者に撃ち込めるッ」
「なんと!?」
「アギュウスはコミッショナーが戻ってくるまで、我々が保有している。大至急、ピースフルに届けさせようッ。……クナラッ!」
リーチは同じ四天獅の座につく男を呼んだ。駆けてきたクナラに説明すると、彼は即座にうなずいた。
「そいつは重要任務だ。行ってきます!」
「頼んだぞッ。……ただ、ブレイブの者が一人で向かったとしてもアルフェラ殿の元までたどり着けるかどうか……」
「そこは当然、こちらで案内しますっ」
「その旅、俺も同行させてもらうぜ!」
オリシスがうなずいたとき、新たな声が響き渡った。
聞き覚えのある声に、ウィリアムがぎょっとして目を見開く。
「ヘンリー!?あなたがなぜ」
ウィリアムの幼馴染ヘンリーだ。離れた場所の声を聞くウィリアムと対をなし、ヘンリーは離れた場所の光景を「視」る。此度、彼は幼馴染のウィリアムと命運を共にするべく、この最東端の地に集結していたはずだった。
「ずっと考えてた。俺の戦場は果たしてここなのかってな!」
「どういう意味です!?」
「ヒヤシンスだ。照準はこっちに向けてるが、それだけじゃ撃てねえだろ」
グローリーの所有する極大魔法砲台ヒヤシンスは現時点で、大陸最大の火力を誇る。これまでミノタウロスを筆頭に、人の手には負えない魔物を行くたびも葬り去ってきた。
その威力は大災の竜にも通用するはずだ。……だが。
「ジルコニア通信装置で撃つタイミングは伝えられても、正確な竜の位置まではわからねえ。向こうの連中には『こっちが全滅して、竜が大陸に向かっちまったら目視で撃て』と伝えてるだけだ」
「それは、そうですが……」
「だが本当にそうなのか?ここが全滅するまでヒヤシンスは撃てねえのか?いいや、撃つ術はあるはずだ!」
ヘンリーは吠えた。
「誰かが砲台の前で、正確にここの状況を『視』て指示すりゃできる。……そうだろう?」
「…………」
「俺なら可能だ。ずっと分かってた……ここでお前と一緒に大暴れするのが面白そうで、なかなか決断できなかったがな」
「そう、ですね」
一呼吸の間に、ウィリアムは判断した。確かにヘンリーの言う通りだ。ここで自分たちが力を合わせれば多くのことが成し遂げられるだろうが、離れた方がより効果的なのは間違いない。
(それに気づけないほど、不安だったらしいな、僕は)
無意識に、幼馴染と離れずにすむという前提の中でしか作戦を立てられていなかった。
大きく息を吐き、ウィリアムは腹を決めた。
「ヒヤシンスは任せます。決定的な状況が来たら、竜から距離を取るよう、僕が皆に指示を出します」
「おう、俺にお前の死体を『視』せんなよ」
ガツ、と拳を合わせ、ヘンリーは駆け出して行った。そのわきから、別の声が割り込んだ。
「時間が物言うんだろ?それなら陸路より、あーしの船で海を進んだ方が速い。特別に、送り届けてやるよ」
「ディーバスロードッ!」
フリーダムの第二勢力「セイレーン」の頭、ディーバスロードだ。竜を討つため参戦していたが、常に彼女は自分のためにしか動かないと豪語してきた。そんな彼女が他者のために船を出すとは。
「勘違いするんじゃないよ。あーしは窮屈なのが何より嫌いなんだ!」
ディーバスロードはギラリとリーチたちをにらみつけた。
「こんな祭りに参加しないで死にかけてるヤツがいる、なんて聞かされちゃ楽しめないだろ。速攻で連中を送り届けたら、速攻で戻ってくる。それまで決着つけるんじゃないよ!」
「それはどうだろうな」
早く倒せるなら、それに越したことはないのだが、とリーチは苦笑した。それでも、分かりにくいディーバスロードの厚意はありがたい。
「任せたぞッ、ディーバスロード。平和が訪れたら、ぜひ一度、我が国の誇るメテオランテ・ヒュドロと手合わせしていただきたいッ」
「ああん?」
「海の部隊として、フリーダムの名高い『セイレーン』と正々堂々、勝負してみたいとヒュドロの面々が燃えていてな。バチバチの真剣勝負がしたいらしいッ」
「はっ、泣きべそかかせてやるよ」
にたりと笑い、ディーバスロードは去っていた。
その背を見送り、オリシスが深く頭を下げた。ピースフルの危機に、他三国がここまで力を貸してくれるとは思わなかったのだろう。
「感謝します、皆さまっ。このご恩はいつか必ずっ!」
「お互い様だッ。戦場では逆に助けられる場面も多いだろうッ」
「ええ、これより先、一々礼は不要です」
グローリーの議長ウィリアムも言った。皆が最善を尽くすだけだ。
決戦のときは迫っている。
***
「残すんだ、すべてを!」
最東端に築かれた拠点には即興の集落が作られていた。誰もが皆、一日二日でこの戦いが終わるとは思っていない。
戦い続ける戦士たちの栄養補給のため、傷ついた戦士たちの治療のため、疲れ果てた戦士たちの休息のため……人が生命を維持するために必要な要素を供給するため、危険を冒して最前線にとどまることを選んだ者たちがいた。
幾重の布陣は築いているが、空を飛ぶ竜にどれだけ通用するかは分からない。竜の知性が高く、人々の補給経路を絶つため、真っ先に拠点を襲う可能性もある。それでも彼らは己の信念に従い、集った。
「命を懸けて戦った人たちがいることを残さないと!人は簡単に忘れるから……そうなれば、想いが断ち切られてしまうから」
Shiroは拳を握り締めた。ブレイブ、フリーダム、ピースフル、グローリー……すべてを旅してきた者だ。これからも旅するつもりだ。この世界のだれもが夢を抱き、そのための一歩を踏み出す日を願い、人々の生活を見守ってきた。
普遍的な暮らしが今後も続くことを願い、Shiroは最前線に駆け付けた。そして、「記録」できる者を探し出し、集めた。
「ジルコンランド建設までは終わらせない!!」
「それ、いつも言ってますけど何?」
拠点内の小さな陣幕に集った者たちがくすりと笑った。Shiroの語る夢はどこか不思議で、どこか楽しい。
「この世界の希望です!大変なんですよ、予算確保しないといけないし、事業計画出さないといけないし、上の人たちを納得させないといけないし」
ぐぐぐ、とShiroは拳を握り締める。
「事情を知らない人が何人も同じこと質問してくるし!あっちは一回聞いただけじゃんって感覚でしょうけど、こっちは聞かれるたびに同じことを何回、何十回、何百回と説明して……!まあ、やりますけど!ジルコンランドのためなら、全然やりますけど!」
「苦労が絶えないね。……ま、やれることをするっていうのは同感」
周囲の者たちがくすくすと笑った。
「私には戦う力はない、でも彼らの闘志に満ちた姿を記録する事はできる」
フリーダムのソニアが言った。
「残しましょう。すべてを」
「これまで旅して集めた情報はすべて、各陣営に共有したぞ。俺にできる事はここまでだ、どうかこの情報が一筋の光とならん事を」
その幼馴染リックもうなずいた。彼らの行動に、あちこちで賛同の声が上がる。
「もうこれ以上墓場は必要ない。この戦いが鎮まることを祈り、筆を取ろう」
ピースフルの画家ゲル・ニカが言ったとき、ピースフルのジャーナリスト、ダフネ・カスタードが飛び込んできた。
「んもう、いくら時間があっても足りないわ!紙でも何でも早く持ってきて!今日という日を後世に伝えずして、何がジャーナリズムよ!」
早々に拠点内を駆けまわっていたのだろう。びっしりと書き込まれた巻物をその場に積み重ね、新たな白紙を手にして、再び外に飛び出していく。
「みんな、これで自分の身を護ってちょうだい!大丈夫。いつものように、なるようになるわよ」
専務がこの場にいる全員に「魔法使いになれる」ジルパワーを使った。漠然とした能力だが、その分使い方は千差万別。それぞれが危機に瀕したとき、その力はもっとも適した形で発動するだろう。
「僕たちも行こう。戦場に!」
駆けだすShiroを追い、皆もその場を後にした。ペンや絵筆など、己の武器を握り締めて。
***
そして……ついに「そのとき」が来た。
「来た」
ふいに風が変わったことに、まず歴戦の猛者たちが気付いた。殺意と悪意を含んだ風が肌にまとわりつき、脅威と絶望を乗せた波が岸に激しく打ち寄せる。
一斉に、水平線の向こうを凝視した者たちは見た、どす黒い体躯をくねらせ、大災の竜が飛んでくるのを――。