NOVELS 小説
- 第2話以降
第9話
迫りくる脅威
……「ソレ」は恐怖を限界まで詰め込んだ泡が爆発したときのようだった。
はじまりは数か月前。
大災の竜が百年の沈黙を破って出現し、The Hole近くの小国を滅ぼした。そして時を同じくして、各国に保管されていた「予言の石板」が不吉な予言を刻んだ。
――A.D.1647'秋、世界の滅亡。
その事実に対し、四大国はそれぞれの選択を迫られた。
大災の竜により、自国も蹂躙されるかもしれない恐怖。その結果、世界が滅ぶかもしれない恐怖。そして……もしかしたら、すべてはただの杞憂に終わり、何も起きないかもしれないという願望。
人々のあらゆる感情が少しずつ国内に蓄積し、重く膨張していく。
A.D.1643'夏、それがついにはじけたのだった。そして恐怖は一瞬で飛び散り、各国を覆い尽くした。
***
「ミスター、状況を教えて!」
勇気の国ブレイブにて、女王ブレイブ・シャインは声を張り上げた。王城を囲む兵の上……歩廊には今、補佐役の「到達」の四天獅、リーチ・ド・パンクスを含め、主要な家臣たちが集まっている。
空を飛んできたメテオランテ・エアロの隊長ミスターメテオランテは乗っていたホバーボードから飛び降りた。ゆっくり着地する時間すら惜しい状況だ。
「話半分で聞いてくれよ。正直、自分の目で見たものが信じられねえ」
「野ウサギを猛獣だとして話した場合も不問にするわ。猛獣を野ウサギだと伝えられるよりよほどいい!」
誰でも未知の脅威は実態よりも大きく見えるものだ。迫りくる敵の力を過少に報告されるくらいなら、多少「盛って」報告される方がありがたい。しっかり備えた結果、被害が出ないのならばそれが一番よいのだから。
即答したシャインにうなずき、ミスターメテオランテは呼吸を整えた。これまでずっと悠然としていた男が息を乱すような事態なのだ。
「王都近郊に落ちた隕石により、大地にでかい穴が空いた。底は見えんし、小石を落としてみても跳ねる音すら聞こえねえ。うっかり落ちた者の生存は絶望的だ」
「The Holeが新たにできたということかッ!」
リーチの問いに、ミスターメテオランテは慎重に答えた。
「分からん。メテオランテ・エアロの飛行能力でもThe Holeまで行って帰ってくるのは無理なんでね。かの大穴を見たことはないから、比較はできんさ。……だが」
「だが?」
「オレの主観になるが、だいぶ小さい、とは思う。『Hole』とでも言おうか」
「Hole……」
思わず考え込んだシャインに、ミスターメテオランテは形容しがたい顔をした。こちらを気遣うような、案じるような、探るような視線だ。キツイ報告がまだ残っているのだ、とシャインにも分かる。
「大丈夫。続けて」
深呼吸し、シャインはミスターメテオランテを促した。ほっとしたように、彼が小さく息をつく。
「この小隕石はうちだけじゃねえ。四大国全部に落ちた。同じようにHoleが開き、同じように……」
「怪物が出てきた」
ミスターメテオランテの言葉を引き継ぎ、シャインはうめいた。
そう、怪物だ。あり得ないと言いたいが、事実なのだからどうしようもない。
自由の国フリーダムにはダイオウイカの触手を持つ巨大な鮫「シャークイッド」が臨海に出現し、かの国の経済の要、臨港市場街に移動を開始したと聞く。
平和の国ピースフルではHole付近の墓地にて死者が目覚め、教皇のいる神殿に向けて移動しているらしい。
そして栄光の国グローリーでは牛頭人胴の怪物ミノタウロスの群れが穴から這い出し、王立ブタちゃん研究所を目指して進撃を始めたそうだ。
いずれも、この百年の間、一度も確認されなかった異形だ。各国の中心にいる者たちは決断を迫られ、恐怖と混乱の中でもそれぞれ、採るべき行動を選択している。
「うちらも、引くわけにはいきませんわ」
共に戦ってきた仲間たちを見回し、シャインは毅然と顔を上げた。勇気の国を統べる「女王」の顔で。
「このブレイブを襲うには、敵も不安だったようですわね。生半可な戦力では太刀打ちできないと見て、こんなはた迷惑な行動に出たのですもの」
「ああ、その通りだッ!」
シャインの強がりには気づいただろうが、リーチはお構いなしに笑い飛ばした。
「大鷲の翼を持つ獅子とはおもしろいッ!これが伝説にて語られてきたグリフィンというヤツか!」
「しかも大群だ。笑えるほどのな」
この情報をもたらしたミスターメテオランテが苦笑する。
「グリフィンの群れは一直線にここを目指してる。兵士たちが地上から矢を射てるが、射落とすのは厳しいな。敵の飛行速度が速すぎる」
「やってやろうじゃねえか。そのための備えだッ!」
リーチの闘志は揺るがない。ジルコンギアの大鎌「マリーゴールド」を背負い、高らかに猛る。味方を鼓舞し、勢いづかせたいと願ったリーチの想いを受け、彼の大鎌は追い風を生み出す力を得た。彼のギアとシャインの飴があれば、兵たちは恐怖に負けることなく、どこまでも進軍するだろう。
「もともと大災の竜に備えて築いた城だろう、ここはッ!他国による敵襲より、空からの強襲を警戒した造りになってる。すべての歩廊に兵士を配備できるし、弓矢も大砲もそろってる!」
「リーチ」
「誰が四天獅<クアドリオン>の名を冠してると思ってる!?たかだか一対の翼を備えた獅子くらい、軽くひねってみせるぜッ!」
「そうだね。でもあなたはまだ失えない。この国にも、うちにも」
「おっと……そんな殺し文句、いつ覚えた?」
珍しくうろたえたリーチに、ドッと全員が笑う。
皆の顔を見回すと、シャインも腹が決まった。ぐるりと皆を見回し、自分の考えを声に乗せる。
「これは前代未聞の一大事……この方法が絶対安全だという保証もありませんわ。それでも、今はこれしか思いつく方法がないの。みんな、うちに命を預けてくださる?」
「おうッ!」
「元よりそのつもりさ」
リーチとミスターメテオランテに続き、他の家臣たちも迷うことなくうなずいた。
「では、やりましょう!グリフィンを相手にするために、まずは――……」