KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

4

難題

難題

A.D.1643'夏

季節は飛ぶように過ぎた。

穏やかな春の風は徐々に狂乱の熱気をはらみ、不穏な気配を色濃く伝える。植物は熱さに負けてうなだれ、今までは澄んだ水をたたえていた河川の幅も日に日に細くなっていった。

熱い風が渦を巻くように、地上から空に吹きあがる某日、シャインは城下に作られた兵舎を訪れた。これまで国防を担っていた軍ではなく、新たに創立された竜騎士団の兵舎だ。石造りの細長い建物は兵士たちが寝泊まりする宿舎であり、その背後に広々とした訓練場が作られている。

「ミスター、いるかしら」

威勢の良い掛け声の響く訓練場に、シャインは足を向けた。

すぐさまミスターメテオランテが気付き、長い脚で悠々と歩いてくる。

「これはこれはレディ……いや、今は女王陛下か」

「どっちでも」

シャインはくすりと笑いながら応じた。

お忍びで城下町に降りているとき、シャインは女王として皆を指揮しているときの重圧から解放される。平民だったころに戻り、親しげに町民と言葉を交わし、民と同じものをほおばるのだ。

ミスターメテオランテやリーチはどちらの顔も知っている。立場によって接し方を少しだけ変えてくれる彼らのおかげで、シャインも程よく息抜きができていた。

それでいうと、兵舎を訪れている今のシャインは女王「ブレイブ・シャイン」だ。それにもかかわらずいまいち女王然とした表情が作れないのは、この現状のせいだろう。あれほど意気込んで竜騎士団の結成を宣言したというのに、まさか第一歩目でつまづくとは。

「いつになったらここ、埋まるのかな……」

急ごしらえではあるが、立派な兵舎を作ったつもりだ。常時、数百の兵が駐在でき、非常時には万を超える民を避難させられる用意もある。

だというのに今、竜騎士団の兵舎はがらんとしていた。

訓練場に出ているのは騎士たちではなく、ミスターメテオランテが指揮するメテオランテ・エアロだ。

勇気の国ブレイブにて、「浮遊」するジルコンギアを持つ者で組織された空の部隊。ミスターメテオランテのように空を飛ぶホバーボードに乗る者もあれば、翼を模したギアを操る者、はるか上空までジャンプできる靴状のギアを履く者もいる。

彼らの機動力は勇気の国ブレイブで貴重だ。平時は手紙や荷物の宅配を請け負っているが、有事となれば彼らは優秀な伝達役になり、空を飛び回る。

だからこそ彼らに頼み、空から竜騎士団が乗る動物を探してもらっているのだが……。

「やっぱりまだ見つからない?」

不安そうに見上げると、同じようにばつの悪そうな顔をするミスターメテオランテと目が合った。

「難しいわなあ。人が乗れる温厚な動物は山ほどいるが、竜が現れた場合、使い物にならんし」

「だよね……。動物がおびえたら、乗ってる騎士たちが危険だもの」

メテオランテ・エアロだけでなく、「百錬」の四天獅、レオ・ブラックスミスも今は動物探しの任についている。あちこちを放浪してきた経験を活かして情報を集めてもらっているが、今のところ有益な知らせはないままだ。

「人間を喜んで乗せてくれるほど友好的だけど、竜に対しては勇猛果敢に向かっていく生き物……そんなの、本当にいるのかなあ」

思わずため息がこぼれた。その弱気を見透かしたか、ミスターメテオランテがことさら力強く言った。

「どっかにゃいるさ!ただまあ、王都周辺は探し尽くしたからな。報告した通り、明日からひと月、ジルコン鉱山の方に行ってくる」

「うん。……気を付けて」

ジルコン鉱山は勇気の国ブレイブの端にある。巨大な山がそびえているのではなく、国を囲むように山脈が広がっているのだ。人の足なら行くだけでひと月以上かかるが、メテオランテ・エアロならば獣の捜索と往復の旅路を合わせ、ひと月でこなすことができるだろう。

(相当、無茶をしてもらうことになるけど)

ミスターメテオランテはその無茶をしようとしている。ならば自分も、できる限りのことをしなくては。

「ミスター、竜騎士団の足になる動物の捜索は任せたよ。竜騎士はうちのほうで探しておくから」

「ああ……といっても『到達』の四天獅殿は乗らないんだろう?あいつはもっと大局を見ないといけないもんな」

「うん」

ここは勇気の国ブレイブだ。竜に立ち向かおうという気概を持つ者はたくさんいる。

だが実力が伴う者となると、難しい。シャインの知る限り、大鎌のジルコンギアで追い風を生み出す「到達」の四天獅……リーチ・ド・パンクスくらいだ。

「なんとか……なんとか探すよ。絶対どこかにいるはずだから」

「ああ。でも、あんまり思い詰めるなよ。一人で全部を担う必要はねえさ。大勢で挑んで、最終的に誰かが倒せりゃいい」

「うん。……うち、ちょっと美術館に行ってくるね」

突然そう言ったシャインをミスターメテオランテは引き留めようとはしなかった。気を付けろよ、と言われ、シャインはうなずき、駆けだした。