NOVELS 小説
- 第2話以降
第33話
連合軍会議は続く
「…………」
時を同じくして、連合軍の集う軍幕内でシャインはひそかに息を呑んだ。
(今、ミスターの声が……)
――挑んでやるぜ!
そんな声が聞こえた気がする。
気のせいかもしれない。生存を願うあまり、ありもしない幻聴を聞いてしまったのかも。
(ううん、うちが信じないでどうするの)
ミスターメテオランテはきっと生きている。ロゼッタも、他の皆も。
自分はそれを信じ、彼らを、そして世界を救うために尽力するだけだ。
グッと拳に力を籠め、シャインは再び「女王」としての顔で周囲を見回した。
「うちらブレイブはピースフルの皆様をThe Holeに送り届けるための護衛をしつつ、魔の海域で仲間を探す……。ここまではよろしいかしら?」
「異論ありません」
グローリーの議長ウィリアムがうなずいた。周囲を見回し、わずかに気まずそうに眉をひそめる。
「こうして聞いていると、ピースフルとブレイブの両国に負担を強いているのが心苦しくありますが……」
「とんでもない。議長さんのジルパワーは得難い戦力ですわ。その力で、各国をつなぐ架け橋になってくださいな」
「むろんそのつもりです。加えて、こちらを」
ウィリアムは遠く離れた土地で行われている会話を聞き取れる。確かにこうした作戦の中継役として、これほどの適任はないだろう。「情報伝達」がグローリーに託された役割なのであれば、それを補強する策もある。
ウィリアムの合図で部下が円卓に十数個の物体を置いた。
百合の花を思わせる部品と複数のボタンを持つ装置だ。
「ジルコニア通信装置です。大量のジルパワーをこめることで、離れた場所にいる者との通信が可能になります」
「なんですって!?」
ざわりと軍幕内がざわめいた。
これまで、どの国も情報伝達には苦心していた。有事の際には伝令役を走らせるしかなく、その身になにかがあれば、伝令は届かない。時間がかかる上に危険も多い、不確かな方法だ。
その問題が一瞬で解決するとは……。
画期的を通り越して、脅威ですらある。
「とはいえ、通信距離は無限ではなく、起動の際もジルパワー保有者が必要です。連続して使用すれば、逆に大災の竜に対抗できる戦力を削ってしまうことになるかも」
「ならばその役、私たちが担いましょう」
フリーダムの「知の大番頭」が手を上げた。
「コミッショナー陣営の一員として動いてはおりますが、元々私はフリーダムの商人を束ねております。戦闘はできないが、ジルパワーは多く保有している……そういった者も多く所属しておりますから」
「素晴らしいわ、大番頭さん。……でも甘えてしまって、よいのかしら。おそらく、とてもジルパワーを使ってもらうになるわ」
「何、我々は商人です。善意での奉仕を求めれば反発しますが、まっとうな謝礼を払えば納得します。それに連合軍の許可を得たうえで各国に行けるのですから、商才がある者ほど、そこに商機を見出すでしょう。自らの利益のために、手を上げる者は多いですよ」
知の大番頭は円卓を見回し、にこりと笑った。
「此度の有事は世界全てを巻き込むもの……商売相手がいなければ、我々だけが生き残っても仕方ありません。生産され続ける武器の中で圧死するのはごめんですから」
「コミッショナーはこの件、どうお考えなのですか?」
場の空気が和む中、ウィリアムが冷静に尋ねた。四大国が集う中、当たり前のようにこの連合軍会合を欠席している男……。ウィリアムは静かにその者の資質を問いただす。
「そもそも欠席の理由をお聞きしても?体調不良か何かでしょうか?」
「いえ……体調は万全ですね。すこぶる」
各国の首脳が集まる中で自国のトップが体調不良だと認めてしまえば、それは大きな弱みになる。外交を熟知しているがゆえに大番頭もそう言わざるを得ないが、これはこれで問題発言だ。「ならばなぜ」を説明しなければならなくなる。
「コミッショナーは、その……そう、先発隊です!」
「先発隊?」
「ええ、自ら最も危険な任に名乗りを上げました。単身、The Holeに向かい、大災の竜の動向を把握しようとしています。集めた情報は逐一、私の元に送られてくる手はずとなっておりますので……」
「おや、フリーダムも独自に通信装置を開発していたのですか?」
「いえ……あー、我々の間には独自の通信手段がありますので」
「独自の?」
「コミッショナーのジルパワーは『偏光』です。自身に近づく光を操作し、空に向かって打ち上げることもできる。あらかじめ決めておいた手順で、彼は暗号化した光の信号を送り、我々に情報を送ってくる手はずとなっております」
一見落ち着き払ってはいるが、知の大番頭がこの上なく苦し紛れの説明をしていることは誰もが理解しただろう。
それでも今、この場で彼女の言葉を「嘘だ」と断言することはできない。やると言ったことをやれなかったときにはじめて、各国は改めてコミッショナーの行動について問題視できる。
その他、具体的な作戦や役割分担、配置を確認し、連合軍会合は解散した。
「次はジルコニア通信装置で連絡を取り合えそうですね」
誰かがホッとした声でそう言ったのが聞こえた。おそらく、この場にいる誰もがそう思ったことだろう。これまでは離れた場所にいる者と会話をするなど夢のまた夢だった。ゆえに一堂に会する必要があったが、ジルコニア通信装置の開発により、その問題が解消されたのだ。
(ジルコンってすごい)
自分たちは十分、その鉱石の恩恵を受けていたが、きっとまだまだ、分かっていないことが多いだろう。
――ジルコンを調べれば、これから先の人類史は更なる発展を遂げるに違いない。
その予感はシャインの胸を熱くさせ……同時に、骨の髄まで凍らせた。
ジルコンが万能だと分かれば分かるほど、言い知れない不気味さが付きまとう。
人知を超えた力を手にした自分たちに待ち受ける未来はいったいどんなものなのだろう……。