KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

新英雄の覚醒

新英雄の覚醒

「……、――っ……!!」

誰かが遠くで叫んでいた。

うるさいなあとぼんやり考え、眠りにつこうとする。

「……、――ぃ……っ、……しっ……ろ……!!」

だが声は止まらない。眠くて眠くてたまらないのに、眠らせてくれない。

母なら子守唄を歌ってくれるのに。よく干した布団をかけ、隣で眠ってくれるのに。

「しっかりするんだ、ユー! 傷は浅いぞ!!」

そんなわけないだろ、とため息をつきながら、いやいやヴィントは目を開けた。大勢の見知らぬ面々の中に、ひときわ目を引く人物を見つけ、ヴィントは顔をしかめた。……もしかして自分はすでに死んだのだろうか」

「……だれ」

「んんんっ、ミーはピヨ太という! ここはグローリーの船。突然、ユーが落ちてきたのだよ!」

「なに、それ」

甲板に倒れているヴィントを見下ろし、男が言う。七色の髪色と地味なスーツの組み合わせが、まるで悪夢の住人のようだ。ピヨ太、という聞き慣れない名も相まって、まったく現実感がない。

(でも、いたい)

顔面の右半分が燃えるように痛かった。視界も、真っ黒に塗りつぶされている。

どうやら夢ではないらしい。

「みんなは、ぶじ?」

「んんんっ、誰を指しての『皆』なのかどうかはわからんが……少なくともミーたちは無事だ。そしてユーも」

「……ピースフルの人たち」

「ふむ……今のところ、彼らの船も沈んでないぞ。ブレイブとフリーダムの船が大暴れしているため、そちらに気を取られているようだな」

「おおあばれ……」

「『到達』の四天獅と、武の大番頭だな。ユーの活躍で彼らも奮起したのだろうよ」

「ボクは、活躍してない」

「そう謙遜するもんじゃないさ。……今すぐ、ピースフルの本隊に送り届けよう。確かそちらに、万能の治癒力を誇る騎士団長がいただろう? その者にかかれば、ユーの傷などたちどころに治るとも」

「オリシス」

確か、そんな名前だったはずだとヴィントは記憶を探った。ピースフルで会ったことはあるはずだが、あまりしっかり覚えていない。英雄騎士団や鞭打ちマッスル騎士団を率いる武勇を誇りつつも、医療に特化したジルパワーを持つ女性だったはずだが。

……万能とはきっと、彼女のような者を言う。

新英雄の名も、もしかしたら彼女にこそふさわしいものだったのかも。

「……戦線離脱、か」

このまま先発隊を離れ、一人だけ安全な本隊に合流させられると聞き、泣きたくなった。

むろん、理性では分かっている。視力を半分なくしたケガ人など、この場にいても戦力にはならない。むしろ足手まといと言っていい。

「……ダメダメだなあ」

心臓が顔に移動したように、顔の半分がどくんどくんと脈打っている。そして燃えるように熱い。

右目が見えない。もしかしたら潰れてしまったのかもしれない。

そう考えたとき、ヴィントの胸に真っ先に浮かぶのは「再会したとき、母の顔が見えづらくなった」という思いだ。ここはまだ戦場で、大災の竜の脅威は依然としてこの場にあるというのに。

ここには多くの者がいて、誰もが命の危機にさらされているというのに。

(ダメだなあ)

この期に及んでもなお、自分の願いはただ「家族に会いたい」の想いだけだ。こんな想いのまま、戦場に来たから、こんなことになっている。

「おいおいおい、ひらめいたんだが!」

そのとき、どこかで新たな声がした。操舵を他者に任せ、気取った身なりの男が駆けてくる。

「これだけ各国の連中が集っているなら、どこかに『物体をジルコン鉱石に変える』なんてジルパワーの持ち主もいるんじゃないか?」

「んんんっ、ショーメイカーよ。それは今、するべき話か!?」

「いつだって、私はしたい話をするのさ。まあ聞け、ピヨ太。物質をジルコンに変える者がいたとするだろう? その者にまず竜をジルコンに変えてもらう! そして私がそのジルコンを金貨に変える! そしてその金で市場を活性化させる。私も儲かる。万々歳では!?」

「んんん、詳しく!」

突然、ピヨ太が興味を示した。呆気に取られているのはヴィント一人だ。グローリーの船に乗った他の乗組員たちは皆、呆れ顔で大きなため息をついている。

「なんでこの二人を先発隊にしたんだ、議長は……」

「一応あれだろ。ピヨ太さんは戦力あるし、ショーメイカーは大型船を操縦できるし」

「でもなあ……」

「これじゃなあ……」

やれやれ、と肩を落とす乗組員たちにも構わず、ピヨ太はショーメイカーと熱のある議論を繰り広げていた。「金融市場が活性化すれば、新通貨ハジメクスの発行も夢ではないのでは?」「むろん可能だ。利率を今から決めておかなければ」「証券発行も視野に入れよう」「投資家たちに話を通さねば」とべらべらと話し込んでいる。

(なに、このひとたち)

今がどういう状況なのか、分かっているのだろうか。

ブレイブとフリーダムの両船が戦っているとはいえ、すぐそばには人類の敵、大災の竜がいる。いつその攻撃がこちらに向いてもおかしくないのだ。

何気ない尾の一振りで。

何気なく振り回した腕の一撃で。

そんな雑な攻撃一つで、この船はあえなく沈むのに。

「今、その話、必要?」

「むろんさっ、お嬢さん!」

「ときと場所を選ぶ会話じゃないんだよ、これは!」

即座に両側から抗議の声が飛んできた。ピヨ太たちは目をキラキラと輝かせながら、こぶしを握って熱弁してくる。

「これはミーの夢さ! 大陸に新通貨を流通させる……ミーの顔が彫られたコインを誰もが手にし、好物を買い、愛する者に贈り物を買う……。すばらしいとは思わないか!?」

「えっと……」

「生活に新たな彩を! 人生に豊かな色彩を! その思いが高じて、ミーはこのジルパワーを手に入れた!」

左耳のカフスがきらりと光った次の瞬間、ピヨ太の毛髪がビカビカと光り始めた。黄、赤、緑、青……波打つ色の洪水に、ヴィントは無事な左目だけを丸くした。

「なに、それ」

「光るのは髪だけじゃないぞ。ミーは常に新たな色を生み出す! この輝きはきっと竜にも有効だ。……とう!!」

ピヨ太が勢い良く手を突き出すと同時に、離れた場所で戦っていた大災の竜が突然、大きくのけぞった。

――ギャアオオオオオン!!

一瞬、強烈な光が彼の双眸付近ではじけたのだ。あたかもそれは、雷が直撃したかのように。

視界を焼かれ、竜は勢いよくのたうち回る。まさに今、溶鉄のブレスを浴びせようとしていたピースフルの船は無事だったが、代わりに巨大な尾が振り回され、生まれた風でぐわんぐわんと高波が立つ。

「何してんだ、グローリーの!」

「もっとよく狙えぇえ!!」

余波を受けて転覆しかけたフリーダムの船から荒くれ者たちが罵声を飛ぶ。

「ソーリー、ソーリー! だがまあ、結果的に良し!」

「……むちゃくちゃじゃん」

ヴィントはぽかんとし……ふいに小さくせき込んだ。じわじわと胸の奥に生まれたさざ波のような疼きは徐々に強さを増し、やがて大きなうねりになる。

「は……はははっ、何、キミ! めちゃくちゃすぎるよ!」

「今のは不可抗力だ! ミーとしてはもっと、かっちょよく助けようとしたのだがね」

「しかもそのジルパワー、何! でたらめ過ぎない!? 覚醒した理由が新通貨発行って意味わからないし」

「んんんっ、よく言われる……」

気まずげなピヨ太を見ていると、再び笑いがこみあげてきた。

「そっか」

笑って笑って……右目の激痛に苦しみながらも笑って、ようやくヴィントはつぶやいた。

不思議と胸の内が晴れている。妙にすがすがしい気分だ。

「それで、いいんだ」

ジルパワーが覚醒するきっかけなど、そんなもので。

誰に理解されなくてもいい。

自分が何より大切に想う、自分だけの意思を貫き通したいと思えれば、きっとそれがきっかけなのだ。

「ボク、家族に会いたいんだ」

「ほう、いいじゃないか!」

ピヨ太が即答する。

笑わないんだな、とヴィントは苦笑した。

「でもずっと、心の中で思ってた。『迎えに来てほしい』って。ピースフルの新英雄になって、たくさん武勲を立てたら、どこかでその噂を聞いた母さんが会いに来てくれるんじゃないかって。……でも、そうじゃなかった。それじゃ何も変わらなかった」

「ヴィント」

「待つんじゃなくて、会いに行かなきゃ。ボクが、行くんだ。母さんのところに、ボクが!」

……その瞬間だった。

突然、胸元でまばゆい光がほとばしった。

「おおおおっ!」

驚いたピヨ太が目を見開く。

ヴィントの首にかかっていたのは小さいが、唯一無二のジルコンの結晶。現存する結晶の中でも、最上位に君臨する「英雄のためのジルコン」が輝きを放つ。

「ボクが行く! みんなを連れていく! こんなところで終わらせない!」

その瞬間、ジルコンが変貌した。無機質な結晶から、紫に輝く眼球の形に。光彩はまるで意思を持つブラックオパールのようにきらきらと光り、どこまでも澄み渡っていく。

「んんんっ、ヴィント、まさかユー、今までずっと……」

「うん、ギアはなかった」

「風と天候を操る新英雄、と噂になっていたぞ!?」

「これまでの経験で風を読んで船を動かしてただけ。……でも!」

潰れた右の眼窩に、義眼型のジルコンギアはすっぽりと収まった。まるでそこが最初から、定位置だったように。

ヴィントが片手を上げると同時に、右目がより一層の輝きを放った。

その瞬間、突風が大災の竜に吹き付ける。

「これからは、それを真実にする」

――ギャオオオオン!!

要約視力が回復した大災の竜だったが、突風に押し負けて改めて後退した。

「うん、一点集中で操れば、ちゃんと通用するね」

右目の痛みが消えたわけではない。視神経は回復せず、眼窩の奥からは涙のように血が流れている。

それでもヴィントは笑った。

この力で、自分は皆を助けられる。そして皆とともに、The Holeへ。

「行ってくるよ、ピヨ太くん! すぐ戻ってくるから待ってて!」

高らかに宣言し、ヴィントは風を操って空に舞い上がった。