NOVELS 小説
- 第2話以降
第14話
兵器、吠える
栄光の国グローリーのウィリアムにとって、この日は間違いなく、過去最大に「時間」の存在を意識する一日だった。
空から飛来した石により、大地に深い穴が空き、そのHoleからミノタウロスが出現した。その牛頭人胴の怪物の群れはまるで目的地があるように、一斉に移動を開始したのだ。
道中にある村を素通りする行動は奇妙だったが、幸運でもあった。ウィリアムたちは安堵したが、すぐにそれが甘い考えだったと知らされた。
『ミノタウロスの群れは一直線に進撃!』
『誘導しようにも引っ掛かりません。一心不乱にどこかを目指しているようです!』
ウィリアムのジルパワーにより、ミノタウロスの行動は逐一、彼の元に届けられる。報告者たちの声を聞き、議会にて怪物の進路を割り出したウィリアムは愕然とした。
「連中がこのまま進むと、国立ブタちゃん研究所にたどり着きますね」
ブタちゃん……それはグローリーにて、民が自分の命よりも優先する存在だ。
愛くるしいピンクのフォルム。特徴的なつぶらな瞳と大きな鼻。くるんと巻いた尻尾もかわいらしく、この世の幸福が詰まっているといっても過言ではない。
人々が魅了されているブタちゃんを、まさかミノタウロスは狙っているというのか。
議会は恐慌状態に陥り、自分の命を盾にしてでもミノタウロスを止めると名乗り出る者たちまで現れた。そんな彼らをなだめ、ウィリアムは必死でこの作戦を考えたのだった。
「ハッ、議長よ。普段冷静な貴様らしくもなく賭けに出たな!」
息を弾ませて小走りしていたウィリアムは隣から飛んできた笑い声に、思わずため息を飲み込んだ。もともと裏社会で生きてきた男というだけあり、ピーカブーはこの事態にも全く動じていない。日頃、運動もできずに机にかじりついている自分とは違い、走っていてもまだ余裕がありそうだ。
「そうですかね……!」
ゼィハァ、と息を荒げながらウィリアムは答えた。
「ハッハ、まあ、その選択が正しかったと証明してやろう!俺様とブタちゃんの手にかかれば、この程度の出来事は『危機』でも何でもない。後世の歴史には刻まれることなく消えるだろうよ」
「そうあって、ほしいものです」
適当な受け答えではなく、本心から出た言葉だった。平穏無事に収まるとはまるで思えないからこそ、その奇跡を願ってしまう。
二人は今、地下にいた。
栄光の国グローリーの地下には廃棄された坑道が迷宮のように広がっている。豊富なジルコンを保有する国ゆえ、一昔前はジルコンを求めて、国を挙げた採掘がおこなわれていたのだ。
すでに坑道は使われていないため、抗夫の姿はない。それでも岩盤は補強され、真っ暗な坑道の壁にランタンの明かりがともっている。先行隊のおかげだ。ウィリアムが作戦を立てるや否や、師である国立ジルコニア学園の長、グリード・ゲート・フェルディナは完璧な仕事をしてくれた。
「先生のおかげで迷わずに進めます。ですが……」
ギ、ギ、ギ……。
耳障りな音が坑道に絶え間なく響いていた。坑道が使われていた時代に敷かれたトロッコ用のレールだ。まだ使えるが、錆による腐食が進んでいる。
「耳障りですみません、もう少し我慢してくださいね」
ウィリアムは恥じ入る気持ちで、背後を振り返った。屈強な志願者たちの曳くトロッコには、愛くるしいフォルムのブタちゃんが何頭も乗っていた。
「ぷぎっ」
「ぶぷきっ、ぷひっ」
気にするな、と言わんばかりに、ブタちゃんたちが唱和した。その軽妙な鳴き声と、もこもことしたかわいらしい動きに、志願者たちが一斉に心臓を押さえてうずくまる。……「かわいい」の破壊力たるや、凄まじい。
「くっ……ありがとうございます」
ウィリアムもまた、ぐうっと心臓が引き絞られるようなときめきに心と息を両方乱した。こんなにもかわいらしいブタちゃんたちにこの国の未来を託してしまうとは……。
不甲斐ない我が身が悔しい。だが同時に希望の炎も灯っている。ブタちゃんたちならば、きっとこの危機を打破してくれるだろう。
「ハッハッハ、大丈夫だ!俺様の音で、この程度の騒音はかき消してやろう!」
ピーカブーが持っていた弦楽器をかき鳴らした。
彼の音楽があれば、ブタちゃんたちは上機嫌だ。快適な飼育場から突然連れ出され、真っ暗な坑道を進むことになっても、ストレスを感じずにいてくれる。
(それは我々も、か)
ピーカブーのジルパワーは一風変わっている。
彼が演奏する間、ブタちゃんを愛する者のジルパワーをパワーアップさせる、というものだ。
この場にいるものは皆、その条件を満たしている。ウィリアムも、トロッコを曳く志願者たちも、誰もが普段よりも自身のジルパワーが満ちているのを感じていた。
「ところで議長よ、ミノタウロスの方はどうだ」
「しばしお待ちを。……ああ、今、坑道に入ったようです」
ウィリアムは耳飾りのジルコンギアを発動させた。ブタちゃんめがけて突き進むミノタウロスの群れ……その様子は仲間から逐一伝えられる。
『迷ってる様子はねえぞ。まっすぐお前らめがけて走ってる!』
幼いころから苦楽を共にしてきた男の声がする。
ウィリアムのジルパワーでは相手の声こそ拾えるが、こちらの声は届かない。一方通行の通信だが、それでもこの状況下においては十分有益だ。相手もそれを知った上で、自分の得た情報をその場でしゃべってくれている。
『灯りを追ってるようにも見えねえな。マジでこいつら、何らかの方法でブタちゃんを探知して追いかけてるぜ』
「なるほど……厄介な」
遠く離れた場所の声を聞くウィリアムに対し、幼馴染は離れた場所の光景を「視」る。彼から届く報告でウィリアムは自分たちの考えが当たっていたことを知った。
――ブタちゃんを「囮」にしてミノタウロスを廃坑道に誘い込む。そのうえで坑道の出入り口を爆破してふさぎ、ミノタウロスを迷宮に閉じ込める。
それが大評議会の決定だ。
ウィリアムたちがさらに奥に進んだとき、かすかに地響きが起きた。ズ、ズン、と重い振動音を靴底に感じ、一行の間に緊張感が走る。
『お前らが入った出入口爆破完了!』
「……ありがとうございます、ヘンリー」
届かないことを知りながら、ウィリアムは戦友に礼をつぶやいた。そしてすぐに、その情報を周囲の者たちに伝える。
「入ってきた側の爆破が完了しました。問題なし、だそうです」
「ハッハッハッハ、よしよしよし、急ぐぞ!」
ジャカジャン、と弦をかき鳴らし、ピーカブーが先頭を駆ける。
……そこまでは順調だった。
やがて正面にランタンとは違う光が見え……出口が現れる。
「さあ、全員、出てください!こちら側もすぐにふさがなければ……」
「ぎ、議長、大変です!!」
そのとき、出入り口に控えていた兵士が慌てふためいた様子で走ってきた。夏だというのに彼は明らかに青ざめている。
「どうしましたか?早く爆破の準備を……」
「火薬がしけって使い物になりません!新人が火薬の管理を間違えたようでして……」
「なんですって!?」
「おいおい、そりゃまずいぞ」
さすがのピーカブーも眉をひそめた。
今、ミノタウロスたちはブタちゃんの気配を追って、坑道内を爆走している。もたもたしていたら、すぐにウィリアムたちと同じ出口から出てくるだろう。そうすれば、ブタちゃんたちが危険にさらされる。愛くるしく、この世のすべてを詰め込んだような形状をしている分、ブタちゃんは足が短いのだ。猛進してくる怪物の群れを振り切れるわけがない。
「なんとか……なんとかしないと。何か策は……!」
「ハッハッハッハッハ、考えろ考えろ考えろ!!」
焦るウィリアムの隣で、ピーカブーもジャカジャカと弦をかき鳴らす。
ジャカジャカ、ジャンジャカ、と。
ジャカジャカジャンジャカ、ジャカジャカ、ジャジャジャン、と。
……と、そのときだった。
「ブタちゃん?」
最初は目の錯覚かと思った。……だが違う。ブタちゃんの体が光っている。
七色に輝きだしたブタちゃんたちはいっせいにトントントンと足踏みをはじめた。
トントントン、タントントン、トトトン、トン。
そして同時に体を揺らし始めた。
トントントン、タントントン、トトトン、トン。
「歌ってる……?」
ウィリアムの脳裏に以前聞いた、巨大複合施設サンクチュアリの支配人マスターグラシアラの報告がよぎった。「ブタちゃん、うたう、へいき、うなる」と。
「まさか、これが……!?」
ピーカブーの演奏に合わせ、ブタちゃんの動きは激しさを増していく。
そして出入り口からミノタウロスの群れが姿を現した瞬間……。
――カッ!!!
ウィリアムの視界は真っ白な光で埋め尽くされた。