KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

24

作戦開始!

作戦開始!

「いやあ、さすが勇気の民ですねえ」

海風を受け、フリーダムの旗がはためいた。甲板で気さくな男の声を聞きながら、ミスターメテオランテは苦笑した。

つい先ほど、コミッショナー陣営の所有する大型帆船に乗り込んだばかりだ。十名ほどのメテオランテ・エアロと、同数の竜騎士団「ジェルジオの槍」を迎えてもなお、甲板は十分余裕がある。

一艘で小さな城が建つほど高価な船だが、コミッショナーは同じような船を他にもまだ持っているようだった。その資金力に感嘆の念を抱く。

「ブレイブの方々はこのあと、どうするんですか」

「The Holeに行く」

大剣を抱え、ロゼッタがぼそりとつぶやいた。すでに臨戦態勢に入っているようで、全身から殺気をみなぎらせている。

「大災の竜を釣り上げて仕留める。絶対逃がさない」

「待て待て待て。今回はまだ小手調べだ」

ミスターメテオランテは慌てて止めた。

一見物静かに見えて、ロゼッタの心は大災の竜に対する怒りで燃えている。戦闘力が高く、好戦的な竜騎士団長を止めるのは並大抵のことではない。

「ブレイブに現れた鞭打ち苦行者が『大災の竜はジルコン保有者を襲う』と証言しただろう。その真偽を確かめに行くんだ」

ロゼッタを押しとどめつつ、ミスターメテオランテはフリーダムの道先案内人に言った。

「はあ……どうやって?」

案内人はあいまいな相槌を打ちつつ、ぴんと来ていない様子だった。「知の大番頭」の部下で、行きたい場所へ迷わず行くジルパワーを持つ男だ。彼の持つ羅針盤型のジルコンギアが目的地を指し続けるおかげで、ミスターメテオランテたちはまっすぐ、The Holeを目指せている。

最も案内人の能力にも穴はある。目的地の方角は分かるが、距離の方はさっぱりなのだ。大海原をどれだけ進めばThe Holeに到達するのかはあいまいで、どれだけ準備すれば十分なのかもわからない。

船に積み込んだ食料や水は往復で三ヶ月分程度といったところか。折り返し地点は正確に見極めなければならない。

(まったく、問題が山積みだなぁ)

ブレイブの女王シャインが考えた作戦はこうだ。

ミスターメテオランテやロゼッタたちはThe Holeへ行き、大災の竜を刺激する。そして大穴から出てきた竜の鼻先で、二手に分かれる。

片方を担うのはミスターメテオランテが率いるエアロだ。もともとエアロの面々は皆、空を飛ぶジルコンギアを有し、自在に空を駆けるが、今回はその中でも高速で飛べる者を厳選した。

そしてもう一方はジルコンを持たない者の部隊だ。シャインの想いに共鳴し、自らを痛めつけるよりも脅威にまっすぐ立ち向かう道を選んだ苦行者や、ジルコンを手放した竜騎士団の面々がグリフィンに乗る。

この世界で、自らのジルコンギアを手放すことは生存率を大きく下げる行為だ。それを承知したうえで志願した竜騎士団員たちの勇気にミスターメテオランテも賛辞を贈りたい。

そして両方の部隊の総指揮を担当するのがロゼッタだ。入隊してから日は浅いが、その実力は誰もが認めている。

だがその一方、大災の竜のこととなると、彼女は冷静さを欠く一面がある。ロゼッタに指揮を任せるのは賭けでもあった。

(とはいえ、他に適役もいないしな)

リーチたち四天獅ならば経験も度量も申し分ないが、彼らはいずれも地上を駆ける獣だ。空を舞台にした計画には向かない。そしてミスターメテオランテは空を知り尽くしているが、だからこそ実働部隊で、最も危険な現場指揮をしなければならなかった。

ゆえに、ここはなんとしても、ロゼッタの理性に頼らなければならない場面だ

練習する時間もなく、命がけの任務に赴くことになり、ミスターメテオランテの異名をとるミスターメテオランテもさすがに緊張を隠せなかった。

***

「これは……」

一方、フリーダム辺境の街ノル・ヴェイルにてリーチは思わず言葉を失った。経験の豊富さ度量を誇る彼でも、さすがにこの状況は予想外だ。

数刻前、山河に囲まれた街に着いたときはまだ理性を保っていた。

倒壊した建物や木々は冷え固まった鉄に埋まっており、がれきの撤去もままならない。あちこちで太陽の光を受け、その場に残された竜の鱗がぎらぎらと輝いている。

それらの一部はすでに採取が行われていたようだった。以前、ブレイブを訪れた大使「知の大番頭」が「鱗や鉄は手に入れた」と告げたことは本当だったのだ。

ただこれは……この報告は受けていない。

「貴国……いや、コミッショナー殿は『これ』を把握していたのかッ?それとも把握せずにいたのかッ?どちらにせよ、我々としては穏便に済ませるのが難しくなる」

「お、お、お待ちください、『到達』の四天獅殿!伏してお願い申し上げます!我々によこしまな思惑は何一つなく……!」

滝のように汗を流すコミッショナーの部下を一瞥し、リーチは重い息を一つ吐いた。今、ノル・ヴェイルに残っているブレイブ側の人間はリーチと、ジルコンの質を見極める能力を持つオーガスト。そして彼を補佐する少数だけだ。

対してフリーダムのコミッショナー陣営はこの地の調査を優先するため、大半が街にとどまっている。

合同調査団とは言いつつ、人数差は十倍以上だ。

仮にコミッショナー陣営がここでブレイブ側に危害を加えようとした場合、リーチならば対処はできる。多少戦闘経験がある程度の海賊崩れが何十人襲ってきたところで、全員返り討ちにしてみせよう。

……だがその時点で、せっかく結んだ同盟は破棄だ。ブレイブはコミッショナーのみならず、フリーダム全体を敵とみなす。大災の竜が活動を再開した今、人間同士で揉めるのは愚の骨頂だ。

(だが、これはッ)

あまりにも予想外だ、とリーチは歯噛みした。

街に上陸してから一刻ほどが経過したときだ。オーガストがふと、何かを感知した。

口に含むことでジルコンの質や特性を見極める彼は本来、ジルコンそのものを探知する能力は持っていない。しかし鍛煌所でジルコンを研磨し続けてきた経験がこのとき、彼になにかの異変を伝えたのだろう。

『……この下になにかがあります』

街の中頃にてぽつりとつぶやいたオーガストの声に、リーチは大鎌を振るった。思った以上に地盤は柔らかく、地面に大穴が空き……その下には、巨大な地下洞窟が広がっていたのだった。

それはリーチが見たこともない光景だった。

岩肌のそこかしこからジルコン鉱石の結晶が突き出している。巨大な結晶は突然太陽の光を浴びて驚いたようにぎらぎらと輝き、その存在をリーチたちに主張し始めた。

巨大なジルコン鉱脈だ。露天掘りできるほど表層に現れたジルコン鉱石など、リーチは見たことも聞いたこともない。オーガストですら同じだったようで、彼は怪鳥のような悲鳴を上げて硬直してしまった。歓喜と驚愕と畏怖と……あらゆる感情が一気に噴出したのだろう。

(ここはフリーダムの領地……当然、所有権もフリーダムにある)

問題は、フリーダムには統治者がいないことだ。己の利を優先させる各勢力が競い合って採掘すれば、大量のジルコンが一気に世に出回ることになる。

そうなれば、市場が大混乱に陥るのは必至。大災の竜の脅威に加え、世界情勢も混乱すれば弱者の生活が大打撃を受ける。

部外者であるブレイブのリーチは口出しできない。だが手をこまねいていれば、世界が混乱する。

……最悪の展開だ。

「至急コミッショナーに連絡を取ります!しばしお待ちください!」

悲鳴に近い声でコミッショナーの部下が叫び、駆け出して行った。

「いやはや」

こちらも急いでシャインに連絡する必要があるだろう。

リーチは目まぐるしく頭を回転させながら、自分の取るべき道を探り始めた。