KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

32

孤独

孤独

……「それ」は体験したことのない感覚だった。

強烈な悪寒。耐えがたい痛み。逃れられない嘔吐感。

そこにあらゆる負の感情が混ざり合う。憎悪。激怒。慟哭。悲嘆。絶望。混乱。狂乱。

すべてが混ざり合い、肉体をぐずぐずに溶かし、意識は粘性の強い闇と同化する。ドロドロにうごめく汚泥の中、人生全てを絶望して終える。それを十回繰り返す。さらに千回繰り返す。ひたすら、ひたすら繰り返す。

時間の感覚はとうになく、魂を侵食する汚濁に抗うも、逃れるすべは見当たらない。

なぜ、なぜ、なぜ。

理不尽な激痛と絶望の中、最後にその考えだけが残された。

なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。

なぜここにいる。なぜこうなった。なぜ終わらない。なぜ帰れない。

――帰る。

その思いが刃のように、思考の隅を貫き、えぐり取る。

……そう、だ。帰る場所があったはずだ。ここではなかったはずだ。

我々ノ、イルベキ場所。イタ場所。理不尽ニ分カタレ、引キ裂カレ、引キハガサレタ。

帰リタイ。帰ラナケレバ。今スグニ。

我々ハ、青キ星ノ――……。

「……っ!」

突然、意識に激しい衝撃を受け、ミスターメテオランテはハッと我に返った。

何も見えない。耳が痛くなるほどの静寂の中、自らの鼓動と呼吸音が痛いほど聞こえ、一瞬恐慌状態に陥る。

爆発するほど跳ねる鼓動を意志の力で抑え込み、慎重に辺りを見回した。

「オレはいったい……そうだ」

真っ暗闇の中、記憶をたどる。はるか遠くにある「それ」を手繰り寄せ、つなぎ合わせることでようやく少し思いだした。

「オレたちはThe Holeに向かった、よな……?それで……現れた」

ミスターメテオランテたちは大穴に向かって航海し、やがて謎の海域に入った。深い霧が辺りを包み、並走していたフリーダムの船の影も見えなくなる。その船から、案内役としてついてきていた大番頭の部下が警告を発したのは聞こえていた。この辺りは「魔の海域」として知られている。船が頻繁に消息を絶つので注意してほしい、と。

その声に応えようとしたときだ。

突然、濃霧を割り、大災の竜が現れたのだった。

なんの予兆もなく、誰も戦闘準備をしていなかった。誰もが皆虚を突かれ、硬直したように思う。

「最初に動いたのは……そうだ、ロゼッタだ」

母の敵でもある竜への憎しみが膨れ上がったのだろう。呆然としていたグリフィンに飛び乗って喝を入れ、彼女は竜めがけて襲い掛かった。

「それで……、まずいな、何もかもがあいまいだ」

ミスターメテオランテは頭を振り、ため息をついた。

竜を前にした後の記憶が全くない。自分が何をしていたのか。仲間たちはどこに行ったのか。

「……ここは、どこだ」

ミスターメテオランテが今、いるのは海の上ではないようだった。足元は揺れておらず、波の音もしない。

ならばどこだ、と考え……ふいに嫌な予感が天啓のように脳を貫いた。

――The Hole。

「はは、それはいくら何でも」

乾いた笑い声をあげながら、手探りで周囲を確かめる。

地面は濡れており、固い。

潮の匂いだ。……そして、鉄。

(鉄?)

腕や足にべたつく感触を覚え、ミスターメテオランテはぎょっとした。痛みを感じないだけでケガをしているのかと思ったが、そうではない。これはミスターメテオランテの血ではない。

――逃げてください!!

脳裏に突然、「声」がよみがえった。

それをミスターメテオランテは聞いていた。確かに、遠い意識の中で。

――逃げてください、隊長!

――ダメだ、これは……が……だから……。

――……様も、もう……。

――……らめるな!俺たちじゃ……、もう……に賭けるしか……。

大勢の声が折り重なって唱和する。恐怖、混乱、絶望。

――ジルコンだ!これが全ての元凶だったんだ!

――竜はこれを……だから……!

――伝えなければ……!これでは、無駄死に……。

どの声も聞き覚えがあった。全員、大切な者たちだ。

「エアロの……」

皆が自分に「逃げろ」と叫んでいた。何かにおびえ、恐怖しながらも必死でミスターメテオランテに訴えていた。

だが……だが今、彼らはいない。

ミスターメテオランテだけが一人、The Holeの暗闇に取り残されている。

「いったい、何がどうなってやがる」

状況がさっぱりわからない。エアロの皆はどこに行ったのか。ロゼッタや、彼女が率いていた「ジェルジオの槍」の皆はどうなったのか。

闇雲に辺りを探ったところ、指先になにか固いものが触れた。輪郭をなぞり、ミスターメテオランテは絶望に近いうめき声をあげた。

愛機のホバーボードだ。だが落下の衝撃からか、真っ二つに折れている。ジルコンギアでもある愛剣アメイジング・メテオランテ・スーパーソードは見当たらない。The Holeに落下したときの衝撃で、どこかに吹き飛んでしまったのかもしれない。

見つけ出したいが、一片の光もない暗闇で、それは不可能に思えた。浮遊のジルパワーを持つ愛剣がなければ、ミスターメテオランテは飛べない。

飛べないならば、この大穴から脱出する方法はない。空を愛し、自由に生きることを望んで生きてきた自分がまさか、暗い海の底でたった一人、朽ちることになろうとは。

「さすがにこれは、お手上げかぁ?」

一瞬、脳裏に「絶望」の二文字がよぎる。

だがそれを打ち消すように、ぱっと一人の女性の顔が浮かんだ。まっすぐな目でこちらを見つめている。唇を引き結び、今にも泣きそうな感情を湛えながら、それでも信じていると伝えるように。

「レディ」

愛や恋といった感情ではとても足りない。自由を愛し、誰にも従わないミスターメテオランテが唯一、手を貸したいと思った相手だ。泣きながら、おびえながら、それでも勇気を振り絞った偉大な女王。

「……そうだよな。このミスターメテオランテ様がこの程度のことでうろたえた、なんて知られちゃ呆れられちまう」

ぱん、と喝を入れるために両手で自らの両頬を打つ。

「挑んでやるぜ、大穴!」

食料の備蓄もなく、ギアもない。

地図も持たず、The Holeを徒歩で歩くなど自殺行為だ。それでもここでうずくまり、飢餓と孤独に苦しみながら死を待つよりは幾分かマシな死にざまだろう。

ミスターメテオランテは一人、節々の痛む体に喝を入れながら、The Holeの奥へ向かって歩いて行った。