NOVELS 小説
- 第2話以降
第3話
話し合い
シャインがリーチと共に会議の間に向かったところ、家臣たちはすでに勢ぞろいしていた。知略に秀でた者、武力を誇る者、他の追随を許さない研究成果を出した者……。いずれも突出した能力を誇り、結果を残している者たちだ。
(昔は怖かったなぁ)
彼らとの出会いを思い出し、シャインは懐かしさを覚えた。広い心で導いてくれる者も、出会ったときは敵同士だった者もいた。いずれにしても今は誰よりも頼もしい、この勇気の国ブレイブの民だ。
「や」
上席にいた一人が軽く片手をあげた。ドクロの仮面で顔を隠した青年だ。短く刈り込んだ青髪にバツ印のそりこみ<バリアート>を入れている。
見た目はいかついが、話してみると意外と物腰柔らかで接しやすい。レオ・ブラックスミス。四人いる四天獅の中でリーチと双璧を成す「百錬」の四天獅だ。幼馴染で、昔から二人でいつもヤンチャをしていたと聞いている。
(帰ってきてたんだ)
風来坊のきらいがあるレオはいつも、気づくと国を空けている。このタイミングで帰国してくれたのは幸いだった。
勇気づけられた思いで、シャインも彼に軽くうなずき返した。
「お待たせしましたわ。会議を始めましょう」
あえて使い分けているつもりはないが、自然と口調が改まる。城下町の女の子「シャイン」から、この勇気の国を率いる女王「ブレイブ・シャイン」のものへと。
凛としたシャインの様子に、家臣たちも一斉にうなずいた。
「緊急で話さなければならないことが起きたのでしょう?聞かせてくれる?」
「俺から話そうッ」
会議の間までシャインと同行したリーチが軽く手を挙げた。彼は「到達」の四天獅<クアドリオン>の異名を持つ。
リーチはまだシャインが半人前の冒険者だったころ、そのパーティーのリーダーだった。そのころから今に至るまで、彼はシャインにとって心から信頼できる存在だ。勇気の国ブレイブでは彼の他に三人の四天獅がおり、女王を支えている。
「最近、国のあちこちが騒がしいのは皆、分かってるだろう。大災の竜の存在が、人々の心に影を落としてるッ」
「犯罪率が増加しているのもそのせいね」
「ああ、辺境の地に盗賊が出没し、商人たちの積み荷を奪う事件が多発してるな。崖崩れや急な山火事も無関係とは思えんッ」
「商人たちの警護を強化しましょう。それで落ち着けばいいのだけれど……」
難しいかもしれない、というのがシャインたち全員の共通した思いだ。
国が安定していれば、犯罪者を取り締まることはさほど難しくない。だがこの先、国の存亡を揺るがす事態が起きれば、国はあっという間に傾いてしまう。
大災の竜……。
昨年、一つの小国を滅ぼしたのち、竜は再び大穴「The Hole」に帰っていった。ひと暴れして満足し、二度と現れないのならばよいが、それは楽観的すぎるだろう。この百年間の平穏を破り、再び活動を開始した場合、世界はいったいどうなってしまうのか。
「他国の動きも気になるわ。リーチ、何か分かったことは?」
「最も気になるのはフリーダムだッ。The Holeに突入するため、志願者を募ってる」
「突入!?大災の竜がいるのに?」
思わずシャインは声を上げた。皆同じ考えだったようで、会議の間が騒然とする。
リーチは皆の動揺を無理やり抑え込むことなく、同感だというように何度もうなずいた。それでいて、しっかりした声で言う。
「名目上は『調査』を謳ってるがなッ。あの国に統治者はいねえ。こっちとしても、誰に連絡を取ればいいものやら」
オルフィニア大陸周辺には勇気の国ブレイブ以外に、三つの大国がある。教皇をトップに据えた神聖国家、平和の国ピースフル、議会制を取っている栄光の国グローリー。そして無政府状態の自由の国フリーダムだ。
フリーダムは何人もの実力者が覇権を懸けて争い、貪欲に己の権利を追及している。The Holeに一番近い島国ということもあり、大災の竜に対する警戒心は他国よりもはるかに高いだろう。竜の現状を調べるため、危険を冒して調査したい気持ちはわかる。
(でも……)
脅威に対する情報収集ならば、フリーダムの方から他国に協力を要請してもおかしくない。これは一国のお家騒動ではなく、世界の存亡にかかわる問題なのだから。
それにもかかわらず単独で動くあたり、目的は他にありそうだ。
「The Holeに眠る財宝が目的とか……」
「はははッ、だとしたら半端ねえイカレっぷりだッ!まあ俺もそう感じていたがな。『ヤツ』ならそれ目的で動いてもおかしくねえ。あの国イチの自由の民……闘技場運営委員長<コミッショナー>ならなッ!」
The Holeに財宝が眠る、というのはただの言い伝えだ。
宝石の類を好む竜が身を沈めた大穴であること。百年前、竜を退けた英雄たちが潜った大穴であること。
それらの情報から「何かがあるのではないか」と考える夢想家もいただけのことだ。
だが自由の国フリーダムの民はそれを信じる。空想するのも行動するのも、彼らはすべて自由に行う。
「……コミッショナーが動くなら、うちらは口出しできないわ。見守りましょう」
「本当に財宝を見つけた場合は独り占めされるだろうがなッ」
「全滅の危険を冒して行くのだもの。そこは仕方ない」
シャインがきっぱりと言い切ると、皆、そろって苦笑した。苦さは残るが、さっぱりとした笑顔だ。ほんの少し胸を巣くっていた未練がシャインの一言で晴れたように。
さすがだ、とリーチは深くうなずいた。
「宝はともかく、中で得た情報は寄こすだろう。世界が危機に瀕するようなネタを出し惜しみする男じゃねえ」
「ええ、うちらはそれで十分。何か手伝えることがあったら言って、と書簡を送っておいてもらえるかしら?」
「おうッ」
「ピースフルとグローリーの動きは分かるかしら?」
「限定的な情報になるがな」
シャインの問いにリーチは顎を撫でた。慎重な言い回しになるのは仕方がない。その二国とは陸続きだが、どちらも王政を敷いているブレイブとは国家の性質が全く違う。むしろ相いれないと言ってもいい。
平和の国ピースフルはこのオルフィニア大陸で最も信仰されている「英雄教」の総本山だ。教皇の言葉は英雄教全体の言葉。平和の国ピースフルの取る選択はそのまま教義になりうる。
「教皇は国民に選択を迫り、民は自分たちの行動を決定した……。『現代に生きる英雄を見つける』とな」
「英雄?えっと、それは……」
百年前、大災の竜を倒した「英雄」の子孫ということだろうか。
会議の間のざわめきを片手で制し、リーチは肩をすくめた。
「いや、百年前の英雄に匹敵する存在を探す、ってことだろう」
「……つまり、教皇も近い未来、『英雄』が必要になると考えてるということね」
「だろうな」
「グローリーは……あの国ではどんな法案が通ったの?」
「それが」
思いがけず、リーチは苦笑した。調べ切れなかったのだろうかと思ったシャインに首を振り、彼は気を取り直すように咳払いをする。
「ブタちゃん覚醒研究法案を可決した、と」
「えっと……ブタ?」
「ブタちゃん。グローリーじゃ国民全員がブタちゃんを愛してる」
栄光の国グローリーではどんなことも議会で承認を得なければ動けない。それは議会の長である「議長」でも同じことだ。彼の独断で決められることはないが、だからこそ公正に国民の意思が国家の成り立ちを決めていく。
グローリーのブタは他国のそれとは大きく違う。
食肉は厳禁。ブタを虐げる人間は極刑に値する。
人より快適な環境下で、人々の愛情を一身に注がれ、その幸せと健康を保証される存在……。
それが栄光の国グローリーの「ブタちゃん」だ。家畜などと呼ぼうものなら国家侮辱罪に匹敵する。
今まで蝶よ花よと愛でるだけだったブタちゃんの覚醒方法を探り始めるとなると、明らかに緊急事態だ。
「ブタちゃんってかわいいだけじゃなかったのね」
「まあ、覚醒することがあるのかないのか……その可能性から探るってことだろう。つまりッ、俺たちものんびりしていられねえッ」
「そうね。来る脅威に向けて、手を打たないと」
まだ勇気の国ブレイブが大災の竜に襲われたわけではない。
だが、それが起きてからでは遅いのだ。のんびりしていたら、世界は百年前と同じように戦禍に包まれる。そうなれば人の力では太刀打ちできない巨大な暴力に飲まれ、ブレイブは地図上から消えるかもしれない。
(それは、ダメ)
泣き虫な臆病者だったシャインが女王として今、この国の頂点に立ったことに意味があるとすれば、それは「怖れ」を知っているということだ。
大切な人を失う恐怖。日常が消え去る恐怖。圧倒的な暴力に対する恐怖。
人よりも怖がりだったからこそ、シャインはそれに抗ってきた。その思いに皆が応え、国の行く末を任せてくれたのだ。
ならば今、自分は限界まで勇気を振り絞って抗わなければ。
「絶対に世界を滅亡させたりしない。だからこそ我が国は……」
真剣に考え、シャインは口を開いた。
リーチを筆頭に、皆が静かにシャインの言葉を待っている。臆病者の女王が放つ、勇気ある一言を。
「竜騎士団を創設するわ」
「……竜は再び百年の眠りについたかもしれんぞ?」
リーチが言う。シャインに反論しているわけではなく、続く言葉を促すように。
その思いに励まされ、シャインはうなずいた。
「何も起きないなら、それでいいわ。そのときは竜騎士団に国防を担当してもらえばいいもの」
「ははっ、確かにな。つっても竜騎士団か……確認するが、そりゃ『大災の竜』を討てる組織ってことだよな?」
「ええ、制空権を取る巨大なモンスターを相手にしても負けない機動力と、世界を割るほどの攻撃にも耐えうる防御力、そして彼を倒しうる攻撃力……その全てを兼ね備えた騎士団にしなければ」
「大災の竜を倒すか……ッ!」
会議の間が大きくどよめく。リーチですら声が震えていた。
だがそれは恐怖の震えではない。一度は世界を滅ぼしかけた巨悪を自分たちの手で討つという興奮、歓喜、闘争心。
勇気の国ブレイブの冠は伊達ではない。この国の民は皆、いかなる脅威にも決して膝をつかないだろう。
「やりましょう。この国を……世界を守るために!」
「おお!!」
女王の宣言に対し、一斉に拳が天に向かって突き上げられた。
ここに、勇気の国ブレイブの方針が決定した――。