KONAMI

NOVELS

ジルコン年代記

2

ジルコンの力

ジルコンの力

――この世界の神話は語る。

A.D.1543、彼方から「石」が落ちてきた。石は世界を穿ち、巨大で深い穴が生まれた。

穴からは大災が湧き出し、世界は空虚な姿に変貌した。人々の歴史は止まろうとしていた。

その時、大地にジルコンの鉱脈が生まれた。世界に選ばれた者たちは、ジルコンにより「特別な力」を手にした。

彼らは大災を祓い、伝説となった。伝説の英雄たちは世界を穿つ穴へと消えた――。

世界のありようはこの戦いにより、大きく変貌した。

北東の最果て……その海に開いた巨大な穴、「The Hole」は百年たった今もふさがることがない。それどころか一度は撃退したはずの大災の竜が数か月前、再び世界に出現したという噂が流れた。

The Holeに近い小国の一つが一夜にして滅んだそうだ。竜はその後、再び大穴に姿を消したと言われ、勇気の国ブレイブではまだその存在を確認できていない。

しかし時を同じくして、世界各地で信仰されている英雄教の総本山から連絡があった。生きる伝説たる教皇が一つの予言をしたという。

――A.D.1647'秋、世界の滅亡。

大災の竜が出現したことと、この予言が無関係とは思えない。

今はA.D.1643'の春。世界が予言通りの結末を迎えるとしたら、あと四年しか猶予がない。

この先何が起きるのかも、本当に世界が滅亡するのかもわからないまま、世界は緊張感に包まれた。

「着いた」

勇気の国ブレイブ唯一の城は小高い山から城下を見下ろす山城の性質と、河川にそって建てられる水城の性質を両方兼ね備えている。城壁に沿っていくつもの門塔が作られ、多数の番人が常に周囲を警戒している。

奥に向かうにつれて馬小屋や門衛塔、礼拝堂や客人のための別塔が建ち、最も主要な機能を備えた居館へとたどり着く。

空からそのすべてを一望し、ミスターメテオランテは持っていたランプを頭上に掲げた。あらかじめ取り決めた通りの動きでくるくると回転させてから、城壁上の歩廊に降り立つ。味方であることを示す合図だ。

「ありがとう、ミスター」

城壁にてシャインはミスターメテオランテのホバーボードから飛び降りた。なじみの若い番人がこちらに走ってくるのが見える。

「あなたが来てくれてよかった。徒歩だと十倍は時間がかかったところだったよ」

「またいつでもごひいきに」

ぱちんと気障な仕草で片目をつぶり、ミスターメテオランテは再び空に飛び立った。彼に手を振り、シャインは走ってくる番人を迎えた。

「ただいま。何があったの?」

「お疲れ様です!いえ、オレみたいな下っ端では何が何だか……。恐縮ですが、急いで会議の間に行かれてください」

「……リーチ、怒ってた?」

「あの方があなたを怒ることなんてありませんとも。ですがまあ、やや焦ってたような……」

「それ、大事件だよ」

いつも悠然としている古くからの友人の姿を思い描き、シャインは眉をひそめた。つられて番人まで不安そうに空を見上げる。

「何もないといいですね……。オレ、明日恋人の家に、結婚の挨拶に行くんです。こんな時代だから、側で守ってやりたくて」

「本当?がんばってね!」

「へへ……親父さんがそれはもう恐ろしい職人なので、今から委縮しているのですが」

「あ、それじゃあ……」

シャインは懐から小さな袋と魔導書を取り出した。袋には親指大の包みが大量に入っている。片手で一つつまみ出し、もう片方の手で魔導書を開く。

(勇気を)

こめる。

この包みに。

この身に宿る意思と想いを全て注ぎ込むように。

コウ、と魔導書が一瞬光を放った。その光が包みに移り、吸い込まれる。

「はい、勇気が出る飴ちゃんあげる」

「おお……!ありがとうございます!」

押しいただくようにして包みを受け取っ番人にうなずき、シャインは歩廊を出た。城内に入り、いくつもの建物を通り過ぎて居館に向かう。

華やかな装飾が施された門柱に、一人の青年が寄りかかっていた。

「リーチ!お待たせ」

「来たか、シャインッ。呼び戻しちまってすまねえなッ」

第一声から勢いがすごい。

尖らせた紫色の髪の先が太陽を受けてきらりと輝く。耳にはいくつもの装飾品を付けた精悍な青年だ。顔には過去に負った刀傷が今も残り、快活な瞳は常に意志の力で輝いている。

リーチ・ド・パンクス。シャインが出会ったときから彼の本質は変わらない。つたなく、泣き虫なひよっこ冒険者を力強く支え、根気よく導いてくれた。

シャインが自由に出歩けない立場になってからも、リーチは同じ笑顔を向けてくれた。「お忍びで街に行くのも民の暮らしを知るためには重要だ。じゃんじゃん出てけ」と豪快に言い放ってくれたのも彼だ。ただし「行く時は一声、必ず俺に声をかけてから行けよ」のお言葉つきで。

「何があったの?」

「その前に……町の声はどうだった?」

「麦畑から王都に来る道で崖崩れ。あと地割れや山火事がいくつか」

「それら全部に関係する話かもな」

並んで歩きながら、言葉少なに情報を交換し合う。このテンポ感は長年の付き合いで養われたものだ。

「シャイン、飴の残りは?」

ふいにリーチが尋ねた。シャインは先ほど懐にしまった袋を再び取り出す。

「昨日作ったからいっぱいあるよ」

「全部にジルパワー、込めといてくれ。必要になるかもしれん」

「……分かった」

その言葉だけで「異常事態」だと分かった。シャインは魔導書を取り出し、持っていた飴に対して力を注いだ。

これがこの世界の理。この世界の大いなる力。

……神話は語る。

大災の竜によって世界が滅亡しかけた時、大地に「ジルコン」の鉱脈が生まれた。この鉱石は磨けば宝石のように輝きを放ち、粉末に砕けは熱と光を人々にもたらした。凍てつく体を温め、夜を照らし、闇を払うジルコンの恩恵で、人類は再び発展する力を得たのだ、と。

事態はそれだけでは終わらない。神話の時代から今に至るまで、ジルコンは選ばれた者たちに「特別な力」を与えた。

持って生まれたセンスを土台にして、強い意志の力を極限まで高めたとき、人々の力は覚醒する。その時、近くにあったジルコンは彼の願望を満たすべく、その姿かたちを変容させた。

ただのジルコンが、唯一無二の「ジルコンギア」へと。

シャインの持つ魔導書も、ミスターメテオランテの持つ大剣もジルコンギアだ。誰よりも空を愛し、どこまでも飛びたいと願ったミスターメテオランテに呼応し、「アメイジング・メテオランテ・スーパーソード」と名付けた大剣は彼に「浮遊」のジルパワーを与えた。それにより彼は力が尽きるまで、ホバーボード「コメットテイル」に乗って飛ぶことができる。

(うちの魔導書も)

書かれているのは飴のレシピ一つのみだが、そのレシピで作った飴にシャインがジルパワーを注ぐと、とっておきの力を放つ。

――内なる勇気を呼び覚ます力。

勇気の国ブレイブにて、女王ブレイブ・シャインが使う唯一無二の特殊能力だ。