NOVELS 小説
- 第2話以降
第49話
覚醒者、集結!
A.D.1647'秋
ついに世界の命運を決める季節がやってきた。うだるような暑さが引き、風が酷薄な冷たさを帯び始める。
ノル・ヴェイルにて傷を癒していた大災の竜が首をもたげ、冷風を楽しむそぶりを見せる。はがれた鱗は生え変わり、威圧的に躍動し始めた。
The Holeを監視する「目」を持つ英雄の子孫……アギュウス家の者が全てを確認した。彼らからのもたらされた報は瞬く間に四大国に共有され、各国は各自の船で大陸の最東端に集結した。
数か月前、連合軍会合が行われた地に今、ジルパワーの覚醒者たちが集う。ピースフルの教皇が彫像化する直前に訴えたように、この招集が世界の命運を決めると信じて。
「故郷の危機だ!竜がThe Hole付近で暴れてるってさ!」
「何か大変な事になってるね!大丈夫だよ!行けばわかるさ!今日も絶好調だぜ!」
参加を迷う者を見つけては、ブレイブのヘルガ・セーデンとレオナルド・ペスカトーレが声をかけて回った。彼らの呼びかけで勇気づけられた者たちが後に続いた。
なおも不安を捨てきれない者に対しては、同国のイルダがさらに言葉を重ねた。
「うちのツキを分けてあげる。大丈夫、きっとうまくいく」
運気を上昇させるジルパワーを使う彼女の力に触れ、勇気を振り絞る者もいた。
この動きはブレイブのみで起きたわけではない。誰よりも自由を好む海の民たちも、この戦はさすがに緊張を隠せない。不安で体が縮こまり、うずくまる者も当然出る。
そんな者のためにそれぞれの国で、できることを探す者たちがいた。
「滅亡の危機……なんて大イベント、見逃せないよね!お願い、力を貸してくれない?」
「みなさま〜、期待しておりますわ♪」
フリーダムのメリア・ルスティとディータは商船員に話しかけ、勇気づけた。対話することで親交を深める彼女たちによって商人たちは奮い立ち、危険な最前線に必要物資を届けるため、次々と船を出していった。
「竜がなによ!私はお客の笑顔を奪われたわ!とっとと首を切られなさい!」
ブレイブのクラリス・クイードが血気盛んに竜に対する怒りをぶつけた。
その通りだと幾重にも声が上がる。彼らに続くように、さすらいの名匠、ザックが立ち上がった。
「勇者に英雄達の加護があらんことを」
生存と勝利を願うお守りを作り、彼は皆を励ました。
すがるものがあれば、人は活力を取り戻す。
お守りを握り締め、皆、戦場に向かった。
***
「ははは、見事な光景だなッ」
最東端の地に足を踏み入れたリーチは思わず笑った。つい数年前まで、四大国は互いに不可侵を貫いていた。決していがみ合うことはなかったが、それでも自国の利益を優先し、他国のことには興味を示さなかったと言っていい。
それが今は一堂に会している。初めて会う者同士も長年、背中合わせに戦った勇士のように肩を組み、互いに足りないものがあれば補い合っている。
「戦場へ向かうなら、心だけでなく外見も輝かせましょ?アタシに任せてちょうだい♪」
「髪型変えてモチベーション上げてこう。あなたが望む力を少しだけ与えてあげる」
「少しでも……防御の役に立ってみせるからさ!!」
そんな声があちこちで聞こえていた。
面白い覚醒者たちだ、とリーチは惚れ惚れと彼らの動きを目で追った。
ブレイブのアダルウォルフとフリーダムのam・LUBは化粧師、グローリーのココ・マリー・シャルマンは美容師だ。およそ戦闘には向かない能力で、この場に竜が現れれば、真っ先に命を落とすだろう。しかし彼らは最前線に駆け付けた。自分たちの能力が少しでも戦士たちの恐れを払い、勇気に変わることを信じて。
「ガムの味がしなくなってきましたねぇ」
もごもごと口を動かしながら、ブレイブのシグナーがさいころをもてあそんでいた。星の声を聞くことができる彼は決戦の地にて、戦士たちに対してさいころを振るい続けている。出た目に応じて、仲間をパワーアップできる彼の周りはちょっとしたお祭り騒ぎだ。
六が出た戦士は両手を天に突き上げて喜び、一が出た戦士は己の力を信じるのみと自分自身を鼓舞させている。その覚悟に寄り添うため、彼らの周りに集う者たちがいた。
「恐れてはいけない……団結すれば倒せるはず……私の勘がそう教えてくれている……」
ブレイブのエレノア・ウィンスローはジルコンギアのコインをはじくことで、あらゆる局面において、生存率の高い方を選択できるジルパワーを持っていた。自身の恐怖が強いとそのジルパワーが弱まるが、だからこそ戦いが始まっていない今であれば、最大の効果が発揮される。
「戦闘中、お前は右に飛ぶか、海に潜るかを悩む局面が出るだろう。迷ったときは右へ飛べ。それで活路が開かれる」
「あ、ああ……!」
「お前は炊事班の雑用係だったな?今から、医療班に配置換えしてもらえ。私にその理由は分からんが、そちらの方が生存率が上がる」
「うっ……今から替えてもらえるだろうか?」
「そういうことならついていこう」
不安げにつぶやいた男の元に、ピースフルのネゴが声をかけた。普段は交渉事を一手に引き受け、生計を立ててきた。得意の話術に相手を引き込み、気づかぬうちに会話の主導権を握ることを生きがいにしてきた。
「配置を変えることが皆のためになると納得させることができれば、皆、了承するさ。……ま、それもある程度の段階まで、だけどね」
「ある程度まで?」
「最後は、交渉とかそんなんじゃないんよ。相手を想い、自分の命を惜しみ、それでも戦場に立つ……そういう意思が人を動かすのさ」
「いいね、そういう考え方は嫌いじゃないよ」
そばで話を聞いていたブレイブのスプニールが笑った。各地を旅し、魔物に対する知識と戦い方を蓄えてきた男だ。この戦場で、彼は自分の知識を惜しみなく周囲の者に伝授していた。
「この知恵は役に立つかな。力を合わせあいつを倒そう」
ブレイブのハリケーンモーターもまた、自身の持つ知識を皆に語った。
「竜の弱点について知りたいのかい?あー、そうだな~、特別授業を始めようか……」
着々と準備が進む中、周囲には心を震わせる音楽が響き渡っていた。恐怖に乱れる心を鎮め、人々のうちから勇気と闘志を引き出し、休息が必要とあらば、その心を慰める……。音楽は戦場にこそ、必要なものだ。
「最終楽章レクイエムの咆哮、序章『悲しみの調べ』……」
「全身全霊で拙者の感情(旋律)を届けるで御座る!案ずるな、勝機は見えた!」
フリーダムのジュゲ・リアンとピースフルのピヨ二<ぴよに>の即興セッションは見事なものだった。奏でる旋律は風に乗り、この地に集う皆の元に届く。戦士たちの心を震わせ、その魂に寄り添い、勝利に向けて響き渡る。
……そんな戦場だった。
緊張感と恐怖と興奮が渦巻き、辺りを包む。まだ実際の戦いは始まっていないため、狂気に落ちる者はまだいない。
……しかしこの先、何が起きるかは分からない。戦とは得てしてそういうものだ。
日常的に戦いに身を置く者ばかりではないからこそ、こうした精神のバランスはふとしたきっかけであえなく崩れる。「将」の立場を預かる者たちがそこをどうつなぎとめるか……。彼らの手腕にかかっていた。
「さて、『到達』の四天獅殿、どう動く?」
フリーダムの船から降りてきた「武の大番頭」が尋ねた。覇気を全身にみなぎらせ、今すぐ単騎突撃して竜を討たんとするかのようだ。
「策を練りたいところですが、今回ばかりは難しいですね」
グローリーにて集った戦士たちに指示を与えていた議長ウィリアムが嘆息した。
「相手の力は依然未知数……下手に作戦を立ててしまうと柔軟さが失われます。戦場が混乱することにもなりかねません」
「単独行動に慣れている者と、集団行動に慣れている者では動き方も変わってきましょうっ!」
大勢の兵士を少し離れた場所に留め、甲冑姿の女性が近づいてきた。ピースフルにて英雄騎士団、及び鞭打ちマッスル騎士団を指揮する武闘派オリシスだ。
「相手を活かし、自らが活きる行動をとればよいのですっ。それが結果的に、勝利へ近づく一手になるでしょうからっ」
「それは確かに分かりやすいなッ」
単純明快なオリシスにリーチは苦笑した。彼女の言う通り、これまで不可侵の間柄だった自分たちもこうして語り合うことができている。大災の竜を倒すという目的さえ間違わなければ、どんな行動も勝利に通ずると信じるしかない。
「して、ピースフルのアルフェラ殿は息災かッ?姿が見えないが……」
「申し訳ないが、彼は欠席でお願いしますっ。今、生死の境をさまよっているものですから」
「なに……ッ!」
ぎょっとしたリーチに対し、オリシスはやれやれと言いたげに肩をすくめた。
「数多くの伝承から、竜の弱点を探し出したところまではよかったのですがねっ。ジルパワーの使い過ぎです。竜にジルパワーを吸われた者は錯乱状態に陥るようですが、彼の場合はまた違う。呼吸停止一歩手前の昏睡状態ですっ」
「そ、それはなんというか……ッ」
「生きてはいるのですね?僕に、ジルパワーを他者に与えることができればよかったのですが……」
「確かに、それができれば夢のような話ですねっ、議長殿。まあ、そんなことが可能な場合、誰か一人に国内すべてのジルパワーを集めるという戦法も取れたわけですがっ」
「夢物語だな」
リーチも渋面を作った。
ジルパワーとは無限の可能性を秘めてはいるが、万能ではない。「勇気を与える」「活力を与える」「病や傷を癒す」というように、自らのジルパワーをもって他人に働きかけることは可能だが、ジルパワーそのものを誰かに渡せる例は今のところ発見されていなかった。
リーチもまた、過去の戦いの中でジルパワーが尽きて倒れる仲間を何人も見てきた。ピースフルが誇る占い師、アステルが命をつなぐかどうかは彼の生命力次第だ。
(我々も祈るしかない……いや、待て)
そのとき、リーチははたと気づいた。今、脳裏に浮かんだことが正しいかどうか、一瞬の中で試行する。
(……「無理」か?いや、だが……)