NOVELS 小説
- 第2話以降
第23話
いざ辺境の地へ
勇気の国ブレイブにて選抜された連合調査団のメンバーはフリーダム領内の辺境の街ノル・ヴェイルに向けて出港した。陸路が整備されていない街ゆえ、ブレイブ本国から向かうのはやや困難だ。
まずは海峡を挟んで、ブレイブからフリーダムへ。そこからぐるりと陸地に沿って、船で進む。陸が近いと食料や必要物資の調達は楽だが、危険も多い。海底までの水位が浅いため、あちこちに渦が発生している。それらを回避するたび、船は大きく揺れ、常に嵐の中を航海しているようなありさまだった。
「そろそろ着くぞ」
ふいに青空から声が降り注ぎ……リーチが顔を上げた瞬間、船べりに大きな影が軽やかに降り立った。コメットテイルと呼ばれるホバーボードを小脇に抱えた男、ミスターメテオランテだ。
浮遊のジルパワーを有する彼には航海中、船を先導する役を任せていた。活き活きとした様子の彼に、「到達」の四天獅、リーチは思わず苦笑した。
「この数日間で一番ありがたい報告だッ。あと一日続いていれば、どうなっていたか分からん」
「ははは、天下の『到達』の四天獅殿が、冗談を」
「これが冗談に見えるかッ?」
肩をすくめ、甲板を見せる。そこに広がる光景に、ミスターメテオランテは思わず苦笑した。
「あー……絶景というか、滑稽というか」
甲板には大勢が船酔いで倒れていた。船内にもいるが、風に当たった方がマシだと判断し、這いながら外に出てきたのだろう。
良質のジルコンを選別するジルパワーを持つオーガストに、大災の竜討伐に燃えるロゼッタ。そして彼女の率いる竜騎士団「ジェルジオの槍」の面々……。
皆、慣れない船旅で見るも無残なありさまだ。リーチ自身、気力で耐えてはいるが、船旅に慣れているとはいいがたい。陸上での戦闘力を百とすれば、今は三十から四十ほどの力しか出ないだろう。
「寝ても覚めても体が揺れていて、変な気分だ。陸地が恋しいッ」
「旦那も空が飛べりゃなあ。空と海の揺れは意外と似てるぞ。……まあ、それで言うと、なんで竜騎士団の面々まで半死体なんだって話なんだが」
「あと一日あれば慣れてた」
半死体が一人、よろよろと起き上がった。ロゼッタだ。目の奥の光は消えていないが、顔は青ざめ、震えている。哀れな子羊のようだといわざるを得ない。
「グリフィンにもすぐ慣れた。ボクはやればできるから」
「おーおー、今後の成長に期待だなあ」
茶化す様子のミスターメテオランテを、ロゼッタはキッとにらみつけた。船酔いと負けず嫌いな性格がせめぎ合っている。
自分で言うように、ロゼッタは竜騎士団の隊長だ。ただ元々は剣を手にして陸で腕を磨いてきた戦士であり、空や海での戦闘は未経験といっていい。空にあこがれ、昔から浮遊のジルパワーを有していたミスターメテオランテと比べるのはあまりにも酷だろう。
「各々、得意な分野で力を発揮すればいいだけだッ。そのために俺がいる」
今回、ブレイブの女王シャインはノル・ヴェイルに向かうメンバーを厳選した。
鞭打ち苦行者が語った通り、まずは本当にジルコン鉱山があるのかどうかを確かめなければならない。そのためノル・ヴェイル出身の苦行者を道案内に選び、トップアーケイニストのオーガストが続く。同じタイミングでフリーダムのコミッショナー陣営も合流する手はずになっているため、ジルコンが見つかれば、この街で武器開発をしてしまおうという算段だ。
(俺はその護衛、と)
正直、国を離れるのは抵抗があった。リーチが国を離れれば、その分守りが手薄になる。女王シャインの身には万が一の危険すらも近づけたくなかった。
過保護と言われようが何だろうが、彼女はリーチの、そしてブレイブ全体の希望そのものだ。生まれながらにして勇気を持つ勇者ではなく、弱さを知り、優しい彼女だからこそ、人々に伝えられるものがある。シャインの立つ姿を見て、人々は自分自身の胸にも勇気の輝きがあることを知るのだから。
今回、オーガストに同行することを渋るリーチを説得したのもまたシャイン自身だった。
最近四天獅に就任したクナラに加え、タイミングよく「百錬」の四天獅レオが外遊から帰還した。彼らが女王の護衛を保証したため、リーチは渋々この船旅に参加した。以前、自身のパーティーで泣いてばかりだったひよっこの成長はうれしくもあり、少し寂しい。
「到達さん、子離れしないと」
「耳が痛いな」
ぼそりとつぶやいたロゼッタにリーチは苦笑した。
(だがまあ、事実か)
今は遠く離れた女王の身を案じるよりも、目の前の仲間たちのことを考えなければ。
ロゼッタの率いる竜騎士団「ジェルジオの槍」と、ミスターメテオランテ率いるエアロの面々とはここで別行動だ。彼女たち空挺部隊にはこのあと、非常に危険な任務が控えている。
「気を付けろよ、ロゼッタ。これが今生の別れになるのはごめんだからなッ」
遠くに船影が見えた。徐々に近づくにつれ、フリーダムの国旗が掲げてあるのが見て取れる。為政者のいない国で、堂々と国旗を掲げるのはコミッショナーの船だけだ。第二勢力の「セイレーン」や第三勢力の「ザンライ」はおのおの、自分たちの所属を表す旗を掲げている。
国旗を掲げるのは「国」を背負う覚悟の表れ。その矜持があるがゆえに、コミッショナーは単独で勇気の国ブレイブと同盟を結ぼうなどと考えたのだろう。
(どうか、我が国をだまそうなんて考えないでくれよ)
リーチは警戒心を持ちつつも、そう祈る。先日、大使としてブレイブに来た「知の大番頭」を気に入っていたシャインのためにも。
「必ず生きて帰れッ。シャインもそれを願っている」
「もちろん。……でもチャンスがあれば、ボクはやるよ。それは女王だろうと誰だろうと止められない」
淡々と言い、ロゼッタは自らの率いる竜騎士団に合図した。隊長の鬼気迫る闘志に触発されたのか、団員たちも立ち上がる。側に連れてこられたグリフィンにまたがり、ロゼッタたちはいっせいに空に舞い上がった。
「それじゃ行ってくる。また後でね」
「生きて帰れるよう、祈っておいてくれ!」
ロゼッタたちに続き、ミスターメテオランテ率いるエアロの面々も飛んだ。
飛んでいく戦団の陰が遠ざかる。
しばらくリーチはその姿を見送った。