KONAMI

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ジルコン年代記

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9

ヤテベオ討伐

ヤテベオ討伐

時刻は少し戻り、此度の騒動を収めるため、グローリーの面々は山中で豚食開放レジスタンスを捜索していた。途中、彼らは奥深い木々の合間にぽっかりと口を開けた洞窟を発見した。そばには競技祭実行委員長の霊がたたずんでいる。

「……の……を集め、地下へ……時間がない」

ぶつぶつと途切れがちな霊の言葉に、メイフが意識を集中させる。

「カルカンサイトの……鉱石、集め、地下へ……ヤテベオ、倒さなければ……競技祭……時間がない……」

死んだばかりの霊は混乱し、死ぬ直前に行うはずの行動を繰り返すことが多いと聞く。委員長の霊は以前、迎賓館の控室を訪れる際の決まり文句を繰り返していた。

あれから日が立ち、霊はなおも残留している。死後の混乱が落ち着いた後、さらに心の奥に残っていた想いを繰り返しているのかもしれない。

「……あなたの想いは受け取りました。遺志は、我々が必ず」

メイフはそっと委員長の霊にささやいた。その声が聞こえたのかどうかはわからない。ただ霊は安堵したように、ふっとどこかに描き消えた。

「成仏したのでしょうか」

ウィリアムが問う。メイフは首を振った。

「彼の心配事はまだ解消していません。おそらくまだ、このジークブルクの地に漂っているのでしょう」

「競技祭にそこまで力を注いでいたのですね。彼のためにも、なんとか成功させたいものです」

「ええ、四か国が力を合わせて……」

そこで彼らの言葉が止まる。皆の頭に浮かんだのは同じ事象だろう。

「……レジスタンス」

その存在は、グローリーの国民である以上、決して容認できない。

ただ、他国の食文化を規制しようとすれば、大いなる争いに発展する危険があることも分かっている。ゆえに豚食に関しては、自分たちの目の届かないところで行うならば、栄光の民として見ないふりをしようというのが一般認識だったのだ。

「なぜ、公衆の面前で『豚料理の研究をしたい』などと言いだしたんでしょう」

理解できない、という顔でメイフが首を振る。だが当時はそのおぞましさに顔色を失った彼女も、時間が経つにつれて冷静さを取り戻していた。

「あの『平和の国』の民が、いたずらに我々を挑発するとは思えない……そう思えてきました」

「何か理由があったのかも。アタイたちもちょっと過剰反応しすぎたかな」

「ピースフルに真意を確かめるべきですね。今でしたら、落ち着いた対話ができそうです」

ウィリアムが言う。

「ただ、それとレジスタンスの件は別です。豚食自体を見ぬふりすることはできても、ブタちゃんを食べようとする連中を許すことはできません」

「ええ。ただ、それに関しても一つ、今更気になったことが」

ドロシー・エクスプが眉間にしわを寄せた。

「ブタちゃんはグローリーの固有種です。国内のあちこちにいることは確かですが、誰もが皆、その地域で温かく見守られている……。いきなり消えたら、必ずどこかから心配する声が上がったはずです」

「そんな声があったら、議長が気付かないわけないですよね」

ドロシーとメイフの視線を受け、ウィリアムもうなずいた。

「国内でブタちゃん失踪を嘆く声は確認できませんでした」

「ですが実際にはブタちゃんが大勢攫われていた。いったい何が……」

その時、わああ、と少し離れたところで騒動が起きた。何事かと振り返ると、競技祭実行委員長の霊が立っていた洞窟に、先行した者たちがいたようだ。

「お前、他国に嫁いだはずじゃ……! いつ帰ってきたんだ!? まさか家を追い出されたんじゃ……!」

「突然何を言いだすんだ!? お前とは今回のサミットで初めて会ったんじゃないか」

「ははは、何ふざけたことを言ってるんだ。まあ、いい。会えてよかった! 飲みに行こう!」

すぐには理解できない会話の応酬だ。

ウィリアムは彼らと行動を共にしていた者を呼び寄せた。駆け寄ってきた男は困惑した様子で、ウィリアムに応える。

「この洞窟の先になにかあるのかも、と思って向かってみたんです。中には青くて美しい鉱石がたくさん生えていました」

「青くてきれいな鉱石?」

「カルカンサイトというそうです。この山にあるものはジルパワーをこめると、邪気や毒気を祓う効果があると地元で評判だったとか」

ジークブルクにある、とある会員制Barに入り浸っているという彼は、そこでこの地の人々に広く伝わっている話を聞いたそうだ。ジークブルクでは邪気払いのお守りとして、このカルカンサイトで作ったペンダントを身につけたり、家に置く者もいるという。

「カルカンサイトは簡単に採掘できたんですが、さらに奥に入った途端、何人かが突然このありさまで」

唖然としたまま彼らを見守り、ようやく流れが少しつかめてきた。洞窟の奥に入った者の目にはなぜか、隣にいた仲間が他国に嫁いだ幼馴染に見えているようだ。

「……そういうことか。皆さん、口と鼻を腕で押さえて、今すぐ洞窟から離れてください!」

とある可能性に思い当たったウィリアムが声を張り上げる。

目には見えない。匂いも気にならない。……だが。

「洞窟の奥から何かしら、有毒な物質が漏れている可能性があります。今すぐ離れて!」

***

同時刻、フリーダムの者たちは一人の男を捕まえていた。競技祭実行委員長の友であり、競技祭を開催するために走り回っていた男……密に連絡を取り合う過程で、偶然委員長の衣服に私服の羽が付着し、そのために殺人事件が発生した際には捜査線上のその名が挙がった男、banzai氏だ。

「ええ、はい、この地下にはカルカンサイトの鉱脈があると、委員長は言っていましたね! ジルパワーを吸収する性質を持ち、集めれば、最奥にいるヤテベオを倒せるそうです」

Banzai氏は特に隠すそぶりはなく、知っていることをすべて話した。

ヤテベオなるものに興味はないが、その特性を考えるに、カルカンサイトという鉱石は面白そうだ。しかも聞けば、他の三か国は早速採掘を開始しているという。

彼らに続けと意気込み、フリーダムの面々も採掘に参加した。

ジークブルクの山にできた洞窟を掘って掘って掘って、掘り進める。

洞窟のあちこちから突き出した美しい青い結晶は神秘的に輝き、採掘者たちを魅了する。努力の甲斐あって、皆は大量のカルカンサイトを手にすることができた。

これだけあれば、かなりのもうけになりそうだ。さて他国にでも売りつけようかと談笑しながら、フリーダムの面々は宴を開いた。有力な情報をくれたbanzai氏に感謝するため……そして酒に酔った彼から更なる情報がこぼれることも期待して。

「アンタ、いっときは容疑者だったよな? 俺には今もまだ怪しく見えるんだが」

迎賓館にある酒を遠慮なく開け、フリーダムの者たちはbanzai氏を囲んで酒を酌み交わす。

ケン・タッキーに疑いの目を向けられても、banzai氏の態度は変わらなかった。

「競技祭実行委員長とは知己の仲でしてね。この競技祭を開催させるために、ずっと二人で準備していたのです。私は彼の遺志を継がなければ」

彼の言葉に嘘はない、と他者の嘘が見破れるユージーンがうなずく。

その時、不意に不気味な地響きがした。

「……ああ、決戦のときです」

banzai氏がおもむろに立ち上がり、身なりを整えた。先ほどまではかなり酔っていた様子だが、今はその名残もない。さすがはジークブルクの会員制barのマスターか。

「競技祭開催まで、残された課題はあとわずか。友のやり残したことを片付けるため、私はいかねばなりません」

「どこに?」

「残された負の遺産を討伐に。わずかな手掛かりを追い、競技祭実行委員長と同じ結論にたどり着いた人々もいるようです。ここに至るまでの間に色々とありましたが……平和の祭典を開催したいという思いを同じくする皆さまならきっと成し遂げられると信じています!」

Banzai氏を追い、フリーダムの面々が山に向かうと、そこには他三か国が集まっていた。

***

四か国の集う山にて、banzai氏が各国の猛者たちに一礼した。集結した者すべてに届く落ち着いた声音で、彼は真剣に訴える。

「皆様! このジークブルクの地下に凶悪な食人木ヤテベオがはびこっています。競技祭実行委員長は準備を進める中でその存在を知ったのです。彼は独自の調査で、ヤテベオには人々に幻覚を見せる能力があることを突き止めていました」

幻覚、の一言に人々がざわつく。

その中で、グローリーの議長ウィリアムは表情をこわばらせた。

(幻覚? まさか、それは……)

にわかには信じがたい仮説が脳裏をよぎる。

ただそれがはっきりとまとまる前に、banzai氏が話を続けた。

「この幻覚を拒絶できるのは、浄化の力を持つ岩塩のみ。競技祭実行委員長はそれを知り、大量の岩塩を集めていました」

「はぁっ!? まさかそれって……!」

あちこちから驚きの声が上がる。このタイミングで合流していた武の大番頭がうなずき、声の方に目を向ける。視線の先には、自分たちの代わりにこの地に向かい、他国の猛者たちと渡り合っていた捜査員たちがいた。

「ユージーン レイブンウット、mikipyon、ケン・タッキー、今までよくやってくれた! お前たちを筆頭に、集った者たちで岩塩を確保していたと聞いているぞ」

気恥ずかしそうに頬を掻く捜査員やその他の面々。他国に渡り合うため、これまで気を張り続けていた皆の顔にもようやくホッとした笑みが浮かんだ。

「岩塩を手に、地下へ向かおう。ヤテベオを討伐して、安全に競技祭を開くんだ!」

「ああ、そうだなッ!」

それにブレイブのリーチがうなずいた。

つい先ほど、二人はジークブルクの闘技場で決闘を繰り広げていた。ブレイブの管理する地下資料庫にある「宝の地図」をフリーダム側が求めたためだ。決闘は正々堂々行われ、四か国を巻き込んだお祭り騒ぎになった。

ブレイブとしては競技祭で使う試作中の防具の強度を確かめられ、フリーダムは「宝の地図」を手に入れられた。正体不明の敵を相手にし続けた四か国全体にとっても、強者が正面からぶつかり合う決闘を見て、誰もが晴れやかな気分になったようだ。

「一つ、全て終わった後で話したいことが」

グローリーのウィリアムがピースフルのオリシスに話しかけた。レジスタンスがブタちゃんをさらったという報が駆け巡って以来、ほとんど冷戦状態だった二国の代表が久しぶりに言葉を交わした。

「無論ですっ。ぜひ話し合いましょうっ」

「そのためにも、今はこの窮地をしのがねばなりませんね」

グローリーの面々も準備は万全のようだ。それぞれ、準備を整える中、banzai氏が続ける

ヤテベオにはカルカンサイトが効力を発すると競技祭実行委員長は考えていました。邪気や毒気を祓う効果がある、と。……皆さまが採掘したそれらがきっと役に立つでしょう。ではいざ、ヤテベオ討伐に参りましょう!」

banzai氏の宣言を受け、各国が洞窟へ飛び込んだ。待ち受ける吸血コウモリの群れを退け、渦巻く地底の激流を下り、彼らは地下にできた巨大な空間へとたどり着く。

――そこに、ヤテベオはいた。

巨大な幹に、触手のようにうねるツルや枝を有する巨大な植物だ。根を地底湖に沈め、その存在は地下空間を動き回る。ぽっかりと開いた洞はまるで生き物の口内のように赤黒く蠕動し、消化液のような樹液を滴らせていた。

「これがヤテベオ……」

誰かが恐怖のこもった声でつぶやいた。

巨大さだけで言えば、大災の竜のほうがはるかに上だ。

ただこの、一片の光も差さない地下で、本来動くはずのない植物がこちらを捕食対象にしている状況は人々に、竜を相手にするときとは別の嫌悪と恐怖を抱かせた。

大災の竜は人間を食おうとはしなかった。だがヤテベオは違う。この生物に捕らえられたら最後、自身は二度と日の目を見ることなく溶かされ、彼の養分になり果てる。

「この地下洞窟の壁、妙に整ってない?」

観察眼に優れたグローリーのドロシー・エクスプが言った。フリーダムのユージーンがハッとする。

「殺人事件の犯人だったメイドが言ってたな。この地のどこかにある秘密の部屋を見つければ、共和制を廃止できた、と」

「彼女はこの地には旧政府軍の宝が眠っている、という噂も聞いていたぞ」

ケン・タッキーも言う。ヤテベオから距離を取りつつ、捜査員たちは互いに顔を見合せた。

「俺たちはそのお宝がブレイブの所有している『宝の地図』に書かれていると思ったんだが……」

まさか、違っていたのだろうか。

「旧政府軍はこの『秘密の部屋』でヤテベオを飼育し、フリーダムの支配権を奪還するつもりだったのか? 凶悪なモンスター……オルドを育てているとは言えるわけがないため、『宝』という符牒を使って」

「ヤテベオが暴走しないよう、相性の悪いカルカンサイトの鉱山で育てていたようだが、その後、彼らは何らかの事情により、この地を放棄し……その後コミッショナーがこの地に入った、と?」

その後、この地は四か国が共同で管理することとなり、いつしかヤテベオの存在も忘れられていったというのだろうか。

「確実にそうだと断言はできん。何しろ情報が少なすぎる」

皆の疑問を代弁する様に武の大番頭が肩をすくめた。彼はいつでも明朗快活だ。

「仮に、本当に旧政府軍の仕業だったとしても、今の俺たちが責任を取ることではないしな! 俺たちはただ、自分たちの目的のためにあの木を伐採するだけだ!」

「確かにそうだッ! 競技祭のため、実行委員長の悲願のためにやろうじゃないかッ」

リーチが続いた。そこにピースフルのオリシスやグローリーのウィリアムも同意の声を上げる。

この場に集った四か国の者たちは皆で、ヤテベオに攻撃を仕掛けた。うなる枝の攻撃は曲線的で読みづらく、広いとはいえ限られた地下空間では行動も宣言される。仮にこの場を埋め尽くすほど枝を伸ばされた場合、全員が一網打尽にされるのではないか。

その危機感が焦りに変わる。焦りは集中力を乱し、攻撃力を欠く。

熟練の戦士になればなるほど、その危険性を知っている。……だが。

「我々ならばできるッ!」

リーチの合図で、カルカンサイトを加工した指輪を持つ者たちが前に出た。誰もが皆、濃い色付きのグラスで目を覆っている。

彼らがジルパワーをこめた瞬間……強烈な光が地下空間内を白一色に染め上げた!

ぎゃああ、と声にならない悲鳴を上げ、ヤテベオが鳴動した。苦痛に身をよじる彼の幹が収縮し、表皮がぼろぼろと剥がれ落ちる。まるで死にかけた魚の鱗のようにめくれ上がった皮の奥で、大樹が渇き、ひび割れているのが見えた。

まるで日光が弱点である悪しき者のように、ヤテベオは見る見るうちにしなび、枯れていった。

サングラスを持たない者たちは皆、同じタイミングで目を覆い、光を直視することを避けている。光が収まり、ようやく目を開けると、そこには弱弱しく身もだえ、倒れ伏したヤテベオの老木が横たわっていた。

「長きにわたり、地中で育ったオルドの最期か」

リーチたちは近づき、ヤテベオを見下ろした。

……哀れにも思う。だがここで情けをかけることは、後世に災いの種を残すことと同義だ。

彼らはせめて、精一杯の敬意をこめて、ヤテベオの根元を切り落とした――。