KONAMI

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ジルコン年代記

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10

競技祭開催!

競技祭開催!

轟音を上げ、巨大な食人木が倒壊する。その枝葉を隙間から、こぶし大の種子が一つ、転がり落ちた。どうやらヤテベオはその生命を枯らす際、新たな命を生み出すようだ。

「この種子の扱いはどうしましょう」

各国の者たちは顔を見合せた。

厄介な存在だ。ここで滅しておかなければ、こう添え甥に災いの火種を残すことになる。

――だが。

皆の脳裏で、内なる声が響いた。

――適切に管理すれば問題ないのではないか?

――悪しき者の手に渡らぬよう、我が国が所有すればよいのではないか?

――この先、世界平和を脅かす脅威が現れた際は、ヤテベオも貴重な戦力になるのではないか?

各国は話し合い、四か国で種を管理することに決めた。ただし、有事の際に責任者不在では判断が遅れる。迅速な対応を求められる時に備え、競技祭の優勝国を責任者として擁立することとした。

リーチたちは暗い地下から地上へと帰還した。

燦燦と降り注ぐ太陽の下、不思議と皆、淡い夢からさめたような心地がする。自覚しないままに、うっすらと夢を見ていたような……。

「議長、至急ご報告が!」

その時、迎賓館の方から数人の男女が駆けてきた。保護したブタちゃんの世話を任せていたグローリーの者たちだ。彼らは息を切らし、困惑した様子を隠そうともせず、ウィリアムたちを見回し、叫んだ。

「ブタちゃんが豚になりました!」

「どういうことですか」

「いえ、すみません。我々もよく分からないのですが……」

「豚食開放レジスタンスの隠れ家から保護したブタちゃんが、いつの間にか普通の豚に変わっていたのです。ただ、柵をこじ開けたり、無理やり入れ替えた形跡はありません」

グローリーの者たちは困惑したように顔を見合せた。……一つ、推測できることはある。だがにわかには信じがたい。そういう表情だ。ウィリアムには彼らの考えが手に取るように分かった。少し前、ひそかに立てていた仮説が当たっていたようだ。

「我々は普通の豚をブタちゃんだと思い込んでいた、ということでしょうか」

「議長もそうお考えで!?」

「この洞窟に入る前、奥から出てきた者たちが幻覚を見て錯乱していました。ここにいる者が、遠く離れた地にいる大切な人に見えていた……」

まるで、故郷に残してきたブタちゃんを恋しく思う自分たちのように。

「そもそも、グローリー国内にいるブタちゃんを他国のレジスタンスがたくさん攫えたとは思えません。そんな不可能に近いことを実際にやった者たちがいる可能性と、そもそも我々の認識が間違っている可能性……。どちらがあり得るかという話です」

自分たちの見ているものが間違っている、ということは考えてもいなかった。ブタちゃんが攫われたと思い、冷静さを欠いていたこともある。

それにより、視野が狭くなっていたのだろう。ヤテベオの幻視効果は人々の脳に作用する。そのため、千里を見通すヘンリーですら、気づけなくなっていたのだった。

「……以前迎賓館でピースフルの方がブレイブの方に言った『豚料理の研究をしたい』という言葉……あれがブレイブ側の用意した合言葉であることはついこの前、判明しました。ジルパワーを発動させたところ、その声が聞こえてきました」

「そうでしたかっ」

オリシスがうなずく。どこかホッとしたように。

ウィリアムはオリシスに向き合い、頭を下げた。

「冷静さを欠いていたことをお詫びします。ブタちゃんのこととなると、どうにも……」

「グローリーの方々がブタちゃんを心から愛していることは存じていますっ。誤解が解けて何よりです」

オリシスは決して謝らない。豚食開放レジスタンスの存在を確認してはいるだろうが、その扱いを他国にゆだねる気はないようだ。

……それでいいと思う。自分たちも、ブタちゃんに関することは誰にも譲る気がないのだから。

「平和の祭典を前にして、自分たちの問題に気付かされるとは」

「これは必然なのかもしれませんっ。祭典を前に、今一度我々の在り方を皆で見返すときがきたのだと」

大災の竜という巨悪を前にして、連携せざるを得なかった四大国にとって、真の「連携」はこれからだ。そもそも大災の竜が復活するまではほとんど没交渉だったのだから、すぐに信頼し合えるはずもない。

「一つ一つ、やっていくしかないなッ!」

リーチが近づいてきて言った。

各国の実力者たちは顔を見合わせ、うなずき合う。

――ふぅ。

そのとき……彼らから離れた場所で、一人の人物が小さく息を吐きだした。

ブレイブの捜査員ルミナだ。競技祭実行委員長殺人事件でリンクス探偵社の二人と協力し、事件を解決に導いた。その後も起きる騒動を解決するため、彼女は走り回っていた。

……そう、一人で。

「これで一件落着、かしら?」

ルミナはひそかに微笑む。

表の顔はブレイブの捜査官。だが、その実態は……海賊団「セイレーン」に所属する情報屋だ。

此度、セイレーンはジークブルクの入り江に停泊し、何か面白いことが起きないかと状況を見守っていた。そこで豚食開放レジスタンスの存在と、ブレイブの管理する地下資料庫の存在が明るみになった。

ルミナは少々困ってしまったのだ。せっかく殺人事件が解決し、競技祭が始まると思ったのに、どうやら事態はまた膠着状態に陥ってしまった。これでは愛する弟シエロの活躍を見られないではないか、と。

……そのため、彼女は陰ながら、此度のストーリーを前に進めようとした。

セイレーンに所属しているピースフルの者にブレイブの合言葉を教え、ピースフルが「団員名簿」を得るように仕向けた。その後、グローリーとフリーダムに対しても動くつもりだったのだ。彼らは独自のルートでブレイブから目当てのものを手に入れたため、動く必要はなくなったが。

彼女の行動に悪意はない。すべては愛する弟のため。競技祭開催のため、だ。

若干、場を混乱させたことは申し訳なく思うが、いずれにせよ、全てがうまくまとまってよかった。

「それに、わたしだけじゃないし、ね」

暗躍した他の者の存在を感じ、ルミナは再び仮面をかぶる。善良で、弟が大好きというだけの姉の仮面を。

「一つ、詫びなければならんことがある。迎賓館の一室に捕らえていたレジスタンスの面々だが、我々が目を離したすきに脱走してしまった。どうやら、誰かが外から鍵を開けたようだが……ッ」

ルミナの独白には気づかないまま、リーチたちは話しを続けていた。彼の言葉に、ウィリアムがふと眉をひそめる。

「誰か、というのは」

「分からん。レジスタンスのいる部屋の前に、フリーダムの者がうろついているのを見たという証言もあったが、それが誰なのかは分からなかった」

「フリーダムにもレジスタンスの一員がいたということでしょうか」

「もしくは、逃亡中のレジスタンスが仲間を解放する手助けをしてほしいと交渉したか……」

すべては推測の域を出ない。

しばし頭を悩ませ……結局ウィリアムは頭を振った。

「……詮索はやめておきましょう。そもそもブタちゃんを攫い、食べていたわけじゃないのなら、我々が抗議する問題ではないのですから」

ウィリアムは笑顔で、そう言い切った。

新たな揉め事が発生しなかったことに、リーチもほっと息をつく。

「では、いざ競技祭を始めるか!」

武の大番頭が言った。ひょんなことから決闘することになった二人はその後、熱く戦闘の流儀について語り合ったようで、戦う前より息があっているようだ。一時は一触即発だったが、それらが良い方向に働いたのだろう。

皆、顔を見合わせてうなずき合う。

これを持ち、ようやくすべての憂いが解消された。いざ、競技祭本番だ!

***

競技祭は快晴のジークブルクにて華々しく始まった。

競技によっては即日決着のつくものもあるが、数日どころか数週間に及ぶものもある。それでも各国、この日のために練習を重ねてきた自負がある。正々堂々、全力で戦った。

一つ目の競技はブレイブが提唱した「Brave Realm Wars」だ。人工ジルコン鉱石がちりばめられた四つのレーンで、最も鉱石を集めたチームの勝利となる。

鉱石が空中に浮かべられた「スカイレーン」、鉱石が海面を漂っている「ブルーレーン」、ダンジョンのあちこちに鉱石が置かれた「マウントレーン」、そして平原にばらまかれた鉱石を各軍が奪い合う「グリーンレーン」。

己の肉体とジルパワーを使い、選手たちは各レーンを巡っていく。

勝者は平和の国ピースフルだ。ブレイブの選手たちは悔しさをにじませながらも、全力でぶつかり合ったピースフルの勝利を讃え、ピースフルの選手もまた、陸海空のすべてを使って戦うBRWの質の高さに敬意を示した。

続いて行われたのは、フリーダムの考案した「海賊トライアスロン」だ。宝島を小舟で目指し、島で宝を探し、泳いで戻ってくる競技。海と共に行き、宝と自由を好むフリーダムらしい競技にジークブルクも興奮で揺れる。

激戦を制したのは、またもやピースフルの選手だった。力を出し尽くしてゴール地点であおむけに倒れ込みながらも、その顔は達成感に満ちている。荒々しいフリーダムの海賊たちからも優勝者に讃辞の声が飛び交った

盛り上がりが最高潮に達したところで始まったのはピースフルの「ツール・ド・ジルコン」だ。オルフィニア大陸に点在する英雄教の聖地を巡る、大規模な競技。ジークブルクをスタートした選手たちはブレイブの「時計台広場」、グローリーの「Dividing Ridge神殿」、フリーダムの「霊峰・天嶺山」、ピースフルの「歓待の腰掛け」を巡り、最後はピースフルにある象徴セレニティ大聖堂に到達する。

一斉に選手たちが旅立った後、ジークブルクの観客たちはしばし、結果を待つことになった。要所要所を通過した順位が伝えられるたびに盛り上がりつつ、彼らは彼らで別の楽しみも見出していく。酒と食事だ。

迎賓館の料理長が考案した選手のための滋養強壮レシピが公開され、ジークブルクの食堂では観客が選手と同じ料理を口にする。加えて、ブレイブのアンブローシアが各国を巡って考案したフレーバービールを販売した。

フリーダムで作ったのはライムとグーズベリーフレーバーのビール「Limelight」。ピースフルで生み出したのはマスカットフレーバービール「翠風」。そしてグローリーで挑戦したのはオレンジフレーバービール「Citrus Squeal」。また激ヤバビールに続くBrave産の桃を使った「Draconia Peche」も初披露された。いずれも大人気で、ピールは選手や観客に飛ぶように売れていく。

飲めや歌えの大宴会を繰り広げていた観客の耳に、「ツール・ド・ジルコン」の結果がもたらされた。

勝利は……またもやピースフルだった!

ピースフルの面々にとって、聖地を巡る戦いは負けるわけにはいかなかったのだろう。数日に及ぶレース競技で全力を出し切った選手たちの名はジークブルク中にとどろいた。

そして迎えた最後の競技はグローリーの「ZIRCON BLITZ」。ジークブルク中の観客が見守る中、いざ競技が始まった。敵味方に分かれたコートで、一つのボールをぶつけあう。ジルパワーを使った連携技も光り、選手たちは大いに会場を盛り上げた。

結果は、グローリーが勝利した。日々議論し、互いを理解し合うことに努めている彼らにとって、この競技だけは負けられなかったのだろう。

すべての競技が終わり、ジークブルクでは後夜祭が開かれた。

総合優勝国のピースフルを讃えつつ、自国の選手たちをねぎらう宴だ。フリーダムの面々が山中で最高級品のトリュフを見つけてきたため、料理の質が何段階も跳ね上がる。誰もが肩を組み、高らかに歌い、同じ時間を共有した。正々堂々、汗を流すことにはこうした効果があるのだと皆、改めて理解した。

きっとこれからもオルフィニア大陸は戦禍に見舞われることなく続くだろう。各国が尊重し、対話を選び、こうして肩を組みあえるのだから。

誰もがそう思いながら、後夜祭の夜は更けていく。

こうして、四大国合同の競技祭は大盛況のうちに幕を下ろしたのだった――。

~Fin~