NOVELS 小説
第7話
疑心
数日後、ピースフルの捜査員たちは頭を抱えていた。グローリーの捜査員からもたらされた情報によって発覚した謎の集団の存在……豚食開放レジスタンスはひそかに、このピースフル国内で存在がささやかれていた組織だったのだ。
大災の竜討伐の際にグローリーと同盟を汲んだ際、条文に「豚食禁止」が盛り込まれたことから、その存在が噂されるようになった。
自分たちの伝統ある食文化を、他国が禁じるとは何事だ。いくら緊急事態とはいえ、横暴すぎる。
そうした声に後押しされて結成されたと聞く。
ただ、決して反社会的な集団ではなかった。自国の食文化を愛する、どこにでもいる人々の集まりだ。
ゆえに、ピースフル国内でもその組織を躍起になって摘発することはなかった。同盟中も、だ。
「それが間違いでしたか……っ」
英雄騎士団の団長オリシスは頭を抱えた。大災の竜という脅威がある中、民の思想や生活、文化を絞めつけ過ぎるのはよくないと判断したことが裏目に出てしまった。
あの頃は教皇が自我を失っており、全ての判断は家臣たちにゆだねられていたのだ。アステルの占いや重鎮たちによる連日の会議で決めてきた方針に間違いはなかったと思っている。だが、まさか「平和の祭典」が催されるタイミングで、豚食開放レジスタンスがグローリーを挑発するような行動を起こすとは。
「しかも豚ではなく、ブタちゃんを大量に攫っていたとは……レジスタンスの狙いは食文化の保護ではなく、グローリーとピースフルの関係に亀裂を入れることだったのでしょうか」
「グローリーの人たちからは今、凄まじい怒りと憎悪が伝わってきます」
他人の感情を一時的に読み取れるエレオノーラが震えた。
「グローリーは今、三国全てを警戒しています。こんな状態で、平和の祭典が開けるわけがありません」
「それも無理のないことです。家族が他国にさらわれ、食べられそうになったのですからっ」
自分たちに置き換えてみると、ぞっとする。グローリーの警戒心は正当なものだ。
「ですが……レジスタンスが本当に、そんな行動をとるでしょうか?」
どこかから、か細く異論の声も上がった。
「彼らは争いを好む集団ではなかったはず。何か誤解があるのでは」
だがその声を誰が発したのかは分からない。該当者を探そうにも、皆、顔を見合わせるばかりで特定は不可能だった。
……そう、ここにいるのは誰もがピースフルの国民だ。確かなことはそれだけなのだ。
「直接話を聞くしかありませんっ」
結局オリシスはそういうにとどめた。
「レジスタンスを我々の手で確保すれば、その目的や行動も判明するでしょう。今はとにかく捜索しなければ」
この競技祭において、現場の指揮を任されたのは自分だ。教皇やアステルは国に残り、民のために平和を維持している。
自分がなんとかするしかない。オリシスはめまぐるしく思考を巡らせた。
前回、捜索したときは山中で誰も見つからなかった。ただ、捜索時に不審な葉擦れに似た音を聞いたという報告が上がっている。
レジスタンスの件とは無関係かもしれないが、妙に気になる。英雄騎士団の団長としての勘だろうか。いずれにせよ、山中を重点的に調べれば、どちらも調べることができそうだ。
「こうなると、レジスタンスの全貌も把握しておきたいですね。どこかに名簿でもあればいいのですが……」
「すぐ見つかるところには置いていないでしょうね。他者の手に渡ってしまえば、自分たちが一網打尽にされてしまいますし」
確かにそうだ、という空気が流れる。
「今はとにかく、この件を収めましょう。くれぐれもグローリーの方々を刺激しないように……」
だがそうしたオリシスや捜査員の願いに反し、迎賓館で騒動が起きた。
――豚料理の研究をしたい!
四か国が集う中、ピースフルの者がブレイブの者に、そう伝えた、という報が飛び込んできたのだった。
***
迎賓館の一室にて、ブレイブの者は頭を抱えていた。
「うーん、まずいことになったッ!」
威勢よくリーチが吠える。語調は強いが、表情は弱く、心底困り果てているのが一目瞭然だ。誰も、彼のこんな表情は見たことがない。誰よりも先陣を切って戦場を駆ける勇猛果敢な「到達」の四天獅が途方に暮れて天を仰いているなどと。
「状況を整理しよう。俺たちは豚食開放レジスタンスのメンバーを三人捕らえた。そうだなッ?」
「はい、自身をそう定義した彼らの証言から、迎賓館の地下にある資料庫の存在を知りました」
リンクス探偵社のルーナが後を引き継ぐ。
「資料庫には多くの情報が眠っていました。レジスタンスが隠れ家の一つとして使っていた形跡もあり、彼らの残した資料も多数、存在していた……。他国に共有することは問題ないが、全員に開放するのは慎重になるべきです。そのため、合言葉を設定したのでしたね」
合言葉は「レジスタンスの計画を知りたい」。……だがこれは偽の合言葉だ。まずはこの合言葉を周知し、入室を望む者がいれば対話にて、その人となりを判断する。思想や立場的に安全だと判断した場合、今度は真の合言葉である「豚料理の研究をしたい」を伝え、地下資料庫への入室を許可しようと考えていた。
真の合言葉のほうも他意はなかった。
豚食開放レジスタンスの人員を確保したのが自分たちだけかもしれない今、うかつにグローリーにその存在を明かしてしまえば、今度はレジスタンスの身が危険なのではないかと心配したためだ。
ブレイブの者にとって、豚食開放レジスタンスは「悪」ではない。組織名の物騒さはさておき、彼らが武力で平和を乱したという連絡は上がっていないのだから。
ただその対象が豚肉という時点で、グローリーの者たちの理解は得られないだろう。無関係のブレイブからグローリーに譲歩を迫ることもできない。
ゆえに不用意な接触を避けるためにも、捕らえた三人のレジスタンスも、自分たちの管理下に置いている。
だがこの日、公衆の面前で、ピースフルの者が自分たちに真の合言葉を伝えてきたのだった。
至急、この地に集うブレイブの者に確認したが、誰もそれをピースフル側に伝えていないと首を振った。
ブレイブの誰かが、秘密裏にピースフルの者と接触し、その人となりを判断して真の合言葉を伝えたのだろう。情報屋、と名乗ったらしきその人物が暗躍した気配は感じたが、問題はそこではない。
――我々のいる前で「豚料理の研究をしたい」だと? こちらを挑発しているのか?
合言葉を聞いたグローリーの者がピースフルの者に詰め寄った。グローリーの者は、それが合言葉だとは思わない。ただでさえ神経がすり減っている今、たちの悪い冗談を言われたと思ったとしても責められないだろう。
決して、ブレイブが意図した展開ではない。……ないのだが。
「地下資料庫を見つけたことで、事態がややこしくなってしまいましたね」
ルミナが嘆息した。
「なんだか競技祭がどんどん遠ざかっている気がします」
「なんとしてでも開催にこぎつけたいところだがなッ」
「はい、BRWには弟のシエロが出場するんです。メテオランテ見習いとして日々、頑張っていましてね。努力が実って本当に良かった」
ルミナは興奮気味に熱弁した。普段は冷静な彼女だが、どうやら弟を溺愛しているらしい。
「わが国で情報を一括管理する方針に異論はありません。ただ……早くすべてを解決して、競技祭に集中したいものです。情報を欲しがる国にはさくっと渡してしまってもよかったのでは?」
「色々と扱いの難しい資料も混ざっていたからなッ」
地下資料庫に残っていた「団員名簿」はおそらく豚食開放レジスタンスの名簿だろう。また「豚食レシピ」には豚の解体方法から調理方法まで、豚食に関わる情報が網羅されている。「宝の地図」に関しては詳細不明だが、他二つと同じ場所に置いてあった。
いずれも、四か国が集う場では火種になりかねない。それゆえ、慎重に扱おうとしたのだが。
「グローリーの方々にすべてを打ち明けるのはどうでしょう。ピースフルの方々に悪意はなく、あれは我々の設定した真の合言葉だったのだと」
ヘイミッシュがうめく。リーチもそれは考えた。……だが。
「確かにそれで納得してくれる者たちはいるだろうッ。だが、納得できない者も出るはずだッ。豚食開放レジスタンスも、そうした『納得できない者』が集まって作られた組織だからな」
「納得できない人たちはピースフルだけではなく、我々ブレイブのことも疑う可能性が高い……。そういうことですね」
探偵のルーナが素早くリーチの意図を察し、補足した。
「そもそも我が国出身の料理長が豚肉料理を扱おうとしたことはメイドの供述からも分かっていますし、我々もグローリーに対して邪心ありと思われるかも……。平和の祭典前に疑心暗鬼に陥るのは避けたいところです。グローリーが追い詰められていると感じてしまえば、対話すら不可能になりかねませんから」
「議長殿なら冷静に話し合いの場を設けてくれるだろうが……ううむ」
彼らの愛する「ブタちゃん」が絡んでいるため、言葉で全員を納得させることは困難を極めるだろう。
「では、どうしましょう」
「今は何を言っても火種になりかねんッ。時期を待つしかない」
「分かりました。本格的な争いごとが起きないかどうかだけ、しっかり情報を集めておきます」
悪気なく起こしてしまった騒動……それはブレイブの面々の心に苦い思いを残した。
***
一方のフリーダムは……自由を謳歌していた。
「豚食開放レジスタンス? 俺らには関係ないな」
「そもそも食いたいものを禁じられるのは我慢できん」
「だが、オレが食われたくないものを目の前で食われたら、それはそれで殺す」
「やることないし、競技祭実行委員長の殺人事件の方、もうちょっと調べておく?」
他国が一触即発の状況だろうと、彼らは何も気にしない。暇つぶしと言わんばかりに、彼らは一度解決したはずの殺人事件を再度調査し始めた。
「父はフリーダム前身の旧政府軍と懇意だったの」
迎賓館の一室に抑留されているメイドはユージーンの熱意に負けて、渋々話し出した。相手がグローリーの民でなければ、そこまで敵意をむき出しにするわけでもないようだ。
「そこで、この地に眠る宝の噂を聞いたそうよ。旧政府軍が残した埋蔵金だとか、なんとか……。具体的なことはなにも伝わってないけど」
「ほほう、その宝はどこに?」
「知らないわ。でもそんなお宝が出てきたら、きっと大騒ぎになってる。誰も騒いでないってことは、多分まだ隠されたままなんでしょう」
メイドはため息をついた。
「埋蔵金を手に入れられたら、それを軍資金にして反乱を起こせる。そんな夢を見た日もあったわ。もっとも、宝のありかを示す地図でもない限り、見つけ出せるとは思わないけど」
「宝の地図か……! それは夢のある話だ」
ケン・タッキーが目を輝かせる。ユージーンもふと、何かに思い当たったように声を上げた。
「そういえばブレイブの四天獅殿が『いくつかの情報を得た』と言っていたな? まさかその中に宝の地図があるんじゃ……」
「確か合言葉は『レジスタンスの計画を知りたい』だったか。伝えてみるか?」
「でも、それが宝の地図だと決まったわけじゃない」
冷静にmikipyonが言った。彼女のジルコンギアは世界地図だ。同じ「地図」という分類上、宝の地図にも興味はあるが、雲をつかむような情報だけでは動けない、と肩をすくめる。
「宝を埋め、ありかを紙に書き残す行為は言い換えれば、自分たちが全滅したあと、後世に希望を託すことに他ならない。旧政府軍は今でも活動中でしょう。軍資金なんてあったら、自分たちでとっくに使ってる」
「むむ……なるほど」
「宝も埋蔵金も、そのありかを示す地図もない。そう考えた方が現実的よ」
「自由の国の民が、なんて夢のないことを……」
さらりと答えるmikipyonに、タッキーが不満そうに唇を尖らせた。彼は気落ちしているメイドが気になって仕方ないようだ。
「宝はあるかもしれない。その地図だってな! 大丈夫だ、俺がそれを見つけた暁には君の元に金銀財宝を……あだっ」
メイドを励まそうとして近づいたタッキーがふいになにかに躓いた。
部屋に転がっていた岩塩だ。人間の頭部ほどの巨大さで、周囲にはこぶし大のものも多数積み重なっている。
「なんでこんなところに岩塩が?」
「港で採れたもののようだな」
「綺麗だし、オブジェ替わりなのかも」
ユージーンとmikipyonは興味なさげだ。だがそれでもフリーダムの気質がそうさせるのか、皆、それを無視できずにいた。
「……ずいぶんたくさん集めてあるわね」
「ここまで大量となると、飾るためってわけでもなさそうだ」
フリーダムにおいて「違和感」は重要だ。平凡な日常に潜む違和は儲け話や冒険へのカギになる。
「調べてみるか」
三人は顔を見合わせ、うなずいた。そして迎賓館に集っている他の仲間にも声をかけるべく、手分けして駆け出して行った。