NOVELS 小説
第6話
奇妙な違和感
殺人事件が一段落し、グローリーの控室には安堵の空気が広がっていた。殺人事件の犯人が元貴族だったことは議長ウィリアムを筆頭に王制を廃止し、議論によって共和制を打ち立てたことは間違いではなかったと思っている。ただその結果、巡り巡って罪なき者が殺害されたのだ。
きっと、こうしたことは氷山の一角だ。自分たちの選んだ未来が、多くの人々に影響を及ぼしていく。覚悟していたつもりだが、一つ一つをうまく消化するにはもう少し時間がかかりそうだった。
「競技祭は予定通り行われるようですね。準備もあることですし、一度帰国しましょうか」
ウィリアムは急遽用意したかごの中で眠るブタちゃんを撫でながら、捜査員たちに言った。フリーダムの捜査員が捜査の際に保護したブタちゃんはその後、グローリーの面々にゆだねられた。
「なんて可哀想なことを……早く輸血してあげなければ」
「それにしても、たまたまこの辺りにいたというのはどういうことなのでしょう」
メイフが首をかしげる。
「誰かと共に来たのかも、とあのメイドは言っていましたね。それでしたら、今頃必死で探しているかも」
「そうですね。捜してみましょう」
ウィリアムは自身のジルパワーを発動させた。殺人事件の捜査ですでに何度か使用したため、限界が近いが、愛するブタちゃんのためだ。多少の無理はしなくては。
ウィリアムが「離れた場所の声を聴く」ジルパワーを発動させたときだった。
『豚食万歳! 豚食万歳!』
「な……っ!」
彼のジルパワーが、決して無視できない「声」を捕らえた。
「議長、どうかしました?」
尋ねるドロシー・エクスプにウィリアムは震えた。今、聞いたおぞましい声が現実のものだとは思えない。……だが「なかったこと」にはできない事態だ。認めた上で対策を練らなければ。
「至急、他の国にも通達を。近隣の山で『豚食万歳』と叫ぶ集団が確認されました。彼らの様子から、ブタちゃんはここにいる一頭だけではないと推測できます。急いで助け出さなくては!」
一刻を争う事態だ。
グローリーの者たちは血相を変え、走り出した。
***
昼夜を問わず、ウィリアムたちはジークブルクの山中を捜索した。うっそうとした山の中では、あらゆるものが怪しく見える。木々の葉擦れが敵の足音に、のんびりと歩く獣が敵の姿に。
ウィリアムやドロシー・エクスプは何度もジルパワーを発動し……ついに山中にあるあばら家にて数頭のブタちゃんを発見した。いずれも狭い檻に囚われ、心細さと恐怖で鳴いている。
「大丈夫だ、台所に調理した形跡はない!」捜索に加わっていたウィリアムの幼馴染、ヘンリーが言った。千里を見通すジルパワーを持つ彼も、この捜索で能力を酷使している。だがそれでも力を振り絞り、辺り一帯を「視」る。
「最初は普通の豚だと思ったが……この子たちはブタちゃんだ。危ないところだったが、山中にどこにも生き物を解体した痕跡はねえな。ブタちゃんもここ以外にはいないようだ」
「メイドが血を抜いたブタちゃんはここから逃げてきたのでしょうね」
「皆さん、来てください!」
そのとき、ドロシーがウィリアムたちを呼んだ。鋭い観察眼で彼女はこのあばら家に残されていた、とある「情報」を見つけ出していた。
「棚の裏に小さなボタンが落ちていたのです。見てください。これは……」
「これはまさか……豚食開放レジスタンスの……!」
その存在はグローリー国内で、伝説の怪人のように語られていた。他国に存在するという、豚食愛好家たちで組織された集団だ。
グローリー国内では、当然豚食は禁止されている。国民の愛するブタちゃんと、普通の「豚」は一見、同じ見た目をしているためだ。グローリー国民には両者の見分けがつくものの、悪辣な業者によって解体されてしまえば、どうなることか……。
そのリスクを回避するため、グローリーではブタちゃんも豚も不殺の法が徹底されてきた。
だが他国では違う。可食部分の多さや栄養素を理由に、豚食を肯定している国もある。
「レジスタンスの連中はまさか、こんなに大量のブタちゃんをさらっていたというのか……!? ブタちゃんを食うつもりで!」
ヘンリーが蒼白になりながら身を震わせた。
ウィリアムは言葉も出ない。他の皆も恐怖で固まっている。グローリーの国民にとって、ブタちゃんを食べる行為は食人と何ら変わらない。人としての禁忌に触れる行為だ。
「……探さねばなりません。彼らは我々の捜索に気付いて、身を隠したようですが、拠点がここだけとは考えにくい。他のアジトに身を隠したのでしょう」
「それが迎賓館という可能性は考えられないでしょうか」
震えながらメイフが言った。
「競技祭のために集まった此度の各国代表の中にも、レジスタンスが潜んでいるのでは」
「十分あり得ます。……我々はレジスタンスと普通の他国民を見分けられない」
さながら、他国民がブタちゃんと豚を見分けられないように。
「……信用、できるのか」
他国を。
どこからか、震えたつぶやきが聞こえた。
応えられる者はどこにもいなかった……。