KONAMI

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ジルコン年代記

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5

暗躍する集団

暗躍する集団

平和の祭典になるはずが、準備段階で起きてしまった殺人事件……。ブレイブで探偵業を営んでいる者たちは快く捜査協力を申し出た。リンクス探偵社のルーナ・ホワイトとその助手ヘイミッシュ。そして物体に触ることで持ち主につながる「糸」が見えるルミナだ。「到達」の四天獅リーチにより本国と連絡を取り、ブレイブ・シャインの名で事件解決までの任務を請け負った三人は至急捜査を開始した。

「……想定外の事態ね」

だが、捜査は思ったよりも難航した。どの国も、手に入れた情報を出したがらないのだ。

「気持ちはわかるわ。自分の国の人間が犯人なのかもしれないのだから」

ルーナは渋面を作った。仮に自国の者が犯人だったとして、動機が怨恨ではなく何かしらの政治的思想だった場合、国際問題になりかねない。

「それを避けるためにも、犯人は自分たちの手で見つけたい……。どの国もそう考えているようだな」

助手のヘイミッシュが言った。

「やれやれ、情報を出し合って協力した方が効率的だろうに、難儀なことだ」

「でもそれ、他国のことは言えないわ」

ルミナがため息をついた。

「現に私たちも、事実を隠匿してしまった。早々にバレたのは予想外だったけれど」

彼女は物体に触れると、持ち主につながる光の糸が現れるジルパワーを持つ。その能力を駆使し、ルミナはグローリーの控室に落ちていた「赤い羽」の持ち主を探しだした。

遺体発見現場に落ちていた遺留物だ。犯人のものだと見なす人がいてもおかしくはない。

ただ、羽の持ち主は競技祭実行委員長とともに、この大会を盛り上げるために日夜走り回っていたbanzai氏だった。彼の人柄や動機のなさから考えて、彼が犯人である可能性は低い。

ゆえに、無用な争いを生まぬため、ブレイブの捜査員はbanzai氏をかばうことにしたのだった。

「なぜ正直に話さなかったんだ、と言われたときは返す言葉がなかったわね」

「余計な混乱を招かないようにしたつもりだったが……ううむ」

四か国で協力して捜査しようと決めたはいいが、それが表面上のものだったと思い知らされる。

自分たちに邪心はない。それは誓って言える。

……だが他国は?

実際に言葉を交わし、背中を預け合った戦友はまだしも、今回初めて顔を合わせる者をどこまで信じられるだろう。文化も風習も、食生活も違う国の民だというのに。

「私たちは誰が犯人でも、その出身国自体を責めたりしない」

捜査員たちは決意に満ちた声で言った。

「だからこそ、犯人は私たちで見つけないと」

……だが他国もきっと、同じことを考えているのだろう。

犯人は自分たちが見つけなければ、と。

「今は悩んでいても仕方ないさ。事件が解決すれば、また元通りの関係に戻れる」

助手のヘイミッシュが言うと、隣でルミナもうなずいた。

「わたしたちには協力して大災の竜を退けた絆があるもの。きっと大丈夫」

「……そうね」

ルーナは竜退治には参加していない。だがルミナが言うなら、そうなのだろう。

うなずいたルーナに、ルミナが言った。

「当時、わたしはまだ名前も知られていなかった。でも竜の目線に注視して、軍に伝える係をしていたの。そこで他国と協力して、命を預け合ったわ」

「ええ、今回もきっとできるわよね」

「まずは状況整理ね。競技祭実行委員長の背中に刺さっていた舶刀……持ち主はこの迎賓館の厩番よ」

ルミナが言う。物体に触ると持ち主へ続く「光の糸」が見える彼女の言葉に間違いはない。

それをもとに調べたところ、厩番は元々フリーダムの海賊だったことが分かった。グローリーの領海で捕縛され、長く投獄されていたようだ。その後、何者かに保釈され、迎賓館での職に就いたのだという。

凶器の持ち主が分かったのだから、犯人は厩番……と考えたいところだが、それは早計だ。

「フリーダムは迎賓館の美人メイドに話を聞いたそうね。彼女は、ここの厨房を預かる料理長の料理が粗末だということと、厩番が元海賊で、自分を投獄したグローリーを憎んでいることを証言したそうよ」

「厨房の料理……粗末だったか?」

「いいえ、とてもおいしかったわ。私たちの口に合うのは、ブレイブの料理人だからかしら? 大衆食堂でよく食べたような、栄養満点の大皿料理。きっと競技祭では選手たちに大人気になるはずよ」

これは三人とも一致した考えだった。粗末というからには、メイドは普段、どれほど高級な料理を食べているのだろうか?

首をかしげながら、ヘイミッシュが先を続けた。

「厩番の話はこちらが入手した内容とも一致する。……その厩番はサミットの前に、料理長とメイドの言い争う声を聞いていたとか。料理長が出そうとした豚肉料理に、メイドがひどく抗議したようだね」

「メイドはどこの国の出身だったかしら」

「本人はピースフルの貧しい村出身と言っているそうだ」

「貧しい村出身なのにブレイブの大衆食堂風の料理を粗末だと言い、豚肉料理を非難した、と」

ルーナは強い違和感を覚えた。

しかめツラで考え込む彼女に、ヘイミッシュは他の情報も伝える。

「突然現れたワイバーンのことも気になるな。厨房で燃やされた鱗の匂いで、仲間の危機だと考えて集まってきたそうだ。ピースフルのオリシスを筆頭とした騎士団により、危険は取り除かれたというが……」

様々な情報が入り混じっているが、きっとこれらはすべてつながっている。

グローリーの捜査員が競技祭実行委員長の遺体を調べたところ、服にはビールの染みがあり、体には毒物による呼吸困難の症状がみられたという。最初は背中の刺し傷が死因かと思われたが、果たして……。

「背中の刺し傷は偽り」

そうとしか考えられない。

「本当の死因を偽装するため、死亡した委員長に刺したんでしょう。舶刀は重く、成人男性でないと、自在に振るえない。誰もがそう考える心理を利用して」

「……となると、つまり……!?」

「皆を集めましょう。犯人が分かったわ」

***

かくして各国の捜査員や事件関係者、証人が一堂に会した。サミットの日、自国の競技を説明したときに使った発表会場でこの日、事件に関する話が交わされる。

「犯人はこの中にいます!」

ルーナが高らかに宣言した。驚くのは事件関係者や証人のみだ。各国の捜査員たちは皆、深くうなずいている。

「犯人はおそらく『変装』スキルを持っています。それを駆使し、数か月前に保釈金を払って、グローリーを恨む厩番を牢から釈放させたのでしょう。事件が起きた際、自分の身代わりとして犯人に仕立て上げるために」

「そして当日、競技祭実行委員長を毒殺し、その背に厩番の持ち物から抜き取っておいた舶刀を刺して、死因を偽装したのね」

グローリーのドロシー・エクスプが後を引き継いだ。鋭い洞察力を持つ彼女も同じ結論にたどり着いたようだ。

「そして『変装』スキルで委員長に成りすまし、各国をサミットの発表会場へと誘導することで、殺害時間も偽装した、と」

「アタシの能力で、それは保証するよ」

メイフ・カラミティアが言った。

「アタシは幽霊と意思疎通できる。競技祭実行委員長の霊はひたすら同じ言葉を繰り返してたよ。『どうも! 「競技祭実行委員長」です! これから4カ国サミットを開催いたしますので、みなさまは控室から発表会場へ移動をお願いします!』ってね。これはアタシがグローリーの控室で聞いた言葉と若干違う。グローリーの控室に来た委員長はこう言ってた。『どうも。「競技祭実行委員長」です。これから4カ国サミットを開催いたしますので、みなさまは控室から発表会場へ移動をお願いします』ってね。勢いも話し方も違う。彼は偽物。変装した真犯人よ」

「犯人はそうやって委員長の死亡推定時刻をずらし、捜査を混乱させたんだ。同時に、もう一つ手を打っていた」

ピースフルのゼロ・アトラが言葉を続けた。

「俺は鳥を使役し、その視界を共有できる。確かに見たぞ。この迎賓館に近づいてくるワイバーンを数体」

「ワイバーン……」

「奴らは始終警戒していた。オリシス様達がなだめてくださったので今は落ち着いているが、あれはどう考えても偶然集まってきたわけじゃない」

「ブレイブの方々も手伝ってくださいましたしね」

ピースフルのエレオノーラ・フォン・グレイが感謝する様にブレイブのリーチたちに頭を下げた。「到達」の四天獅と英雄騎士団が力を合わせたのだ。ワイバーンの被害をほとんど出さずに済んだのも納得だ。

「そう、協力したからこそ、ワイバーン襲来による混乱が起きなかった。そして混乱が鎮まったため、犯人は逃げるきっかけを失ったの」

再びリンクス探偵社のルーナが話を引き取った。捜査員たちは皆、うなずいている。

「犯人の狙いはおそらくこう……。厨房のかまどにワイバーンの鱗を投げ込めば、立ち上る煙を嗅いだ仲間のワイバーンが味方の危機に駆け付ける。その機に乗じて、ジークブルクを脱出する……。でも現場は混乱しなかった。犯人はまだここにいるわ」

「その犯人というのは……」

証人の一人として集められた料理長が恐る恐る尋ねる。ルーナはぐるりと会場を見回し、ゆっくりと片手を上げた。

「犯人は……あなたよ!」

迷いのない指先で、彼女は一点を指さした。捜査員たちの視線もそちらに集まる。その視線の先にいたのは……。

「この迎賓館に勤めるメイドさん。あなたが競技祭実行委員長を殺した犯人ね」

「な、何のことかしら?」

ひきつった顔でメイドが視線を泳がせた。素直な反応だ。自分の計画に絶対的な自信があったのだろう。なんとか言葉を続けようとしたが、フリーダムのユージーンが悲しそうな顔で歩み出た。

「僕は相手の嘘が分かる。素敵な女性になるとどうも浮ついてしまうため、今まではあなたに翻弄されたが……さすがにこの状況では、冷静に見極められるよ」

「…………」

「今のルーナ君の推理に間違いがあったなら言ってくれ。それが嘘か本当か、ジルパワーで確認しよう」

「くっ……」

メイドは焦ったように一歩後ずさった。これが異能を持たない人間相手なら、まだ言い逃れる機会はあった。だがジルパワーの覚醒者はあらゆる悪あがきを無効にする。

しばらく逃げ道を探すように黙り込んだものの、やがてメイドはがっくりと膝をついた。

「……そうよ、私がやったの」

「なぜ」

「私はPeacefulの貧しい村出身じゃない。……本当はグローリーの元大貴族ランソル家の人間。議会が設立したとき、没落したの」

メイドはそれまでこらえていたものが爆発するように、一気に話し出した。

「競技祭は元々限られた血筋の者だけで開催されていた大会よ。こんな風に、劣った連中が参加できるような安っぽい大会じゃないの。競技祭実行委員長に恨みはないけど、彼を殺せば競技祭

が中止になると思った。……たまたま見つけたブタちゃんから血を抜き、ランソル家に伝わる毒薬『カンタレラ』を精製したわ。それを用いて、委員長を殺害したの」

「たまたま見つけた、とは……」

グローリーのウィリアムが眉をひそめる。ブタちゃんはグローリー国内には多数存在しているが、ジークブルクでは珍しかったはずだ。

だが彼の疑問に応えられる者はいなかった。メイドも、その点に関しては情報を持っていなかった。

「グローリーの誰かが連れてきたんでしょう。私たちも王政時代は、よく一緒に旅行したもの。没落したときは泣いて悔やんだわ。連れていく余裕がなかったから、野に放つしかなかった……」

「共に生きてきたのに、手を放すとは……」

ウィリアムがぎりっと歯噛みした。他のグローリー国民たちも皆、怒りをその目に讃えている。ブタちゃんを愛し、共に生きている彼らにとって、メイドの言い分は到底共感できるものではない。

「しかも死ぬ寸前まで血を抜くなど……何を考えているのですか!」

「うるさいわね! アンタたちがあの国をめちゃくちゃにしなければ、こんなことにはならなかったのよ!」

メイドは取り乱し、ぶつぶつと呟いた。

「許せない……許せないわ。この地のどこかに眠ると言われた秘密の部屋さえ見つかれば、共和制を廃止にできたのに!」

「秘密の部屋?」

「ふふ……あはははっ、何も知らないのね! 過去を否定し、伝統を破壊したアンタたちには教えてあげない! いい気味だわ!」

高笑いしながら、メイドは取り押さえられ、連れていかれた。彼女は今、ピースフルの人間だ。身元が確認でき次第、本土に送還するとオリシスが請け負った。

「ひとまずはこの迎賓館の一室に隔離しておきましょうっ。気丈な人物のようですので、自害を選ぶような真似はしないでしょう」

「ええ……」

「先ほどの言葉が気になっているのですか?」

「そう、ですね」

グローリーは内乱になることなく、王政から共和制へと移り変わった。今でも友好な関係を築いている元貴族は大勢いる。

だがその一方、最後まで王制に固執した貴族や、民からの支持を失い、領地を没収された貴族もいる。彼らの所有していた知識や伝統は継承されることなく、散逸した。

「ランソル家をはじめとする彼らは元々、富を平民と共有する気などなかったのだろうッ? 今が王制だろうと、貴重な情報を開示しようとはしなかったはずだ。あれはただの負け惜しみだろうよッ」

この場で唯一、今も王政を貫いているブレイブのリーチが言う。

確かに彼の言う通りだ、とウィリアムはうなずいた。ただ、それでも不安の影は付きまとう。

今回起きた殺人事件自体は解決できた。だが……その過程で露呈したものはある。

ともに大災の竜を討った四大国だが今回、必要な情報を集めることに苦労した。

絆があるから大丈夫、などと妄信するのは危険だろう。自分たちは皆、それぞれ大切なものを持っている。それを守るためならば、握手していた手を放すこともあり得るのだ――。