NOVELS 小説
第4話
各国調査
「まーずいことになったなあ~」
フリーダムの控室で、男が天井を仰いだ。ユージーン・レイブンウットだ。ものの真偽や人間の嘘を見抜くことを得意とする男だが、彼らの捜査は難航していた。迎賓館の周囲で聞き込み捜査を行おうにも、誰もが非協力的なのだ。
『競技祭実行委員長の背中には舶刀が刺さってたんでしょ!? あれ、海賊が使うものよね』
『海賊って無法者の集まりでしょ。きっとフリーダムの誰かが委員長を殺したんだわ』
『あんなに競技祭開催に向けて真剣にがんばっていた人を……信じられない!』
誰もかれもがフリーダムの人間を疑っている。自分たちは海賊ではない。たとえ海賊だったとしても、一般人を理由もなく殺したりはしない。そう説明しても、聞き入れてもらえない。
「みんなの協力を得る前に、わたすたちの潔白を証明しないといけないようね」
Mikipyonがため息をついた。馬車の揺れや転倒を防ぐ彼女のジルパワーのおかげで、聞き込みから帰ってくる馬車の中は安全だった。だがこの先も常にジルパワーを発動させ続けるのは負担が大きすぎる。
「今回はタッキーもいるし。何が起きるか分からないわ」
「うう、面目ない」
しょんぼりとケン・タッキーが肩を落とした。発動するたび不幸に見舞われる、という呪いのようなジルパワーの持ち主だ。ごくまれに幸運を引き当てることもあるというが、たいていの場合、彼はやることなすことが裏目に出る。捜査中はジルパワーを発動するなと厳命したが、それでも細かい不運が立て続けに起きているのだ。元々不幸体質なのかもしれない。
「これじゃフリーダムだけ後れを取ることになる。コミッショナーはおろか、大番頭も来てないのはうちだけなんだ。なんとかしないと置いていかれてしまうぞ」
タッキーは意識を切り替えるように、力強く拳を握った。不運続きだからこそ、立ち直るのも早い。これは彼の特技だろう。
「迎賓館の周辺で聞き込みができないなら、敷地内で話を聞ける奴を探せばいいんだ。そうだろう!?」
「確かに」
Mikipyonがうなずく。
「国の代表者がいないのは不利だけど、考えようによっては有利に働くこともあるわ。誰もわたすたちのことを知らないってことは、わたすたち個人を嫌う人もいないということだもの」
「それはそうだ。場を預かったのがセイレーンの連中ならば、それだけで警戒されてもおかしくなかった」
「そのセイレーンだが、近くの入り江で海賊船が目撃されたって話も……」
ふとユージーンが思いだしたように言った。
「特に何をするわけでもないようだがな。何か騒動が起これば、ウキウキと出てきそうな勢いだ」
「騒動ねえ……」
まさに今起きているのが、その「騒動」だ、という思いが三人の頭に浮かぶ。
だが海賊として悪名をはせている「セイレーン」が、殺人事件に興味を示すとも思えない。彼女たちが色めき立つ事態というなら殺人事件などではなく……。
「ま、今、彼女たちについて気にしていても仕方ないわ」
Mikipyonが言った。彼女のからりとした気質はすがすがしい。いつかブレイブの女王、シャインの乗る馬車を任されるような御者になりたいと願う彼女は、日ごろから有事に対しても冷静であることを心掛けている。
「セイレーンが出てくるような騒動にならないよう、この事件を解決しましょう。そのために、わたすたちができることをしないと」
かくしてFreedomは控室を出て、調査を続行した。
その結果、驚くべき事実が判明したのだった。
「ブタちゃん?」
迎賓館に併設されている厩で三人は目をしばたたいた。厩番を勤める初老男性が三人を恐れず、普通に会話に応じてくれたところまではよかったのだが。
「ほれ、そこだ。サミット前に、気づいたらいた」
老いてはいるが、どことなく眼光鋭い老人だ。彼の案内に従って厩に入ると、藁をベッド代わりにして、一匹の動物が横たわっていた。
グローリーには国民からすべての愛を注がれる「ブタちゃん」と、姿かたちはそっくりの「豚」がいる。他国民には見分けがつかないため、厩番の言うことを信じるしかない。
「俺は元々フリーダム出身だが、長くグローリーにいてな。徐々に見分けられるようになったが、こいつは確かにブタちゃんだ。まあ、最初は豚だと思ったんだが、よく見たらブタちゃんだった」
「……まるで謎かけのようだな。我々には違いが判らん」
「そんなことより、問題なのはここだわ」
Mikipyonがブタちゃんを調べ、顔をこわばらせた。明らかに衰弱している上、よく見ると目立たない箇所に大きな注射痕がある。
「大量の血が抜かれてる。かろうじて生きているけど、誰がこんなひどいことを……」
「競技祭実行委員長を殺したヤツと無関係だと思うか?」
「全く別々の事件が同時に起きたと考えるよりは、関連があると考えた方が自然ね」
三人はうなずき合った。国の中核を担う者がいなくとも、フリーダムだってやるときはやるのだ。それを他国に証明しなければならない。
「ブタちゃんはグローリーに預けましょう。きっとなんとかしてくれる」
せめてもの気遣いをこめ、持っていたリンゴを与えると、ブタちゃんは弱弱しくもそれをかじった。グローリーの民でなくとも、その愛らしさと健気さにグッとくる。こんなにかわいらしいブタちゃんから血を抜いてまで、何がしたかったのか……。
今はまだ分からない真相に向けて、三人は行動を開始した。