NOVELS 小説
第1話
四か国合同競技祭提唱
A.D.1650’ 夏
荘厳なセレニティ大聖堂の神殿にて、アステルは教皇、ジルダーリア・サラII世に謁見していた。
あの日……大災の竜と死闘に勝利したときから約三年の月日が経過していた。
長らく自我を手放していた教皇だが、世界の危機を乗り越えた今、奇跡的に容体は落ち着いている。喜怒哀楽の起伏は少ないものの、その目には慈愛と知性があふれ、唇は意志のある言葉を紡いだ。
「競技祭」
「……?」
アステルによる報告が一段落したとき、不意に教皇が呟いた。見上げれば、全てを見通すよう双眸がアステルを映している。
「竜は去り、滅びの未来は回避されました。しかし、恒久的な平和が確約されたわけではありません。世界は手を取り合う努力をし続けなければ」
「確かに……世界共通の危機が去った今、人同士で争う可能性は否定できません。誰もが皆、自らの生まれ育った国を愛していますから」
「今日、わたしたちに新たな託宣が下りました。競技祭を復活させよ、と」
教皇は穏やかに、淡々と告げた。
この競技祭とは、古代にこの大陸の者たちが古き神々に捧げていたものだという。百年前、大災の竜が出現して世界が滅びかけたとき、この祭りも失われた。それを四か国合同で開くことで、世界は平和の尊さを再確認するだろう、と。
ゆっくりと説明する教皇の声に、アステルは耳を傾けた。
「すでに各国の代表には、競技祭の共同開催を提案する書状を送りました。好意的な返書も届いています」
「おお……さすがです!」
「ですが、古の競技祭で行われていた種目を再現するのは不可能です。現代に合わせ、新たに考えなければ」
「ということは……」
「ええ、このピースフルでも平和の祭典にふさわしい競技を創り出すのです。この競技が『平和』の象徴として、永遠に続くように祈っています」
教皇の言葉に、アステルは深くうなずいた。もとより、教皇の託宣に異を唱える気などない。百年前の英雄たちの魂を内包した、神秘のジルコン結晶。
このピースフルを守り、慈しみ、未来へつなげる神秘の存在を前に、アステルは頭を下げた。
「至急、準備をいたします。――この選択に、祝福を」
***
行うべきことは山積している。
自国で競技を決めることも重要だが、実際に競技祭を行う場所の選定も必要だ。「平和」の祭典と銘打っているため、ピースフル国内で行うべきでは、という意見も上がったが、これは教皇が却下した。開催国として名乗りを上げれば、他国の反発を招くだろう。此度の祭りは四か国の、どこにも属さない土地で開かなければ。
検討の結果、オルフィニア大陸の最東端にある「ジークブルク」に決まった。約三年前、大災の竜を討つ際に前線基地を築いたこの土地はそれ以降、急速に発展している。
四か国で管理しているこの土地での競技祭開催に異を唱える国はなかった。
街の発展と同時に建設されていた迎賓館では至急、各国の競技祭関係者を迎える準備が進められた。
栄養価の高い料理を提供するための準備。来訪者たちが乗ってきた馬車などを管理するための準備。そして彼らに与えられた宿泊施設などを清潔に保つための準備。
多くの使用人が集まり、迎賓館を整える。
祭りの開催はすぐそこまで迫っていた。