NOVELS 小説
Crypt Beer Prunks コラボ
激ヤバビール誕生秘話
「これもダメ! これも失敗! これも……ああっ、全然ダメですわ!」
悲痛な声が風に乗り、巻き上げられて散っていく。
ここは勇気の国Braveにある王立ビール工場「ガンブリックス醸造所」。この世の終わりを思わせる声で嘆いているのは工場長のアンブローシアだ。頭に載せた三角帽子の下で、二つに結んだおさげ髪もうなだれている。
アンブローシアの周囲には、無数のビール樽が積まれていた。どれ一つとして同じものはない。ラベルにはそれぞれ、異なる用語が書き込まれ、アンブローシアがただいま、新作研究の真っただ中であることを教えていた。
「何をそんなに嘆いてるんだ? ふつーにうまいだろ、これ」
手元にあった樽から豪快にビールを注ぎ、男が言った。飛行部隊メテオランテ・エアロを統べるミスターメテオランテだ。援護とも擁護とも取れる言葉だったが、アンブローシアは屈辱的に顔をゆがめ、キッとミスターをにらみつけた。
「……『ふつー』と言いましたわね」
「まあ……」
「それですわ! 普通ですの。鼻に抜ける麦の香りも、舌先ではじける炭酸も! どれもこれも凡庸で、とても四大国の首脳が集う晩餐会で出せる代物ではありません!」
……そう。事の次第はひと月ほど前にさかのぼる。
大災の竜を封じ、平和になったオルフィニア大陸では四国合同の競技祭も成功した。勇気の国Brave、自由の国Freedom、平和の国Peaceful、栄光の国Gloryの国交は良好で、今では定期的に首脳たちが集い、大陸間の問題を話し合うまでになっていた。
開催地は毎回変わるが、会議の後に晩餐会が開かれる点は変わらない。これまでもBraveで会議が行われる際にはガンブリックス醸造所がアルコール飲料の提供を担ってきた。
その際、アンブローシアは自らに一つ、課題を課したのだ。同じ味のビールを二度は出さない、と。
Freedomへ視察に行った際に作ったライムとグーズベリーフレーバーのビール「Limelight」、Peacefulの豊穣な地で手掛けたマスカットフレーバーのビール「翠風」、そしてGloryで挑戦したオレンジフレーバービール「Citrus Squeal」。そして、Brave産の桃を使った「Draconia Peche」もすでに各国の首脳たちは知っている。これ以外で、新たなビールを作り出さなければならないが、何度試しても新鮮な感動と驚きは生まれない。醸造のジルパワーを司るアンブローシアの手が生むビールはどれも最適解をたたき出すからだ。
「誰も知らない製法と、誰も知らない素材を使った、斬新な改革が必要なのですわ。ですが、このひと月、何度試しても……」
「誰も知らない製法は思いつけねえ。思いつく製法は誰かが知ってる製法。うーん、哲学だねえ」
「その軽口を今すぐ閉じないと、叩き出しますわよ!」
殺気立った声でアンブローシアがうめいた時だった。突然、工場の外から騒がしい気配が溢れてきた。
何事かと外に出ると、慌てふためいた警備兵が数人、駆けてくる。
「た、大変です! Holeから……Holeから謎の男女が現れました!」
「……はあ?」
困惑し、アンブローシアとミスターメテオランテは顔を見合わせた。
Holeとは勇気の国Braveの郊外に開いた深い穴だ。数年前、まだ大災の竜がこの地を飲み込もうとしていた時、彼方から飛来した隕石が落下し、大地を穿った。穴からは大鷲の翼と獅子の頭と体を持つグリフィンの群れが現れ、あわや大惨事になるところだったのだ。
グリフィンをアンブローシアの作る「激ヤバビール」で手名付けることができた後は、Holeも平穏を保っている。そんな穴から謎の人物が現れたとは。
「……初めまして、でよいかしら。あたしの言葉はお分かり?」
空飛ぶホバーボードを操るミスターに連れられ、アンブローシアはいち早くHoleに到着した。確かに報告の通り、穴の際には二人の人物がいる。
……奇妙ないでたちの二人だ。
一人は銀色の短髪が特徴の男性で、目元を水色のサングラスで覆っている。もう一人はオレンジ色の髪をした女性で、耳に何やら巨大な装置をつけていた。どちらも二十代だろうか。武器は持っていないが、オルフィニア大陸のものとはまるで違う衣服を着ている。偶然Holeに落ちた村民ではないようだ。
「すまない、あなたがここの責任者だろうか?」
銀髪の男が慎重に様子をうかがいながら言った。
「俺はラガーロ。こっちはエル」
「ども。……ここ、どこ? アタシら、さっきまでバーにいたはずなんだけど」
エルと紹介された女性は物おじせず、アンブローシアを見つめた。どちらもまっすぐに人の目を見て話す者たちだ。危険な連中ではない、と直感的にわかる。
「あたしはアンブローシア。こちらの男はミスターメテオランテと呼んでくださいまし。この国の『責任者』はシャインちゃんですけど、ひとまずあなたたちの身柄はあたしが預かりますわ」
「保護していただけるのは大変助かる。何が何やらさっぱりだからな……。情報が欲しいところだ」
ラガーロが言う。混乱しているだろうが、取り乱さずに意思疎通できるのはありがたい。アンブローシアは胸をなでおろしつつ思案した。
(ラガーロとエル……。この国の……いいえ、この世界の人とはどこか違いますわ)
Holeはいまだ、謎に包まれた空間だ。グリフィンが現れた時ともまた違うようだが、おそらくどこか、異なる世界との「道」がつながってしまったのだろう。ラガーロとエルは偶然、その道に迷い込み、オルフィニア大陸に来てしまったに違いない。
「とりあえず、あたしの工場へ案内しますわ。ミスターはこの件をシャインちゃんに報告してくださいませ」
「分かった。気をつけろよ」
「これでも人を見る目はありますの。心配無用ですわ」
分かった分かった、と苦笑しながらホバーボードで飛んでいくミスターメテオランテを見送り、アンブローシアはラガーロたちを手招いた。
「ひとまず歓迎いたしますわ、異邦の方々」
正直、今はこんなことをしている場合ではない。次の晩餐会用の新作ビール開発は全く進んでいないのだ。
だが、だからと言ってBraveに来た客人を粗雑に扱っては、女王シャインの名に瑕がつく。
「お二人はお酒をたしなまれます? 何のお構いもできませんが、ビールだけはたくさんありますわ。Braveが誇る激ヤバビールをご堪能くださいませ」
「激ヤバビール?」
きらりとラガーロとエルの目が輝いた。何にそこまで反応したのか、アンブローシアが首をかしげるより早く、ラガーロはうれしそうに顔をほころばせた。
「ビール造りは得意分野だ。いくつものオリジナルビールを手掛けてきた」
「まあ」
「ちなみにアタシはデザイン専門。この服も、ラガーロの作ったビールのパッケージも、全部アタシがデザインしてるんだー」
エルも言う。
「お酒も激よわだけど大好き! アンタのビール、飲ませてよ」
予想外の出来事だった。突然訪れた来訪者たちがまさか、自分と同じビール職人とデザイナーとは。
(もしかしたら)
新作ビールを作る際の、いい刺激になるかもしれない。アンブローシアは先ほどよりわずかに早足になる自分を自覚しつつ、二人をガンブリックス醸造所に招いた。
* * *
「ほう、こいつは驚いた」
ガンブリックス醸造所に入るなり、ラガーロが目を見張った。自らも醸造家を名乗るだけあり、この醸造所の良さがはっきりと分かるらしい。
広大な麦畑の中、清潔に管理された工場が建っている。工場内には巨大な発酵用のタンクがいくつも置かれ、巨大な鍋では現在進行形で麦汁が作られていた。
「全部手作業でやってるのか? 現代じゃなかなか見ないが、すごいこだわりようだ」
「アタシらんとこはほぼAIで管理してるからねー。職人って感じでマジリスペクトだわー」
物珍しげに工場を見て回る二人に対し、アンブローシアはふふっと微笑んだ。
「えーあい……というものはよく分かりませんが、あたしにはジルパワーがありますから。『醸造』の力を使えば、発酵速度のコントロールは完璧です」
「ジルパワーって?」
「たぐいまれなセンスと意志の力を持つ者はこの世界で、異能に目覚めることがありますの。あなた方の国では、そうした力に目覚める方はいらっしゃらないの?」
アンブローシアの問いかけに、ラガーロとエルは顔を見合わせた。どうやら彼らのいる世界にはジルパワーがないらしい。
「ここにはそんな力があるのか……。すごいな、まるで漫画の世界だ」
ラガーロはしみじみと嘆息した。
「発酵速度を操れるなんて夢みたいだな。そういう力のない俺は何度も失敗しながら学んだものだ」
「そうなんですの?」
「ああ、最初のころはひどかったぞ。雑菌が繁殖して、とても飲めた代物にはならなかったり、温度管理を間違えて、ビールが濁ったり」
「まあ」
確かにそれはもったいない。
熱心に耳を傾けるアンブローシアにラガーロたちは続けた。
「発酵不足で糖分がアルコールに変わらなくて、ものすごく甘くなったこともあったな」
「なんかヨーグルトっぽい風味になったこともなかった? あれは驚いたわー」
「あの時は確か、入れたホップがまずかったんだったか」
「ま……待って! お待ちになって!」
「……?」
突然声を張り上げたアンブローシアに、二人が不思議そうな顔をする。だが、彼らの反応を気にしている余裕はない。たった今聞いた体験談がアンブローシアの頭でぐるぐる回っている。
「甘いビール? ヨーグルト風味? そんな失敗、したことがないですわ」
アンブローシアは発酵速度を完璧にコントロールできるためだ。ビールを作る容器を清潔に保っていれば、予想外の失敗はまず起きない。あとはホップや麦芽、副原料の種類や割合を変え、新たなフレーバーを作り出す……。ずっとそうやって、やってきた。
「失敗から生まれる予想外の出会い……。誰も知らない製法! 未知の味! そこに、新たな激ヤバビールのヒントがあるのでは……!」
「うん? なんかいい案が浮かんだのか?」
「もっとですわ。あなたがたの体験を……今までの経験をすべて聞かせて!」
アンブローシアは勢いよく二人に詰め寄った。その目はキラキラと輝き、まだ見ぬ極上ビールに夢をはせる少女のようだ。
その目を見たエルが思わず噴き出した。
「あはは! ラガーロが何か思いついた時と同じ目してるじゃん!」
「世界が違っても、ビールにかける思いは同じということだな。よし、俺も手伝おう」
ラガーロも口角を上げ、頷いた。
(ありがたいですわ)
見知らぬ世界から来た、頼もしい助っ人たち……。彼らの協力を得られれば、きっと最高の一杯が作り出せる。
アンブローシアは二人と拳を合わせ、さっそく新作ビールの開発に乗り出した。
開発は夜通し続いた。何日も続いた。
あえて温度管理をしないビール。発酵不足のビール。逆に発酵させすぎたビール、今まで試したことのないホップを入れたビール……。
多くの試作品が生み出された。連日、アンブローシアたちは酔っ払い、意見を交わし、倒れるように眠り、また作った。
熱狂を液体に混ぜ、興奮を炭酸とともにはじけさせ、回を重ねるごとにビールは輝きを増していく。
そして、ついに……。
「できましたわー!」
ガンブリックス醸造所に興奮したアンブローシアの声が響いた。
きめ細やかな泡を王冠のように被ったビールだ。
太陽から滴り落ちたような暖色の液体……。そこから泡がはじけるたびに柑橘系の香りが周囲に漂う。一口飲めば、柔らかな小麦の存在感が口内に広がり、喉をするりと通過していった。
軽やかだが、確かな飲みごたえはこれまでになかったものだ。ここに、飲む者すべてを魅了する新作の「激ヤバビール」が誕生した。
「これでしたら、誰に出しても絶賛されますわ。ああ、本当に感謝いたします、ラガーロ、エル!」
ぎゅっときつく、異邦人たちの手を握る。ラガーロとエルがしっかりと、アンブローシアの手を握り返してきた。
「礼を言うのは俺たちのほうだ。未知の国で、未知の製法でビールを作れるなんて、いい経験になった」
「パッケージはアタシに任せて。アンタの醸造所が作ったとっておきだって分かるよう、最高のラベルを作っちゃうよ~」
「頼りにしております。ぜひ!」
ビールがつないだ異世界の絆。
かくして、この縁を通して生み出されたビールは晩餐会でも大絶賛された。集った四大陸の長たちはビールに魅了され、ぜひ国民にもふるまいたいと願い出た。大量に発注されたビールは勇気の国Braveの新たな輸出品となり、この先長く親しまれることになる。
これは、そんな激ヤバビール誕生の物語。
此度、作られたビールは今、海を越え、時空を超え、今、あなたの目の前に――。